子ども向け知育玩具「レゴブロック」の魅力 灘高・東大出身のレゴ認定プロビルダーが子ども時代から紐解く

レゴ認定プロビルダー・三井淳平さんにインタビュー#1

三井さんが手掛けた迫力満点のレゴ作品。レゴブロックとは思えない出来栄え。  写真提供/三井淳平

玩具メーカー売上高世界一のレゴ。子ども向け知育玩具として圧倒的な知名度を誇ります。レゴ界には、世界にたった23人だけの認定プロビルダーが存在します。その一人が、三井淳平さんです。灘高出身、東大卒の三井さんは、幼少期からレゴブロックに親しんでいたとのこと。そんな三井さんが会社員を経てプロビルダーになるまでの道のりを聞きました。
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「誰かの反応」がレゴ作品制作のモチベーションになった子ども時代

――三井さんは、子どもの頃からものづくりが好きだったのでしょうか?

三井淳平さん(以下、三井さん):そうですね。物心ついたときから工作全般が好きでした。好奇心の赴くまま、折り紙や積み木で遊んでいたようです。

レゴブロックは生まれてすぐ、1歳くらいから触っていたと思います。というのも、3歳上の兄がレゴブロックで遊んでいたから。

最初は、見よう見まねでレゴブロックを組み立てていました。気づいたら大好きになっていた、という感じです。

レゴブロックで遊ぶ幼少期の三井さん。  写真提供/三井淳平

――レゴブロックでは、どのように遊んでいたんですか?

三井さん:最初はレゴセットで遊んでいて、説明書通りに組み立てていました。例えば、「家」であれば人形遊びをより一層楽しめるように内装を重視していましたね。

小学生くらいになると、解体後のレゴブロックで飛行機や船などオリジナル作品を作るように。立体的な見た目にこだわりはじめると、今度は強度を工夫するようになりました。

というのも、大きめのレゴブロックはレゴブロック同士がしっかりかみ合うので強度が出るのですが、見た目にこだわろうとすると細かいレゴブロックを多用することになります。そうすると強度が下がってしまうので、見た目と強度のバランスを考えながら、何度も作り直しては改良を加えて、いろんな題材にチャレンジしました。

中学生の頃は、オリジナル作品のクオリティも上がってきて、友だちに見せると驚いてくれたり褒めてくれたり、反応をもらえることを嬉しいと感じるように。

自分自身のホームページを制作して作品を公開すると、国内外からコメントが届き、レゴブロックが好きな人たちとつながれる喜びがありました。

レゴブロックで観覧車を制作。10歳の作品とは思えない発想力と完成度の高さに驚く。  写真提供/三井淳平

金属に興味を持ち東大へ。世界最年少でレゴ認定プロビルダーに

――中学は全国的に有名な名門校、灘中に進まれ、灘高を経て東大に入学。高校や大学でもレゴブロックに親しまれていたそうですね。どのような学生時代だったのでしょう?

三井さん:
高校では化学に興味を持ち、なかでも金属の奥深さに惹かれました。

同時にレゴ作品制作の活動も拡大。ホームページを見たテレビ番組「TVチャンピオン」の関係者から番組出演に誘われ、高校3年のときに出場しました。

大学では、もっと金属の研究をしたいと思い、日本で一番研究環境が充実している東大を目指しました。

大学に入ってからは、自分と同じようにレゴブロックが好きな仲間と「東大レゴ部」を創設。きっかけは、mixiで「レゴブロックで安田講堂を作る企画をやってみたい」という話が出て、最初は単発企画のつもりで5人集まって制作をスタートしたこと。

作品を発表した大学祭でも好評だったため、翌年以降も継続して活動できるようにサークルにしました。学祭や展示会などで大型作品を出展していました。

その頃から、レゴ認定プロビルダーを意識するように。自己申告制で倍率もよく分からないのですが、世界中から応募できるんですよね。2年から3年に1人くらいのペースで認定されています。

東大レゴ部時代の三井さん。レゴ好きのメンバーと安田講堂を制作中の様子。設計図や資料をもとに細かな部分まで再現したそう。  写真提供/三井淳平

――三井さんの好奇心と行動力の強さをうかがえるエピソードですね。ちなみにレゴ認定プロビルダーは、どのような基準で選ばれるんですか?

三井さん:認定基準は明確で「レゴブロックを使った作品を作るスキル」と「レゴブロックを使ったビジネスの将来性」。

ビジネスについては、どんな作品を作り、どんな仕事につなげることができるかを重視されるようです。

私の場合は、大学院在籍中に認定してもらえました。世界最年少での認定だったようです。

会社員3年目で独立。レゴ作品で人に喜んでもらいたい

――大学卒業後の進路は、どのような観点で選ばれたのでしょう? レゴ作品の制作は社会人になってからも継続されていたとか。

三井さん:大学で金属材料を専攻していたので、鉄鋼業界に進みたくて、進路は大手鉄鋼メーカーを選択。

就職してからも、平日の夜や休日を使ってレゴ作品の制作は継続していました。

たとえば、ショベルカーのメーカーから模型の制作や、施設のロビーに飾れる作品など、企業の依頼を受けていました。

――副業ということですよね。働きながらそれだけの制作を続けられていたとはすごいです! その後、独立されるわけですが、そのきっかけとは?

三井さん:会社員をしながら副業として制作するとなると、どうしても時間に制約が出てきてしまうので、3年目くらいで独立を決意しました。

現在は、お客様(企業)からの依頼を受けてレゴ作品を制作する仕事を本業にしています。

仕事の醍醐味は、作品を依頼してくださるお客様と、作品を見てくださる一般の方のそれぞれからレスポンスをもらえることです。

レゴビルダーにとっては作品を目にした人に楽しんでもらうことが大事であり、それこそが一番のやりがいにつながります。

それは、子どもの頃に「自分が作ったものを誰かに喜んでもらえる」という原体験があるからかもしれません。

取材・文/末吉陽子

三井 淳平(みつい じゅんぺい)
レゴ認定プロビルダー
1987年生まれ。2005年、テレビ番組の「レゴブロック王選手権」準優勝で注目を浴びる。直後に灘高校から、東京大学理科一類に現役合格。入学後に東大レゴ部を創部。2010年、レゴブロックを素材とした作品制作や関連する課外活動における社会貢献により、「東京大学総長賞」を個人受賞。2011年「世界最高レベルのレゴブロック作品制作能力を持つ一般人」とレゴ社が認める「レゴ認定プロビルダー」に最年少で選出。

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