「働き方改革」を進める日本企業について、『休暇のマネジメント』著者で子育て環境問題に詳しいライター・髙崎順子氏が取材。コロナ禍をチャンスに長時間労働を改善、売り上げを向上した実例を紹介する。
長時間労働の弊害
残業前提の長時間労働が常態化し、年次休暇の取りにくい日本の働き方。それは子育て世代も例外ではなく、さまざまな弊害をもたらしています。
長時間労働は、親たちの育児参加の障壁となると同時に、育児のために働き方やキャリアを変えねばならない親たちをも生み出すもの。そんな親たちの同僚にも皺寄せがいき、業務負担が偏る要因になっています。
また、働く親が家庭で過ごす時間が削られると、産後うつや虐待のリスクの高いワンオペ育児、親の疲弊からくる育児事故、親子関係の形成の難しさなどにも繫がるのです。
こういった働き方の根底にあるのは、昭和の時代に一般的だった、性別役割分業の固定観念。政府もこれを問題視し、6月中旬に発表された「令和5年版男女共同参画白書」では、昭和的な性別分業と長時間労働の慣習を見直すべきと明言しました。
そして日本の職場の中にはすでに、長時間労働・休みにくい働き方を変えた企業があります。『子育て世代の働き方改革「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』連載の第4回では、日本で働き方改革を進めている企業の例をご紹介します。
働き方改革を進めている企業は「休める企業」
「働き方改革を進めている職場」として今回ご紹介する企業は3つ。この記事の筆者による『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(2023年5月刊)に登場しています。
この本は、バカンス大国フランスでの『休める働き方』の具体例を紹介し、日本の働き方を考える材料にする、というもの。3つの企業はこの本の最終章で、日本で『休める働き方』を実践する先進事例として取材しました。
なぜこの3つの事例を、「子育て世代の働き方改革」の連載で取り上げるのか。それは現代社会で『休める働き方』を実践するには、長時間労働の是正が不可欠だから。
そしてこの3つの企業では、これまでの連載(※)で専門家の先生方が語ってきたように、「管理職・経営者が率先して、働き方を変える」ことが行われたからです。(連載 第1回、第2回、第3回)
その働き方改革は、どのようなものなのでしょう。ここから先は、『休暇のマネジメント』本文からの要約と追加取材でお送りします。
休めない職場には、必ず働き方の問題がある
「休暇の取得率が悪いチームは、何かしらの問題があります」
こう語るのは、石井食品株式会社の石井智康社長。『イシイのおべんとクン ミートボール』など、子育て世帯の食生活でもおなじみのヒット商品を製造している食品メーカーです。
全国のスーパーマーケットに通年で商品を届けながら、属人化の解消や会議ツールの導入などで働き方改革を進め、「最低でも連続1週間、できれば連続2週間」の年次休暇取得を推進。石井社長ご自身も子育て中で、9時~5時の定時出社で業務をこなしています。
もう1件「最短でも連続1週間、できれば連続2週間」の休暇取得ポリシーを、9割以上の取得率で運用しているのが、NTT東日本神奈川事業部。
2022年のFIFAサッカー・ワールドカップで、「休ませてくれてありがとう」と、上司へ感謝を伝えるボードを掲げて話題になった方の勤務先です。休暇取得のポリシーを可能にするカギは『部署内でのしっかりとした業務分担』と『休暇の事前申請・取得決定のシステム』といいます。
それは逆を返すと、休暇取得が難しい職場では『部署内での業務分担』と、『休暇の申請・決定システム』が、うまく機能していないと考えられる、ということです。
休めないほど忙しい状況は、その業務分担やシステムに、何か問題が潜んでいるサイン──前述した本の中では、この2社の事例の詳細が書かれています。
町工場でも進んでいる長時間労働への改革
働き方改革が進んでいるのは、大企業だけではありません。長時間労働が売り上げに直結しがちな町工場でも、経営者が次々と、長時間労働の是正に着手しています。
『休暇のマネジメント』でそれを語ってくれたのは、50年以上にわたり埼玉県で精密機器加工業を営む、株式会社栗原精機の栗原稔会長です。
栗原精機では、職人約15名、総務や経理など間接業務を担う社員5~6名が、1日8時間労働(休憩1時間)・週休2日を原則として働いています。お盆や年末年始を含め、年間の休日は120日~130日。子育て世代の従業員は合計で7名ほどと全体の1/3を占め、親世代の介護をしている従業員も数名います。
それでも社員全体で、残業は「原則なし」。発生する場合も、月平均10時間ほどに抑えられています。
「『原則残業無し』の実施を始めたのは5年ほど前で、定着したのは3年前くらいでしょうか。そのほか、従業員の個々の事情に合わせて、個別に柔軟な対応を行っています。例えばお子さんの学校行事や休校などの場合、前もって相談があれば、工程シフトを調整する、といったやり方です。早出、遅出のタイムシフトを臨時に設けるなどもしています」
