「子どもの早期教育は本当に必要?」焦って迷う親を解決に導く2つの自問

人生相談本コレクター・石原壮一郎のパパママお悩み相談室〔10〕「早期教育は必要?」

コラムニスト&人生相談本コレクター:石原 壮一郎

習い事の数、内容とあふれる昨今、子どものためにあれこれやらせるべきか、親は焦り悩みます。子育てを卒業して、今は孫育てを楽しんでいる石原ジイジが答えます。
写真:おおしたなつか
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パパママは今日も悩んでいます。夫婦の関係や子育てをめぐる困りごとに、どう立ち向かえばいいのか。

500冊を超える人生相談本コレクターで、2歳の孫のジイジでもあるコラムニスト・石原壮一郎氏が、多種多様な回答の森をさまよいつつ、たまに自分の体験も振り返りつつ、解決のヒントと悩みの背後にある“真理”を探ります。

今回は、「早期教育は必要なの? 必要ないの?」というママ(2歳女児の母30歳)のお悩み。はたして人生相談本&石原ジイジの答えは?

早期教育の悩みは昔から まずは夫婦で意見の一致を

「幼い頃に勉強の習慣を付けさせないと手遅れになる」「子どもにできる限りのことをしてあげるのが親の務め」などなど、世の中には親を脅す宣伝コピーがあふれている。今回のお悩みは、我が子に「早期教育」を受けさせたほうがいいのかどうか。夫は「任せるよ」と言うだけで、ちゃんと話しを聞いてくれないという。

「早期教育」は本当に必要なのか。受けさせるのが親の務めなのか。いろんな意見を見てみよう。

「早期教育は是か非か」という議論は、昨日今日始まったわけではない。30年ほど前の新聞にも、3歳ともうすぐ1歳になる子を持つ母親から【伸び伸びか英才教育か】という相談がある。相談者は伸び伸び育てたい派だが、夫は「子どもは小さいうちからスケジュールを決めて勉強に慣れさせたい」という考えらしい。しかも「しつけに厳しく、子供のわがままも体罰で抑えようとします」とも。

夫の意見に納得できない相談者に、作家の早乙女勝元さんは励ましの言葉をかける。

〈私自身は、あなたの意見に賛成で、子供を体罰でしつけるなどというのは、しつけではなく、もってのほかだと思います。暴力で抑え込めば、やがては暴力ではね返ってきます。(中略)あなたの考えるところを、ご夫君にわかってもらう以外にありません。簡単なことではないでしょうが、最初から投げてしまわずに、心を込めて説得力豊かに話してみましょう。今、その努力を惜しむと、夫婦間のきずなは、もろく、切れやすくなります〉
(初出:「読売新聞」連載「人生案内」より。1992年6月24日付に掲載。引用:読売新聞社編『人生の相談ごと――二十代の悩み、三十代の生き方』1995年、プレジデント社)

回答ではおもにしつけに触れているが、話す努力が大事なのは早期教育に関しても同じである。夫婦で意見が違っていたら、子どもは混乱するしかない。

そんな状態では早期教育を受けさせても受けさせなくても、それぞれのメリットは生かされず、デメリットばかりが拡大されてしまうじゃろう。

ただ、相手の考え方を変えるのは、間違いなく「簡単なことではない」。しかも、自分の考えが「正しい」とは限らないのが、また怖いところである。

焦りと不安にかられ迷う親たち

この連載で何度か取り上げたが、育児雑誌に投稿された読者の子育ての悩みを集めた本『読んでくれて、ありがとう』でも、早期教育をめぐる意見のやり取りに、多くのページが割かれている。問題提起の投稿の一部と、それに反論する投稿のタイトルを紹介しよう。

【反早期教育派の人たちに、何がわかる!】(東京都、25歳)
〈最近、早期教育が盛んな反面、「私は早期教育反対派」とか「子どもはのびのびと育てたい」とかの声も盛んです。でも、そんな反早期教育の人たちに、早期教育の何がわかると叫びたい気持ちです(ごめんなさい。少しきつい言葉になってしまいますが)。(中略)本当に進路を考える年ごろになってから勉強して間に合うのでしょうか〉

【「どうしてこんなことするの?」と娘に聞かれ、答えられなかった私】(大阪府、32歳)
【早期教育をしないと、将来0点ばかり取る子になるのですか?】(栃木県、33歳)
【早期教育という名の新薬の話】(東京都、31歳)
【挫折しても、妥協しても、前向きに生きていける力こそ育てたい】(愛知県、30歳)

(初出:「プチタンファン」の読者投稿欄「プチ・プラザ」より。引用:プチタンファン編集部編『読んでくれて、ありがとう』1996年、婦人生活社)

叫びたい気持ちになっているところに、早期教育をさせようとしている母親の焦りや不安を感じずにはいられない。それでいて、投稿の締めでは「結局、どっちにしてもお母さんの育った環境や考え方を子どもに託しているのでしょうね。だから人は人、うちはうちだから、どうでもいいことなのでしょうけど」とも。

「人は人、うちはうち」と自分に言い聞かせつつも、「何がわかる!」と叫びたい――。親心は複雑かつ繊細である。

村上春樹は枠にとらわれないようアドバイス

3つ目は、3歳の男の子がいる母親の相談。作家の村上春樹さんに【子供の頃に習い事は何かしましたか?】と尋ねている。まわりは教育熱心な人が多く、習い事を子供にたくさんさせているそうじゃ。「子供は心ゆくまでたっぷり遊んだり,ボーっといろんな思いにふけったり、そういう時間が特にその子を作っていくような気がする」と考えつつも、そんな自分は「考えが甘いでしょうか……」と不安を覚えている。

村上さんは小さい頃、近所で須田剋太(すだこくた)さんという有名な画家の方が絵画教室を開いていた話を入口に、当時の思い出を語る。

〈僕はそこに行って、絵を習っていました。というか、みんなで好きに絵をかいて、それを須田さんがにこにこと「これはいいねえ」とか「ここはこうしたら」とか感想を言うというようなところでした。(中略)僕が須田さんから受けたアドバイスは、「ものを枠で囲うのはよくないよ。枠をはずして描きなさい」というものでした。なぜかそのことだけを今でもはっきり覚えています〉
(初出:期間限定 質問・相談サイト「村上さんのところ」2015年1月~5月、引用:村上春樹著『村上さんのところ』2015年、新潮社)

村上さんは何冊かの相談本を出しているが、正面からではなく、ちょっと斜めからふんわり答えているケースが多い。この回答も、わざわざ書いている須田さんのアドバイスに、真意が込められているのではなかろうか。どういう方針で育てるにしても、「枠で囲うのはよくない」と諭しているように聞こえる。

親は「こう育てれば、子どもはこうなる」という“枠”が欲しくなるが、せっせと枠で囲うことより、枠をどうはずすかを考えたいものじゃ。

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