ストレス解消や腸活に「森遊び」がまさかの好影響 最新技術でわかった「森の効能」を森林ライターが解説

森が引き出す子どもの可能性『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』浜田久美子1/3

作家:浜田 久美子

森林療法の研究者、上原巌さんといっしょに森散歩するこどもたち。木の肌触りを感じてみよう。樹種によって触り心地が違うよ。(すべて写真は上原巌さん提供)
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子どもの身体、心と脳に「森」がたくさんの「恩恵」を与えていることを知っていますか。目に見えない森に生きる微生物が、実は心にだけなく、「腸」にも効いていたことがわかってきているのです。何となくそうかな、と皆さんが感じていたことを森林ライターの浜田久美子さんがわかりやすく教えてくれる3回シリーズの1回目のお話です。

人工物に囲まれた都市生活が主流の日本では、森の恩恵を日々ストレートに感じづらいものです。でも、意識するしないにかかわらず、森は私たちの命に直結しています。森は水を貯め、空気をきれいにしたり、災害予防の力を人知れず発揮してくれています。この3回シリーズでは、未来を生きる子どもたちにとっては、心と身体、そして脳にとっても森に触れる恩恵を少しでも知ってほしい。

遠くの森に出かけるのは、確かに簡単ではありませんが、がんばらなければ行けない「森」でなくていいのです。身近な小さな自然を「森」の替わりにする鍵は「感じる」こと。未来の社会を生きる子どもたちと、今、社会の真っ只中にいる親御さんたちと共に、森との接点の有無はwell‐beingを大きく左右します。

●浜田久美子さん プロフィール●
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。

腸内環境にも森が大事!?

オーストラリア産のミツロウの商いをしている友人が、コロナ後数年ぶりにオーストラリアに出かけたら「森を歩くとマイクロバイオームが身体にいいから」と言っては知人たちが森に出かけている、という話をしてくれました。マイクロバイオームは微生物コミュニティのことで、土壌を筆頭に、私たちの身体表面、そして「第二の脳」(第一とする人もいる)と言われる腸に多く存在しています。腸内環境、すなわち腸内のマイクロバイオームの良し悪しが、私たちを健やかにも病気にも至らしめることは広く知られるようになっています。

一方、森にさまざまな癒やし効果があることはどれぐらい知られているでしょうか? この20年ほどの研究で、たとえば血圧を中庸に導く効果だとか(血圧が高い人は低めに、低い人は高めに)、ナチュラルキラー細胞と呼ばれるガン細胞を抑える免疫機能が高まることや、心身のリラックス効果などがあるのはご存知でしょうか?

そういう効果をもたらす森の力は研究が続いていますが、わかっていることの一つに、樹木から発する「香り」(フィトンチッド)成分によるものがあります。でも、友人のオーストラリアみやげ話から、「マイクロバイオームの存在」ににわかに反応してしまいました。森は、まさに菌の世界だからです。

森の菌が水を育てている

私は、2023年に初めて子ども向けに出版された『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』(浜田久美子著 講談社)という本のために、この数年間「菌」について学びました。発酵文化に欠かせない酵母菌や、腸内環境を良くするビフィズス菌など有用な菌があることは知っていても、それこそ「バイ菌」と呼ばれて──それが何を指すのかわからなくとも──病気の元になるのは菌、というイメージが当初私にもありました。

でも、思い切りざっくりまとめてしまえば、私たちの命に欠かせない水を育めるのが森であり、その森をつくるのは膨大な菌の存在が大きな役割をもっていたのです。菌が木々とさまざまなやりとりをして木を育て(菌も木から恩恵をもらっている)共生していること、木の根の菌が周囲の木々と栄養の補給などをしていることもわかっています。菌の膨大な力はまだ研究が始まったばかりでした。菌は土壌にだけいるのではありませんが、土壌中の菌がすべての生きものを分解し、水を蓄え、ゆっくりと水を浸透させる土にする立て役者であることを書いたその本は、私にとっても未知の扉をあけてくれるものでした。

その森の多様な菌が、私たちの健康に直接影響するとしてすでにオーストラリアでは実践している人たちがいる、というのはとても興味深くワクワクする話だったのです。

『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』(浜田久美子著 講談社)

無意識にマイクロバイオームを直接取り込んでいる

森の中を歩くとマイクロバイオームを呼吸で吸収して腸内環境を良くしてくれる可能性、について森林療法の研究者、上原巌(うえはらいわお)さん(東京農大森林科学科教授)に尋ねてみたところ、そのような研究がまだ日本にはないと前置きしながら、「呼吸して取り込むということもあるかと思いますが、子どもの場合は直接口にするほうが考えられますね」と言いながら、そう言えば、と大学生たちの話をしてくれました。

「授業で森に入って過ごすとき、樹木や土やいろいろな森のものに触りますが、彼らはその手を洗ったりしないで昼のおにぎりとか食べるんですね。そのせいか、インドとか衛生状況が心配な海外での実習にも、お腹をこわす学生がいないんですよ」と笑うのです。

口から直接。なるほど、と思いました。「食べる」だけでなく、いろいろなものを触った手で口に鼻に目などの粘膜に触れば、体内に直接取り込むことになります。まさに、コロナで誰もがさんざん注意された行為なので、ピンときやすくなりました。怖い感染予防には、取り込まないために手洗いうがいが大事であることは世の中に広く浸透しています。

もちろん、手を洗わないでそのままおにぎりを食べることは今ではお勧めできませんが、行きすぎた清潔志向、無菌を目指すような過剰な防衛は、逆に感染や病気になりやすくなることが指摘されてもいます。抗生物質の多用がマイナスなのは、腸内の菌を大きく減少させて、逆に病気になりやすくするからです。

生まれたばかりの赤ちゃんは、ある時期まで何でもかんでも触ったものを片端から口に入れるのが「仕事」ですが、それによって外界の実にさまざまな菌を体内に取り込んでいると言われます。決して、菌がないほうがいいわけではないのです。

今度は葉っぱ。葉っぱもみんな違う形、違う感触。このカヤノキは尖ってるけどへっちゃらさ。
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