『香川照之プロデュース インセクトランド こん虫 まなぶっく』の監修を担当した、神崎亮平先生(東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻および東京大学先端科学技術研究センター教授)は、あらゆる環境下で生息する昆虫に着目し、その行動を引き起こす脳を研究。
昆虫の優れた能力をヒントに人や生物、そして地球環境に優しい新たな科学と技術を創出し、地球の将来を考えたモノづくりの在り方を考え続けています。
昆虫と触れ合うことで子どもたちが受けるさまざまな素晴らしい影響について、神崎先生ならではの視点でお話しいただきました。
昆虫を通じて命を知れば共生の思考が生まれる
昆虫もまた、生命――。大人もわかっているようで、つい忘れがちなこの事実。子どもたちにとって、昆虫はどのような存在となり得るでしょうか。
「今は授業での両生類や魚の解剖も禁止になっていて(※)、子どもたちが生活の中で生物の生命に触れる機会はほとんどありません。
(※編集部註:解剖実験に反対する声を受けて取りやめる学校が増えている)
ペットはまた特殊な位置づけにあるので除外すると、人間が自然の中に入っていって出会える主な生物は、昆虫なのです。そう考えると昆虫は子どもたちが生物の生命に触れられる、“最後の砦”なんですよね」
だからこそ昆虫を通して伝えたいことがある、と神崎先生は語ります。
命の尊さに気づく
「『子どもたちの科学実験教室』では、昆虫を通じて生命のすごさだけでなく、生命の尊さも伝えられたらと思っています。実験教室では学びのため、虫たちを実験に使います。時には頭を切ったりもすることもあります。そうすると当然、虫は死んでしまう。
ですから実験教室の終わりには、みんなで土を掘って虫たちを穴に入れて埋めて、彼らの命から学ばせてもらったことに対して『ありがとうございました』とみんなで最後に合掌するんです。その瞬間に泣き出してしまう子どももいます。命の尊さを、肌で感じるのでしょう。
昆虫たちは、子どもたちのそういう繊細な感受性も呼び起こしてくれます。ほかの生物の命を知ることで、その愛おしさ、尊さに気づく。そうすれば、自分の都合でほかの命を淘汰するのではなく、共に生きるという思考が自然と育まれるはずです」
子どもたちが昆虫と向き合うことに関して、親としてできることはあるかと尋ねると、「学びの入り口まで誘導してあげるだけでいいんですよ!」と神崎先生は笑顔を浮かべました。
「絵本『インセクトランド』シリーズを親子で一緒に読むのもいいですし、『子ども科学実験教室』に参加してくださってもいい(笑)。
親としては、つい先回りしていろいろ教えようとしたり、「あれはダメ」「これはダメ」と言ったりしがちですが、そうすると子どもたちは受け身になり、数人の大人から教えられることでしか判断しなくなってしまいます。
しかし本来、人間を含め動物には自ら動いていろいろなことを経験し、学んでいく力があるわけで、それが自然の中で活動をする意義だと思うのです。
子どもを入り口に立たせてあげたら、あとは生命の危険がないように見守り、子どもたちが自ら動いて学び取ろうとするのを待ってあげてほしいですね」
自然へのセンサーを張って日々を過ごそう
子どものころから自然と触れ合うという経験は、これからの社会を生き抜くうえでも必要だと、神崎先生は言います。
「今までは、人間のハッピーが優先され、あとの生物は犠牲になってきました。でもこれからは人間も自然も、みんながハッピーになる方法を探していく時代です。
僕はずっと『自然と協調する科学技術の展開』をテーマに研究してきたのですが、昨今はSDGsが叫ばれ、世の中全体が“自然との共存”という方へ向かっています。自然と共に生きるために、子どものころから自然に興味を持ち、生物の命の尊さを知ることは非常に重要だと思います」
また神崎先生は、科学技術だけでなく感性を重視した活動にも注力しています。
「子どもたちの感性を育てるのは、これからの人材育成において重要な課題だと思っています。
今、『STEM(Science Technology Engineering Mathematics)教育』が話題になっていますが新たに『そこにA(Art)を入れて、STEAM教育としよう』という学習活動が生まれています。
僕もその“Art”を加える理念に賛同し、STEAM教育を取り入れたさまざまな活動を行っています。
STEAM教育は、ベースに人間の心の多様性や感受性があり、そこに科学や工学、数学などいろいろな学術を加味して、人材教育を展開していこうという狙いなのですが、人間の心の多様性や感受性を育てる部分には、もちろん昆虫との触れ合いも関与してきます。
昆虫を見て『キレイだな』とうっとりしたり、『カッコいい!』と興奮したり、昆虫に触れてそのテクスチャを感じたり、そういう経験をもっともっとしてもらいたい。
目にする虫の変化から季節の移り変わりを感じ取るなど、身の回りにある自然へのセンサーを日ごろからしっかり張っていれば、自然と感性は研ぎ澄まされ、意識できる世界がどんどん広がっていきます。それは、人間だけでなく自然全体を見つめて物事を考えるという広い視野の、基盤となるはずです」
【神崎亮平先生PROFILE】
1957年、和歌山県生まれ。1986年、筑波大学大学院生物科学研究科博士課程を修了。1991年、筑波大学生物科学系助手、講師、助教授を経て、2003年、筑波大学生物科学系教授。2004年、東京大学大学院情報理工学系研究科教授、2006年より、東京大学先端科学技術研究センター教授。生物の環境適応脳(生命知能)の神経科学に関する研究に従事。
神崎亮平先生インタビュー
#1:昆虫ってすごい!東大・神崎教授に聞く「人間が昆虫から学べること」
https://cocreco.kodansha.co.jp/general/topics/education/A9NIc
#2:子どもの虫嫌いは親の虫嫌いから⁉昆虫との触れ合いで表れる変化とは
https://cocreco.kodansha.co.jp/general/topics/education/pq9wR
#3:昆虫は命を知る最後の砦…これからの社会を生き抜くうえで必要なこと←今回はココ
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木下 千寿
福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。
福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。