大企業のオフィスワーカーなみ、もしくはよりよい勤務条件とも言えるでしょう。栗原精機はこの働き方で、2億円台後半の年商を上げています。
中小企業の働き方改革は、「やらざるを得ない」もの
現在では職場の雰囲気もよく、「休むのはお互い様」の感覚で、スムーズに業務調整ができていると話す栗原会長。ですが働き方改革への道は平坦ではありませんでした。町工場は「長く働いた分だけ、利益が上がる」という構造が定着していたからです。
栗原精機でも、稔会長が経営を引き継いだ約20年前は、週休1日・1日3時間の残業が定番でした。当時の町工場では、「いかに多く働いて、生産量を上げるか」が鉄則。2019年に働き方改革法が施行されたときも、「我々のような会社にはそもそも無理」との印象を抱いたといいます。
「働いた時間が売上に直結する会社では、ただの絵に描いた餅だと思っていました。その一方で、やらなければならないことだとも分かっていた。今、私は息子の3代目社長にマネジメントを引き継いでいますが、会社を次世代に続けるには、このままの形で渡すわけにはいかないと思っていたんです」
その思いの中核にあったのは、技術を扱う会社としての自覚と矜持でした。
「もし何も変えなくても向こう30年40年、100年と揺るがず存続できる基盤があるなら、私も何もしなかったと思います。ですが私たちは技術を扱う会社で、常に向上していかなければ取り残される。景気の波にも左右されるなか、父も私も変革を繰り返してきました」
「今、社会で働き方改革というキーワードがあるなら、自分たちもそれに向かっていくのが必然と、考えざるを得なかったんです」
コロナ禍をチャンスに、長時間労働を改善して売り上げを向上
ですが「長く働いた分だけ、利益が上がる」という構造だと、ただ労働時間を減らすだけでは、売り上げが落ちて会社を危機に晒してしまいます。長時間労働を改善しながら、会社としてプラスにしていくにはどうしたらいいか。そこで栗原社長が手掛けたのが、「機械への設備投資」と「利益構造の改革」でした。
まず、工場の中で人の働く時間を減らすため、夜間の作業を自動化できる機械を導入する。そしてその機械を使って時間単位の売上高を上げるために、作る製品自体の価値を上げる──そのために、製品開発と営業に力を入れます。
そして2020年、コロナ禍がこの変化を後押しします。一般的には製造業に大打撃を与えた、景気のピンチ期です。
「取引先工場の多くがストップしてしまい、我が社でも、下請け仕事が来なくなりました。売上は50%ほどダウンしましたね。ですが行政が雇用を守る施策を打ってくれたので、それらの補助を受けてなんとかリストラはせずに済んだ。社員のみんなにも我慢してもらいながら、空いた50%分の時間と設備を使って、製品開発や営業活動に力を振り分けたんです」
長年続けてきた請負の加工を休む分、自社製品や共同開発製品に力を注ぎ、それを自社で販売するところまで視野を広げます。2023年初頭には、コロナ禍で中断していた請負事業も7~8割まで回復し、会社全体の売上がコロナ禍前の130%ほどになりました。
苦しくとも変わらなければならないのは、上の世代
挑戦がプラスに実った、栗原精機の働き方改革。ですがその過程は平坦ではなく、一番苦しかったのは、自分の考え方を変えることだったと栗原会長は振り返ります。
「私自身が、24時間働けるなら働くのが当たり前、多く働くのが美徳という世代です。この世代(1960年代前半生まれ)特有の考え方、それを自分自身で変えなくてはならないのが一番苦しかった。若い世代とベテランのギャップに悩み、解決策を見つけられずに、苦い経験もたくさんしました」
「ですが変わらなければならないのは、やはり上の世代なんです。自分の体を壊してしまったことも、一つの大きなきっかけでした」
現在、栗原会長は職人として仕事をしながら、社長業を息子の匠(たくみ)さんに託しています。
「3代目に引き継いだことで、今の若い世代の考え方がわかったこともあります。自分一人では、気づけなかったでしょう。気持ちの面でも充実できる仕事の仕方を作っていくのが経営者の仕事だと、3代目とはたくさん話をしています」
働き方改革を実践している職場には、共通している点があります。それは経営者・管理職が「難しくとも、変えねば」の意識を強く持っていること。そして働く一人一人が、当事者意識を持って、経営者・管理職とともに「休める働き方」を遂行していることです。
簡単ではない改革にチャレンジしている経営者の方々は、日本国内にもすでにいます。その例を、長時間労働の弊害とともに、この連載でお伝えしました。
現代の親の働き方とそれがもたらす問題を知り、より多くの改善がなされる一助と希望になれば幸いです。
【『子育て世代の働き方改革~「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』では、第1回で「子育て世代の長時間労働とその背景」、第2回では「長時間労働が子育て世代とその周囲に与える影響」を探ります。第3回では「保護者の長時間労働が子どもの生活・健康へ与える影響」を探り、第4回では「働き方改革に取り組んだ日本企業」について紹介します】
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。