子育ての悩みや困りごとに答える連載「モンテッソーリで考えよう!」も最終回となりました。「モンテッソーリで子育て支援 エンジェルズハウス研究所」所長で、たくさんのお母さま、お父さまの相談にのってこられた田中昌子先生のお話は、ちょっとした工夫で、子どもたちに大きな変化が起こると大人気でした。おりおり読み返していただけたらと思います。
最終回は、命をいつくしむ人になるには、という大切なテーマをお伝えします。
※この記事は、講談社絵本通信掲載の企画を再構成したものです。
心優しい人に育ってほしい、というのはどのお母様にも共通する想いですね。人間だけではなく、命あるものすべてを大切にすることを伝えたい、という願いも本当に尊いものです。このような気持ちで子育てをしていらっしゃるお母様が、育て方を間違えたとか、手遅れなどということは決してありませんので、まずはご安心ください。ただ、このまま放置しないということも、重要なポイントです。
命の大切さは、子どもたちに絶対に伝えていかなければならないことですが、問題はその時期と方法にあります。
質問者さんのお子さんは、2歳7ヵ月とのこと。その年齢の子どもは、アリやダンゴムシやカエルに命があることをきちんと理解した上で、命を奪ってやろうと思って踏んでいるのでしょうか。もしそうであれば、恐ろしいことですが、子どもはそんなことは思ってもいません。ただ、動いているものにとても興味を惹かれ、踏むと動かなくなる、ということが面白くてしかたがないだけなのです。命のなんたるかを知らない子どもに、一生懸命その大切さを説いても、聞き入れないのは当然のことです。
命の大切さを直接伝えていくような内容も、モンテッソーリ教育の中にいろいろ含まれています。たとえば「生物と無生物」は、どのようなものが「生きている」といえる状態であるのか、まさに命とは何かを伝える提示であり、生物の中に動物と植物があることがわかります。
「食物連鎖」では、生物は何かを食べて生きている、さらに命が尽きたときにも他の生物の役に立つことがわかります。
「生命の歴史」では地球が誕生してから生命が生まれ、さまざまなものが命を引き継いで役割を終え、私たち人間につながっているということを、壮大な年表で学びます。
ただ、それらを提示する時期は主に6歳以降、「文化の敏感期」とモンテッソーリが位置づけている時期になります。
第23回で、モンテッソーリ教育は、子どもの自然な発達を知り、その段階に合わせた対応をする教育であること、発達は4段階に分けて考えることをお伝えしました。命という目に見えないものを真に理解するためには、想像力や抽象的思考が必要であり、それらは2段階目(6歳から12歳)の時期にこそ、活き活きと働くものです。
質問者さんのお子さんはまだ第1段階、それも幼児前期の「無意識の吸収精神」という時期にあることを、今一度、確認しましょう。その時期の子どもにとって、もっとも大切なのは、実体験と環境であることも思い出してください。
では、その時期の子どもはまだ理解できないのだから、何でもさせておいてよいのか、命を踏みつぶすままでいいのかといえば、答えはノーです。
同じく第23回にモンテッソーリの言葉を引用したように、他人を怒らせたり傷つけたりする、不作法で粗野な行為はすべて止めなければなりません。
ただし、口でダメと言っても伝わりません。第1段階の子どもには、「やってほしくないことを言葉で言うのではなく、やってほしいことをやってみせる」ことが必要です。質問者さんの場合、やってほしいのは、生き物をやさしく扱ったり、観察したり、育てたりすることではないでしょうか。
たとえばダンゴムシは、そっとつまみあげて手のひらに載せるところをゆっくりと見せてあげましょう。
目の前に差し出して、「丸くなったね。」とひとこと言ってじっと一緒に見ているうちに、長くなって歩きだすかもしれません。
「わあ、歩いたね。」とお母様が面白そうに話してあげれば、そちらに興味を持つかもしれません。
指先を丸くしてそっとつまむ、というのは今後、いろいろな物を丁寧に扱うときに重要な動きでもあります。
「できるかな?」と何度もつまむところを見せてあげましょう。上手につまめたら、「できたねえ。」と一緒に喜び、「じゃあ、おうちに帰してあげようね。」と元の場所に戻すことを提示しましょう。
アリやカエルをそっとつまみあげることは、大人にも難しいことですが、アリは飼育キットなどを使えば、巣を作る様子を観察することができます。カエルは、できればオタマジャクシから飼ってみると、変化が大きいだけにとても良い経験となります。
幼児期には、動物や植物など、生物を飼ったり育てたりという経験をぜひともさせてあげていただきたいのです。命の大切さを伝える提示は、こうした実体験があって初めて想像力が働き、受け止めることができるものです。
人間は哺乳類ですから、最終的には犬や猫、あるいはウサギやハムスターといった哺乳類を育てる経験をすると、良いといわれています。
家庭の事情で無理ならば、金魚でも小鳥でも、あるいはミニトマトでもゴーヤでもかまいません。それらを大切に扱い、かわいがり、育てるという姿を提示することが重要なのです。
また、最初から子どもに「お世話するって約束しないと飼わないよ!」と強要するのではなく、まずは大人がどのようなお世話のしかたがよいのかを見せてあげましょう。その中から年齢に応じて、できそうなことを少しずつ任せていくようにします。
ほとんどのモンテッソーリ園では、何かしら動物を飼っていますし、部屋の中には植物が置いてあります。それらのお世話もお仕事のひとつだからです。専用の用具が整えられており、きちんと提示も受けられます。
「目を見て話を聞いて!」と言葉で言うのではなく、お子さんが見ずにはいられなくなるような魅力的な用具を準備して、美しい手つきでゆっくりとやり方を見せてあげましょう。
