閉館寸前から世界一の「クラゲ水族館」へ 加茂水族館名誉館長が語る人との繫がり

吉川英治文化賞・村上龍男さんが語る「加茂水族館がクラゲ水族館」と呼ばれるまで 〜後編〜

加茂水族館名誉館長:村上 龍男

子ども時代、自然の中で学んだことが我が身を助ける力に

──館長としてのこれまでのお仕事には、本当にたくさんの壁があったのですね。

村上さん:上の者がやるべき仕事をしなければ、現場はうまくいきません。私が自分かわいさに、上から言われることにただ従っているだけだったら、クラゲ水族館はできませんでした。ときには上の言うことに反発し、目を付けられて、嫌がらせを受けることもあった。だけれども、とことんやりあったから今があると思っています。

今ではとんでもないことですが、高校生のころ川で爆薬を爆発させ、その衝撃で魚を捕ろうとなったものの、誰も導火線に火付け役をやろうとしなかったことがありました。そこで踏ん張って火をつけたのは私です。大人からはたっぷり怒られましたが、あの経験で胆力が身につきました。

また猟師の親父さんと共に猟に行き、私が獲物を追いかける手段がなく途方に暮れたとき、親父さんは思いもよらなかった別の方法で獲物をやすやすと捕まえて驚かされたことがありました。子どものころに自然の中でさまざまな経験をしてきたからこそ、厳しい境遇でも諦めず、乗り越える力がついたと思っています。

新しい芽を育てるには自由が何よりも大切

村上さん:館長としては、現場の声を聞き、彼らが自由にやれるような環境づくりを心掛けていました。基本は任せてしまい、自由にやらせる。それが新しい芽を育てるには大事なことなんです。

2015年、新館の事務室にて。  写真提供:村上龍男

村上さん:かつての加茂水族館では、お話ししたようにお金がなく、繁殖に必要な顕微鏡すら買うことができませんでした。その後、日本学術振興会から補助金をもらい、初めて顕微鏡を買えることになり、その顕微鏡を覗いたとき、職員みんながものすごく感動したんです。

そして、彼らは「自分たちが初めて顕微鏡を覗いたときの感動を、子どもたちにも伝えたい!」と、顕微鏡とテレビを繫ぎ、その映像をモニターで見られるように工夫して、子どもたちに教えるプログラムを自発的に始めました。私が知らないうちにね(笑)。

国からの補助で初めて買った顕微鏡。  写真提供:村上龍男

村上さん:そこで私が「俺の許可も得ずにやったのか!」と怒れば、誰も何もしなくなってしまいます。それだと何も生まれません。職員には自由にやらせて、彼らが失敗したら黙って尻ぬぐいする。

元飼育員の奥泉も、クラゲの飼育や繁殖には、何度も失敗していました。でも私はお金のやりくりの大変さは口にせず、「いいから、またやってみて」と言い続けました。その積み重ねが実り、今ではクラゲ界の第一人者になりましたよ。やっぱり、上の者は太っ腹でないとね(笑)。

──村上さんがお好きなクラゲの種類を教えてください。

村上さん:「シンカイウリクラゲ」です。キラキラ光って、非常にきれいなんです。でも個体が本当にきれいなのは、1週間ぐらい。シンカイウリクラゲは、エサをやれないので、だんだん光が弱くなり、痩せていくのです。

シンカイウリクラゲ。  写真提供:村上龍男

──生物が好きという子どもたちへ、メッセージをいただけますか。

村上さん:私は、勉強はそこそこでいいと思っています。釣りでも、植物採集、昆虫採集でもいい。子ども時代は、自然の中でのびのび過ごしてほしいです。その経験の中で、一生を左右するようなこと、人間としての成長に必要なことが自然と身につきます。

下村先生もおっしゃっていました。「なんでもできる優等生よりも、自然の中でのびのびと遊んだ子どものほうが将来性がある。それが自分だ」と。

加茂水族館でも、バックヤードツアーなどをやっています。そういった取り組みに参加するのもよいと思いますよ。

───◆─◆─◆───

窮地に立たされるたび、さまざまなアイデアを出し、チャレンジを重ねて、加茂水族館を見事に再生させた村上さん。その生き方に、「信念をもって歩めば、きっと新しい道が拓ける」と勇気づけられました。

取材・文/木下千寿

吉川英治文化賞とは

公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催する〈吉川英治賞〉のなかで、日本の文化活動に著しく貢献した人物、並びにグループに対して贈呈されるのが文化賞。他に、吉川英治文学賞、吉川英治文学新人賞、吉川英治文庫賞がある。

村上さんの前編を読む

29 件
むらかみ たつお

村上 龍男

加茂水族館名誉館長

1939年、東京都生まれ。山形県東田川郡羽黒町(現・鶴岡市)で育つ。'63年、山形大学農学部を卒業。一般企業勤務を経て、'66年、鶴岡市立加茂水族館に勤務。翌67年、館長となる。 '97年、珊瑚の展示水槽から偶発的に生まれたサカサクラゲを皮切りに、クラゲの飼育や繁殖に注力。2012年には加茂水族館で飼育するクラゲの種類が世界最多としてギネスブックに認定された。 現在、加茂水族館名誉館長。

1939年、東京都生まれ。山形県東田川郡羽黒町(現・鶴岡市)で育つ。'63年、山形大学農学部を卒業。一般企業勤務を経て、'66年、鶴岡市立加茂水族館に勤務。翌67年、館長となる。 '97年、珊瑚の展示水槽から偶発的に生まれたサカサクラゲを皮切りに、クラゲの飼育や繁殖に注力。2012年には加茂水族館で飼育するクラゲの種類が世界最多としてギネスブックに認定された。 現在、加茂水族館名誉館長。

きのした ちず

木下 千寿

ライター

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。