幼児教育「やりすぎ」「セーフ」の境界線 10 のチェックポイント

『やりすぎ教育』著者・武田信子が警鐘を鳴らす「その教育、本当に子どものため?」#1

子どもの「楽しい」は本音?

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まず、【①習い事やその練習をさせるために、自由な時間がほとんどない生活をさせている】ケースについて。

毎日のように続く習い事も、子ども自身が好んで通っているなら問題ありませんが、そうではない場合、ストレスがたまり、子どもの心を壊しかねません。

本人は「行きたい」と言っていますか? では、その顔をよく見て、声をよく聴いてください。自然な笑顔、明るい声でしょうか? 

子どもの中には「親に好かれたい」、「親の機嫌を取りたい」と無意識に考え、好んで行く様子を見せる子もいます。
それも、親に好かれたいという気持ちが強ければ強いほど演技がうまくなり、作り笑顔が上手になる傾向があります。

親は、子どもに“圧”をかけていないか振り返りつつ、よくよく観察する必要があります。

わかりやすいのは、子どもが習い事の前後などに機嫌が悪いとき。

本来、そこで受け止めるのが親の役目ですが、【③ 子どもが泣いたり怒ったり元気がなかったりして、サインを出していても「まただ」と思って流してしまう】のように、ついその感情を無視して流してしまうことがあるのであれば、今日からでも【②子どものすることを、子どもの意見を聞かずに親が自分で決めている】をやめて、「どうしたのかな」と気持ちをしっかり聞いて、受け止めましょう。

ここで気づいて、軌道修正ができればOK。

しかし放置してしまうと、子どもが抱えるストレスは耐えがたいほど大きなものになり、さまざまな精神症状が現れることもあります。「やりすぎ」の状態です。

子どもの心を犠牲にしてまでやらせなければならない習い事があるでしょうか。

もしあなた自身が、自分がやりたくないこと、嫌なことを無理にやらされたらどうでしょうか。子どもも同じです。

自分の立場に置き換えて、耐えられないなと思ったなら、辞めさせるという選択肢も必要ですね。

親自身も「揺れる」ことが必要

大事なことは、親自身が「今の状況は、子どもの発達にとって大丈夫か?」と自問すること。私はこれを「リフレクション」(振り返り)や「揺れること」「迷うこと」と呼んでいます。

人間は不完全な生き物です。「自分は間違っているかもしれない」という前提で、ときどき、今、自分がしていることが相手にとって幸せなことか否か、意識的に相手の立場になって考えてみましょう。

とはいえ、「正しいことを言っているのは相手の方かもしれない」と思うのは、難しいことなんですよね。

かくいう私自身も、20年以上前のことですが、子育て中は自分のやり方が正しいと思い込み、「これくらいのこと、この子ならできるでしょう」と、今思えば過度な負担をかけていたこともありました。

今となっては「なぜあのとき気づかなかったんだろう」と思えるのに、当時は一所懸命になりすぎていたと思います。

渦中にいると気がつきにくいんですね。だからこそ、今、子育て中の皆さんには、ぜひ今のうちに気づいてほしいと思っています。

「言いなりになる」のと「気持ちに寄り添う」は大きく違う

私自身の例からも言えることですが、親子関係は絶対的に親の方が知識も経験もあるため、親が強者で子が弱者というパワーバランスが生まれがちです。
 
例えば、子どもが、「習い事がつらい、やめたい」と言ったとき、親は親で「始めたばかりなんだから1ヵ月は続けてほしい」などと思うでしょう。

大人同士であれば、お互いの言い分を話し合って折り合いをつけられますが、相手が子どもだと、どうしても大人が上から“正義”を押し付けてしまいがち。言い返せないようにして無理に納得させる形ですね。

そうして、大人の言い分だけが通り、子どもの言い分は聞かれない。これは折り合いではなく、自己主張を押し付けているだけ。強者から弱者へのハラスメントです。

相手の言い分、つまりどんな意見や感情を持っているか聞いた上で
「なるほど。あなたはそう思うのね。としたら、こういう考え方はどうかな、私はこう思うんだけど」と、相手を否定せずに自分の考えを伝えて、それにコメントをもらう。

そうして子どもが小さい頃から民主的に対話を繰り返す中で、より大きな目標に向けて合意できるように一緒に考えることが大事です。

ここで、【④ 自分の言うことを聞かない子どもは悪い子だと思ってしまう】方もいらっしゃるでしょう。【⑤子どもを自分の所有物のようなものと思っている】と、自分の思い通りに育てたい気持ちが強くなってしまいます。

でも、親と子は別人格。子どもの行動をコントロールするのではなく、子どもの気持ちを尊重して共感し、子どもが今を幸せに生きて、心身共に健康に過ごせるように調整するのが親の役割であることを再確認しておきましょう。

最後に【⑥子育てに確固たる信念を持っていて、自分は正しいと思っている】はどうでしょうか。子育てに信念を持っていることはもちろん有意義です。ただし、何を軸にするかと言ったら、目の前の子どもの様子です。

子どもの様子がおかしかったら、親が「この子育てでいいのかな、もしかしたらちょっと違うのかな」と揺れることはもっと大事です。子どもを軸にして振り返りを繰り返すことが「やりすぎ」を防ぐのです。

不安で何も決められないのも困りますが、一方で、自信満々な状態は、『やりすぎ教育』の最大のリスクといえるでしょう。

子どもたちのより良い養育環境を研究する臨床心理士の武田信子氏。
写真提供:本人

PROFILE
武田信子(たけだのぶこ) 
臨床心理士・一般社団法人ジェイス代表理事。武蔵大学教授、東京大学非常勤講師、トロント大学・アムステルダム自由大学大学院客員教授、日本教師教育学会理事などを歴任。心理、教育、福祉の観点から、体と心と脳のウェルビーイングな発達を保障する養育環境の実現と、マルトリートメント(子どもに対する教育上の不適切な対応)の予防のために対人援助職の専門性開発に力を注ぐ。

『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』(ポプラ新書)、『育つ・つながる子育て支援』(チャイルド本社,共著)、『社会で子どもを育てる』(平凡社新書)、『保育者のための子育て支援ガイドブック』(中央法規出版)など著書多数。

第2回は、21年9月10日公開です(公開日時までリンク無効)
「親が陥りがちな幼児教育“5つの思い込み”」を伺います。


構成/桜田容子

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