閉館寸前から世界一の「クラゲ水族館」へ 加茂水族館名誉館長が語る人との繫がり

吉川英治文化賞・村上龍男さんが語る「加茂水族館がクラゲ水族館」と呼ばれるまで 〜後編〜

加茂水族館名誉館長:村上 龍男

群泳するたくさんのミズクラゲに目を奪われる。  画像提供:村上龍男

閉館寸前まで追い込まれた加茂水族館を、世界一のクラゲ展示種類数を誇る水族館へと生まれ変わらせた、加茂水族館名誉館長の村上龍男さん。

その功績を称え、第57回(令和5年)吉川英治文化賞が授与されました。

今や庄内地方の名観光スポットとして人気を集め、地域の人々からも愛される“クラゲ水族館”ですが、ここまでの歩みには苦労も多くありました。

村上さんに、引き続き後編でも、水族館と共に歩んできた人生をじっくりお話しいただきました。

(全2回の後編。前編を読む

お金も人もないからこそ人との繫がりを大切に

村上さんが水族館倒産を覚悟した’97年にたまたま現れたサカサクラゲ。このクラゲを契機に、加茂水族館はクラゲの展示に注力・特化するという方向に舵を切り始めます。

──クラゲが、加茂水族館の希望となったわけですね。

村上龍男さん(以下、村上さん):クラゲに可能性を見出した私と当時飼育員だった奥泉和也(おくいずみかずや ※現・加茂水族館館長)は、「クラゲ展示の日本一、世界一を目指そう」としたのですが、我々には銭もない、人(スタッフ)もいない、場所もないわけです。

それでも、夏は加茂水族館がある山形よりも涼しい北海道から、冬は温暖な四国や九州などからクラゲを送ってもらえるような体制づくりをしようと考えました。

さらに、漁師さんやダイビング愛好家とも交流をもち、きちんと報酬を支払ってクラゲを送ってもらうようにお願いしました。そういう方たちとは、今もお付き合いがありますね。一度できた縁は、ずっと大事にする。それが加茂水族館にとって、非常に大きな力になりました。

そうして’98年には、最終的に4~5種類のクラゲを展示できることになり、一年間で2000人増客。これが本当に嬉しくてね。自信になりました。

ミズクラゲ。  写真提供:村上龍男

──さらに’00年には「クラゲを食べる会」を企画・実施。そのユニークさで加茂水族館は全国的に名を知られるようになりました。

村上さん: ’00年にクラゲの展示が12種類となり、江ノ島水族館を1種類上回って「クラゲの展示数で日本一」にはなったのですが、それでもお客さんはなかなか増えず……。苦肉の策で思いついたのが、「クラゲを食べる会」でした。

これは当時、日本に大量に襲来して、漁業に甚大な被害を与えたエチゼンクラゲを、しゃぶしゃぶや刺身、ナタデココ風の“クラゲココ”などにして食べるというもの。さらに、水族館併設の売店で、「クラゲ入り饅頭」や、「クラゲ入り羊羹」も販売。

加茂水族館で、日本一のクラゲ展示を見てもらい、クラゲ入りのお菓子のお土産を買って帰る。それこそが水族館にとって最高に価値のあるものだと考えたからです。おかげさまでたくさんの媒体に取り上げていただき、加茂水族館の名前が広がり、多くの来館者を得て、倒産を免れることができました。

クラゲ展示と村上さん。  写真提供:村上龍男

ノーベル化学賞受賞者・下村脩先生との有り難い繫がり

──’08年にノーベル化学賞を受賞した下村脩先生とのご縁についてもお聞かせください。

村上さん:’01年に水族館が加茂市に移管され、’07年に水族館の新館建設が決まったものの、「新館準備のお金は出ない」と言われました。

しかし新館スタッフの採用、養成など、お金がどうしてもかかります。どうすればよいだろうかと考え、’08年にオワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパクの研究・発見でノーベル賞を受賞された下村脩先生に注目したのです。

発光するオワンクラゲ。  写真提供:村上龍男

村上さん:加茂水族館に下村先生が来館してくだされば、大きなニュースとなり、全国で水族館に興味を持ってくれる人が増えるだろう。来館者も増えるのではないか、と。

そこで、下村先生にお手紙を送ったところ、東京での講演会にお誘いいただいたので足を運びました。先生には直接ご挨拶して、「ぜひ水族館へお越しください」とお願いしましたが、先生は「行く」とも「行かない」ともおっしゃらない。

でも微かに希望の糸は繫がっていると感じた私は、ベニクラゲという「不老不死」のクラゲの絵柄のネクタイを地元の産業である「鶴岡シルク」で作り製品化しました。そして、敬老の日に合わせて「先生、長生きしてお好きな研究を続けてください」というメッセージと共に送ったのです。

すると後日、朝、出勤したら先生からFAXが届いていて、「来年の春、行きます」、と。

そうして、下村先生が来てくださった年から6万人増客。新館建設も無事乗り切ることができました。

村上さんと下村脩先生。2010年4月に先生はご来館されました。  写真提供:村上龍男

村上さん:また、加茂水族館で繁殖・展示させていたオワンクラゲは発光しなかったのですが、下村先生に光らせる方法を教えていただけたことも大きな財産です。

緑色に光らせることができるようになり、それは新聞で全国に紹介されました。下村先生には本当に感謝しています。

こちらが現在の加茂水族館となる新館。  写真提供:村上龍男
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