北欧発「野外で算数を学ぼう」自然学校で子どもが伸びる!「北欧教育」の最先端を森林ライターが伝授
『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』浜田久美子3/3
2024.08.31
作家:浜田 久美子
多様な生き方、多様な学びが広まっていますが、「算数」だけは部屋のなかで紙やタブレットの数字を見つめるしかないと思っていませんか。いま野外で算数を学ぶことが注目されています。
森林ライターであり、子どもの教育に高い関心がある浜田久美子さんに、北欧で広まっている「野外で算数」について教えてもらいました。森で算数を学ぶことによって学びへの意欲が高まるだけでなく、理解度が高まるといわれています。
森林ライターの浜田久美子さんが森の効能について伝える3回シリーズの3回目です。
1回目「ストレス解消や腸活に「森遊び」がまさかの好影響。最新技術でわかった「森の効能」を森林ライターが解説」を読む。
2回目「課題発見→課題解決できる子どもを育てる「森」での遊びかた」を読む。
●浜田久美子さんプロフィール
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。
野外で算数!?
10年ほど前、仕事でご一緒したスウェーデンの教育学の先生のお話です。これまで室内で勉強することが当たり前だとされてきていたものの、野外に出て勉強したほうが理解度、定着度が良い傾向に気づき、研究が進んでいったこと。その結果、最も成績が良くなったグループは、野外での体験的な学びと室内での定着、という組み合わせであったこと。今では、スウェーデンでは多くの学校で積極的に外に出ての授業が行われていること。
算数に国語に理科、社会、いわゆるザ・勉強というような科目こそ、野外で学ぶことによる理解度、定着度が進むという話はとても新鮮でした。お話のあと、実際に外に出て大人たちが体験もしました。
二人ペアでの「カメラ」というワークでは、一人がカメラ役になって目隠しして連れていかれた場所で「カシャッ」と口にして何かの写真を撮る(つもり)ものでした。その撮ったものの形や色、大きさなどをペアの人に後で説明するのです。私は、木のそばに連れていかれたので、顔を上げたときに目の前にあった葉っぱを「写し」て、それを説明した記憶があります。
その他いろいろなワークを終えて、室内に戻ってグループで体験のシェアをしたとき、札幌で小学校の校長先生をしているという男性が感動の面持ちで言いました。
「カメラのあのカシャッが本当に大事なんですよ。よく観察するようにとか、特徴を書き出すとか、そういうことではなく、自分がカメラとなってそのままを写しとる、という全身を使って捉えることで、大きいとか長いとか形とか、概念的なことが子どもたちにはすごく入ると思いました」と。
机に向かって教科書とノートを使い、先生の話を聞くのと比べて、全身を使う理解の仕方、印象の残り方、など確かに違いがあるとうなずけたことを覚えています。
一人一人の学び方の得意は違う
スウェーデンではこれらの野外での学びをアクティビティー集にして、算数や国語(スウェーデン語)、英語に理科や社会などの教科ごとの教科書が作られています。日本語には唯一算数バージョン『遊びながら野外で学ぼう 野外で算数:実践ワークブック 2歳から8歳』(カイサ・モランデル他著 山本風音他 翻訳 ラーニングアウトドア編)が翻訳されていますが、その訳者の一人である山本風音さん(長野県伊那市地域おこし協力隊、未来の教育コーディネーター)にそもそもなぜスウェーデンでは野外の授業活動が重視されているかを教えてもらいました。
「人(子ども)によって、学び方の得意不得意がある、という考え方が根底にあるんですよね。教室で机の前に座って先生の話を聞いて理解するのが得意な子はそれでいいですが、みんながそうじゃない。映像や視覚的に理解できる子、身体を使うと理解できる子、音や音楽を使うと理解できる子、さまざまなアプローチで子どもたちが学びやすくすることが目的なんです」
目的は、子どもの学び方の選択肢を増やす、そこに焦点がありました。理解の仕方には得意不得意がある、という前提に立つと教室から外に出たほうが効果的、という形だったのです。机に座って前を向いて先生の話をしっかり聞くことが奨励され、そのための努力が求められるのとは反対の発想です。その根底は、子どもたちには等しく学ぶ権利がある、という民主主義の考えが社会全体にあることだと山本さんは説明しました。
