子どもの睡眠に悪影響「親の長時間労働」が健康を阻害するという事実

子育て世代の働き方改革「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由  #3

ライター:髙崎 順子

▲「親の長時間労働」は、子どもの発達にどんな影響があるのか(写真:アフロ)

残業前提の長時間労働が常態化し、年次休暇の取りにくい日本の働き方。それは子育て世代も例外ではなく、さまざまな弊害をもたらしています。

長時間労働は、親たちの育児参加の障壁となると同時に、育児のために働き方やキャリアを変えねばならない親たちをも生み出すもの。そんな親たちの同僚にもしわ寄せがいき、業務負担が偏る要因になっています。

また、働く親が家庭で過ごす時間が削られると、産後うつや虐待のリスクの高いワンオペ育児、親の疲弊からくる育児事故、親子関係の形成の難しさなどにも繫がるのです。

▲産後うつや虐待のリスクの高いワンオペ育児、親の疲弊からくる育児事故、親子関係の形成の難しさなどにも繫がる(写真:アフロ)

こういった働き方の根底にあるのは、昭和の時代に一般的だった、性別役割分業の固定観念。政府もこれを問題視し、6月中旬に発表された「令和5年版男女共同参画白書」では、昭和的な性別分業と働き方を見直すべきと明言しました。

『子育て世代の働き方改革~「休めない国・日本」を変えるべきこれだけの理由』連載の第3回では、現代の働き方が、子育て中の親やその子どもたちの生活に与える影響を、睡眠にスポットを当てて確認。小児神経学の専門家・星野恭子先生と、小児看護師の山田桃子さん(現在は東京大学大学院生)にお話を伺いました。

「朝起きて、夜寝る」睡眠リズムがなぜ必要なのか

乳幼児期・学童期の子どもたちの睡眠は、心身の発達に影響を及ぼす、生活の重要ポイント。睡眠時間の不足や睡眠時間帯がズレることによって、肥満や自律神経の乱れ、情緒の障害などのリスクが高くなると、科学的に明らかになっています。

子どもたちの睡眠と健康の関係を研究し、その重要性の啓発活動をしているのが、小児科医の星野恭子先生です。東京都内のクリニックで、睡眠にまつわる子どもの健康・生活障害を診断し、治療を行っています。

▲星野恭子(ほしのきょうこ)先生
瀬川記念小児神経学クリニック 理事長、日本小児神経学会認定小児神経専門医、日本小児科学会認定小児科専門医

「健康には睡眠時間の長さと、『夜に寝て、朝に起きる』睡眠リズムの両方が関わります。日中に長い時間眠っていても、夜間に起きてしまっていると、やはり情緒や発達に問題が出てくる。それはなぜか。人間は『昼行性』という、日中に活動する種類の動物だからです」

昼行性の動物として人間には、暗闇にものを見る視力がない分、日中の強い太陽光の中でも色や形を見分けられる網膜を持つなどの特徴があります。一方、フクロウやコウモリなど夜行性の動物には、暗闇の中で活動できるよう、人間にはない嗅覚や超音波の受発信の機能が備わっている。

人間が「夜に寝て、朝に起きる」生活リズムを必要とするのは、個人差の前に、昼行性動物としての性質なのです。

「今回は子どもの睡眠に特化してお話ししますが、昼行性の動物として夜に寝て朝に起きる必要があるのは、大人も同じ。この点はまず、しっかり理解してください」

子どもには子どもの睡眠リズムがある

そして成長途中の子どもたちは、大人や高齢者とは違った睡眠リズムを持っています。昼行性動物としての睡眠リズムは、生まれてすぐに定着するものではないためです。

▲図版出典:「社会と共に子どもの睡眠を守る会」指導者向け資料集

研究によると、乳幼児医の睡眠リズムは、月齢によって以下のようなパターンが見られます。

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生まれてすぐの赤ちゃん……一日の睡眠時間が長く、光や音に反応して、寝たり起きたりを繰り返す
生後5~6ヵ月ごろ……昼夜の区別がつき、夜に寝る時間が長くなってくる
生後8ヵ月前後……お座りやはいはいができるようになると、お昼寝が2~3回になり、夜泣きが多くなる
1歳前後……伝い歩きや喃語が出てくると、お昼寝は1~2回になる
1歳~2歳……一人で上手に歩けるようになると、お昼寝は午後1回になる
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「2歳から小学校入学前までの間にお昼寝がなくなり、夜に必要な睡眠時間が10~13時間となります。医学的に適切な睡眠リズムは、夜は20時ごろに寝て、翌朝7時ごろに起きること。小学校の学童期は必要な睡眠時間が9~11時間と減り、夜は21時ごろ就寝、翌朝7時ごろの起床が望ましいです」