本やテレビの悪役にあこがれるのが心配とのことですが、道徳的な善悪について、本当に敏感になり、善悪の基準を自分の中に形成していくのは、第2段階の児童期です。第1段階、それも前期の「無意識の吸収精神の時期」の子どもは、環境からすべてを学び、それを取り込んで人格を形成していきます。
無意識ということは、良いものも悪いものも区別なく丸ごと、という意味ですから、この時期の環境には、細心の注意を払う必要があります。
なってほしくないような悪役が出てくる本やテレビには触れさせないことが一番です。心を育てたいのでしたら、ご自分が読んで心が温まるようなストーリーや美しい絵の絵本を選びましょう。
また、低年齢ほど、空想の世界よりも現実を伝える内容をお勧めしています。
映像は絵本よりも刺激的ですから、3歳未満では、なるべく見せないか、短時間に抑えることが必要です。また、見せる内容はくれぐれも吟味しましょう。子どもが見たいというものを、そのまま無制限に見せることは避けなければなりません。
子どもの人格に関わる大切なことですから、大人も本気で関わらなければならないのです。
モンテッソーリ教育の目的は、「人格の形成」にあることは、第22回でも触れました。
人格を作り上げていくというと、とても抽象的で難しく聞こえると思います。もう少し具体的に言いますと、「何を善とするか、より良い善を選ぶ心を育てること」といえるでしょう。モンテッソーリは善良な人間が育たない原因について、このように述べています。
「善事の根が人間の魂のなかに存在しないからです。恐らく嘗てはあったのでしょうが、今日は死して埋められました。張り合うことと競争と野心が全教育時期を通して激励されたなら、こんな雰囲気で成長した人々が2、30歳になって、単にだれかが善を説いたということだけで善良になることをどうして望めるでしょう。」(『子どもの心~吸収する心~』マリア・モンテッソーリ著 鼓常良訳 国土社)
一番になることばかりを求める、競争させて伸ばす、他を蹴落としてでも自分が上に行く、そういうことが教育であるとするならば、善良な人間にはなれるはずがない、とモンテッソーリは警鐘を鳴らしたのです。ところが、それから100年以上たった今も、学校でも家庭でも、そうした教育方法が続いているのではないでしょうか。
子どもはいつまでも子どもではありません。成長して社会人となり、自分自身で意思決定をしていくのです。
世の中には、平気で罪を犯す人もいれば、身を捨てても他人のために尽くす人もいます。生まれたときはどちらもかわいい赤ちゃんであったはずなのに、将来は大きな違いが生まれます。
だからこそ、質問者さんもお子さんの将来が心配になられたのだと思います。
この違いが生まれる要因は、ずばり教育にあります。
幼児期という人格の根っこを育てる時期の重要性を、モンテッソーリは繰り返し述べ、その生命の援助の方法を私たちに示してくれているのです。
言葉がけや外的圧力で、悪い行動をやめさせることはできません。子ども自身が自分で善き人格、悪いことを悪いと判断してやめる心を作り上げていくのです。
遊びやおもちゃではなく、手と五感を十分に使うお仕事に集中することによって、心が満たされ、他を大切にする心が育ちます。大人はそうしたお仕事ができるような環境を整えること、行動のモデルとなることを、心がけましょう。 3歳前の今から取り組めば、すぐにお子さんの変化が見られるはずです。もちろんいくつになっても、手遅れということはありません。
モンテッソーリ教育は、いつくしみの心を育てる教育です。「自分も大切、相手も大切。」という関わり方が基本です。
この場合の相手とは、人間はもちろん、すべての命あるものを含んでいます。そうした心を持った子どもが大人になり、愛と平和に満ちた世界を実現してくれると、モンテッソーリは信じていました。
子育ては、子どもがこれから生きていくための土台となる人格を作る、そのお手伝いをするという崇高な仕事であり、人任せにはできない仕事でもあります。日々時間に追われ、物理的にも精神的にも大変かと思いますが、同時にお金では買えない喜びと幸せも、得られるのが子育てです。モンテッソーリの理念をもとに考えることで、ひとつでもお悩みが解決され、少しでも笑顔で幸せな子育てにつながるヒントが見つかれば、幸いです。
長い間、お読みいただき、ありがとうございました。
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田中 昌子
上智大学文学部卒。2女の母。日本航空株式会社勤務後、日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成通信教育講座卒。同研究所認定資格取得。東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター卒。国際モンテッソーリ教師ディプロマ取得。2003年よりIT勉強会「てんしのおうち」主宰。著書に『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』(講談社)、モンテッソーリ教育の第一人者、相良敦子氏との共著に『お母さんの工夫モンテッソーリ教育を手がかりとして』(文藝春秋)など多数。
上智大学文学部卒。2女の母。日本航空株式会社勤務後、日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成通信教育講座卒。同研究所認定資格取得。東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター卒。国際モンテッソーリ教師ディプロマ取得。2003年よりIT勉強会「てんしのおうち」主宰。著書に『モンテッソーリで解決! 子育ての悩みに今すぐ役立つQ&A68』(講談社)、モンテッソーリ教育の第一人者、相良敦子氏との共著に『お母さんの工夫モンテッソーリ教育を手がかりとして』(文藝春秋)など多数。