「一つのやり方で理解がしづらいならば、他のアプローチを探って子どもが学びやすくする、というのはとてもシンプルな考え方だと思うんですよね。なかなか日本ではそれが通りませんが」と山本さんが言うように、子どもの学びやすさに合わせるというアプローチにハッとしました。
「だから、自然の中に出るだけでなく、地域のアートセンターを利用して芸術的なアプローチとかもしたり。さまざまなやり方を試みるんですよね」。決められたやり方に従わせるのでなく、子どもに合わせる──それによって自分の学びやすさを見つけられたらどんなにいいでしょう。
自治体に自然学校
スウェーデンでは教師は学校ごとに採用され、異動がありません。教科の習得の到達目標は定められていますが、その目標にどんなやり方で辿り着くかは教師の裁量に委ねられているため、どういう教科書を使うかも自由です。そういう中で、自然体験を通した教科の学習、が進んできていました。
進めているのは、各自治体にある自然学校が核となっています。スウェーデンには290の自治体がありますが、この自治体に一つずつ、自然学校が設立されています。現在約90の自然学校があるそうです。自治体が年間の予算を持ってスタッフを雇用する組織で、各自治体の学校と連携して子どもたちに自然体験と学びを提供する仕組みです。
学校は、クラスごとに自然学校での体験と授業を組むことができ、前述の野外で学ぶ教科も教師にあまり経験がなくても自然学校で学ぶことができるため、学んだ教師は学校で自分でやるようになることも頻繁だそうです。
「もともとスウェーデンでは自然に近い暮らしがありましたが、都市化で暮らしと自然が遠のくようになって、危機感を持った人たちがそれぞれに自然との接点をもっと子どもたちに持たせたいという動きがあちこちに起きたんですよね。それが連携して野外生活推進協会というものができて、各自治体の自然学校は40年ほど前から広がり出しています」と山本さん。
スウェーデンらしいエピソードとしてあげたのが、アウトドアが盛んなアメリカを当初参考にしていたものの、キャンプやファイヤーサイドなど、非日常的な野外の楽しみ方、が強いアメリカに対して、「いや、もっと日常的に子どもたちの暮らしに近い自然体験を」という発想が主流となり、学校と連携することが模索されていったと言います。
子どもの日常に学校があるので、その学校と自然がもっと近づくことで子どもたちは当たり前に自然と接することができる、という考えです。
「自然の捉え方が日本とは違うかな、と思うのは、日本でこういう自然体験を進めようとすると、理科的なことや森や自然の知識的なことを教えるのが主になりがちなんです。でも、自然の中ではとにかく体感、感性を伴った学びができる、ということが子どもにとっては重要で、それが主体的に自分から関われる基本になると思うんですね。すごく単純に、外は気持ちいいよね、的なハードルの低さでまずは外に出て、子どもたちがどう動いていくのかを後ろから見ている先生、というのがスウェーデン的ですね」と学びの主体が子どもなのか教師なのかの違いも感じると山本さんは言います。
「学び方」を学ぶフィンランド
子どもの学びやすさの多様性を重視して、できるだけ子どもの学び方に沿おうとしたとき、教室を離れて野外に出ることが効果的だと知って実践しているスウェーデン。同じように、「学ぶ」ということを中心にしたときに、大人の決めた形に嵌めようとしたり、教師の指示に従うことを第一にしたり、というやり方をやめたのがスウェーデンのお隣のフィンランドです。
サウナの国としてつとに有名なこの国が、教育でも有名になったのはOECD(経済開発協力機構)が2000年以降に始めた3年おきのPISA(学習到達度調査)で2回連続2位となってからでしょう。フィンランドの教育はすごいらしい、と教育関係の視察が以後始まり、多くの本が出ています。
でも、フィンランドが教育方針を変えたのは古い話ではありませんでした。1980年代に改革が始まってからのことで、それまでは日本と同じように教室で一斉に授業を聞いて、おとなしく座っていることが求められた時代があったそうです。
現在フィンランドは、生涯教育を掲げています。生まれてから死ぬまで、何かを学び続け自分を刷新していく──それは、生きる目的が「幸せ」であること(well‐being)に置かれていて、その幸せは自分自身が感じ取り得ていくものなのです。そのために、小学・中学の基礎教育時代に「学ぶことを学ぶ」が中心に据えられるようになりました。