この睡眠リズムは、脳と身体、情緒の各方面で急速な発達過程にある子どもたちだから、必要なもの。そのリズムを安定させることは、発達を終えた大人よりもなお重要です。

子どもの睡眠リズムを守れない、現代の親の働き方

ですがこの「医学的に望ましい睡眠リズム」で生活している子どもは、年々少なくなっているのが現実。日本は社会全体で睡眠時間が短くなっており、子どもたちも例外ではありません。その背景には、連載の第1回第2回までで見てきた、親たちの働き方があります。

<子育て世代の働き方改革 連載>
第1回「50年で劇的変化「共働き・時短勤務・非正規雇用」休めない親たちの現実」
第2回「人間関係が破綻…こんなにある「長時間労働」が子育て世代と周りに与える弊害」

親が夕方まで働いて、保育園や学童保育から自宅に戻るのがすでに19時過ぎとなると、そこから食事とお風呂を終わらせるだけでも、20時の就寝にはとても間に合いません。子どもをせき立てるように寝かしつけることで、毎晩のようにイライラしてしまい、自己嫌悪に陥っている親御さんも少なくないでしょう。

「今の社会で子どもの生活リズムを守るには、大きな努力が必要です。しかも父親の多くは残業で、帰宅から寝かしつけを一人で担う役目は母親に偏っています」

「主体的に育児をする父親も増えてはいますが、私のクリニックにお子さんを連れてくる親の大半は、まだまだ母親。社会全体の働き方が、母親に育児負担が偏らざるを得ない状況を作っていると感じます」

そして子どもたちが睡眠の乱れから心身の調子を崩しやすくなると、親たちは診察や通院のために、休業日をキープしなければなりません。休みにくい働き方をしなければならない上に、貴重な休みを自分の休養や息抜き、家族の団欒に使うこともできないのです。

子どもの睡眠障害と結びつくデジタル機器への依存

子どもの睡眠リズムが阻害される原因には、タブレットやゲームなどのデジタル機器への依存もあります。また、小学生になると自立心も芽生え、親の注意を素直に聞けなくなるケースも。

「深夜まで隠れてデジタル機器を使い続けてしまい、朝に起きられない生活が定着してしまう子も。睡眠リズムの改善が難しいパターンです」

日々進化するデジタル機器やネットサービスの使用を親たちがコントロールするのは、とても難しく、悩ましいもの。

コロナ禍で学習のデジタル化が進み、子どもたちの生活の中でますます、デジタル機器の存在感は大きくなりました。小学生になれば、友人関係の維持のために、どうしてもと求められることもあるでしょう。

▲現代生活とデジタル機器は切っても切れない関係。子どもたちにとってもスマホやタブレット、ゲーム機がある生活が日常となっている(写真:アフロ)

新型コロナ禍の一斉休校を受けて長崎大学が行い、2022年に発表した調査(※)では、長崎県内在住の小学生の7%が、ゲーム依存症に該当する可能性が認められました。(※出典

子どもを一人の養育者が見る、いわゆるワンオペ育児の生活の中、在宅勤務や家事のために子どもに長時間、デジタル機器やネットサービスを使わせざるを得ない家庭もあります。それが依存的な使用に繫がってしまい、子どもの行動や生活に、問題が起こる例も出ています。

デジタル機器やネット環境を子どもに与えること自体は、悪いことではありません。それが長時間にならざるを得ない状況が問題なのです。

「現代の養育者たちは、その点でも疲弊しています。原因の多くは親だけではどうにもできない、親子をめぐる社会環境や構造です。親たちが多大な努力をして疲弊しないと子どもの睡眠や生活を守れない社会は、問題があると思います」

ここまでは、親の働き方が子どもの睡眠に与える影響を見てきました。一方、現代の働き方は、子育て中の親の側にも睡眠の問題を起こすことがあります。特にそれが深刻なのは、新生児の育児期間です。

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