山本さんが言っていたように、学び方には人それぞれやりやすさがあります。体質のようなもの、と言えるかもしれません。自分の体質を知ることは体調管理の基本になるように、自分の学び方、学びやすさを知ることは、生涯学び続けるための基本です。
一つのやり方で理解できなかったり苦手だと思ったことが、アプローチを変えたらすんなり理解できたり、できるようになったりする、そんな体験があれば「学ぶ」ということに対しての姿勢は変わります。学校は、そのそれぞれの学びやすさを身につけさせてあげる場所、そういう認識がされているのでした。そして、フィンランドでも森は重要な学びの場とされていました。
一歩、外に出てみよう
小学校に上がる前の1歳児から6歳児までは、主流が外での遊びです。自然の中で、子どもたちは同じものがないこと、みんな違うことを自然に体得していくと言います。その体得は、他者と自分を比べることよりも、自分自身を知り探っていくというスタンスを作ってくれるものでもあります。小学校でも低学年はより外に出る割合が高く、どの学年でも先生たちは機会を見つけて森に出かける、と言いました。
スウェーデンもフィンランドも、外に出たらすぐ森と湖がある、という環境であることは事実で、日本とは大きく異なります。でも、だから日本では外に出るのは無理だ、ということにはなりません。子どもたちが教室内でじっとしているのが苦手だったり、気持ちがそこでは落ち着けなかったりするとき、ちょっと場を変える、その一点があるだけで、さまざまなことに変化が起きる可能性を山本さんは指摘します。
「よく、先生たちは【何を】教えるか、【どうやって】教えるか、を検討する話を聞くんですが、【どこで】教えるか、という話は聞かないんですよね。場を変えることで視点が変わるって大人にもありますよね? ちょっと外に出てみよう、という低いハードルでその違いを実感できるようになるといいなと思うんです」と言う山本さんは、この4月から長野県伊那市の地域おこし協力隊として未来の教育コーディネーターという役職につきました。
長野県伊那市はフィンランドの北東に位置するヨエンスー市と森林・林業での交流提携をしていますが、フィンランドの森を多用する教育に感銘を受けた白鳥伊那市長が教育での交流も取り入れたことで、「森と学び」という考え方をこれから浸透させようとしています。未来の教育コーディネーターは、そのための仕事です。
「今、日本では体験の格差が広がっていますよね。公教育の中で森──それは広い意味で僕は使いますが──森を利用した学びができるようになる意味はとても大きいと思っています。教室から一歩出ることで、学び方の選択肢を広げて子どもが学びやすくできるんじゃないかと思ってるんです」と山本さんは市内の小学校・中学校で担任の先生と協力して子どもたちの学びやすさを探るアプローチを「外で」やる計画です。
だから、森で学ぼう
小学校に進むまでは森のようちえんに代表されるように、外で五感を駆使して全身で遊ぶことの大切さがだいぶ認知されるようになりましたが──と言っても子どもたちにその体験が行き渡っているとは言えませんが──これが小学校に入ると急速に教室内での勉強にシフトされていくのが現状です。
でも、たとえば数という概念、一つを半分とか3分の1にするとか、大きさや長さ、重さ、遠さ、厚さなどということも、実際の自然の中で小学校低学年のときに、さまざまな概念を遊んでいるかのように身体を通して理解できたならば、どれほど楽しいでしょう。そんな学び方をしたかった、と思うのは私だけでしょうか。
これから始まる伊那市の森と学びの実践が、どんな展開になるのか、その成果はどんな形で表れるのか、またご報告したいと思います。
森の効能について、近刊の『水はどこからやってくる?』でも書きました。この本では、森の土が水を安全にきれいにして、生き物を豊かにし、土砂災害など災害を起こしにくくするメカニズムを、多くのイラストや図版で解説しています。この本を読むと、生命に欠かせない「きれいな水」を永遠にリサイクルするためには「森の手入れ」が欠かせないことがわかります。森や水に関心が高まったら、ぜひ見てみて下さい。
1回目「夏休みのストレス解消&腸活には森遊びが効きます!」を読む。
2回目「課題発見→課題解決できる子どもを育てる「森」での遊びかた」を読む。
浜田 久美子
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。