900万人が驚いた“たいせつな疑似体験” 日本の子が「視覚障害者・聴覚障害者・高齢者」を知る意味とは

暗闇体験を経て見える新しい世界とは #1~「ソーシャルエンターテイメント」とは?~

ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン代表:志村 真介

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」では90分間全く光のない世界を体験。  写真提供:ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン

照度0の漆黒の暗闇の中を、視覚障害者の引率のもと、白杖(はくじょう)をついて声や音や足元の感触などを頼りに最大8人のチームで進んで行く──。

こうした視覚障害者や聴覚障害者、高齢者の世界を楽しみながら90分間体験できるソーシャルエンターテイメントが注目されています。一体、どんなもので、体験することで何を得られるのか。

日本で初めてソーシャルエンターテイメントを主宰した、ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン代表の志村真介さんに詳しく聞きました。

※1回目/全3回

志村真介(しむら・しんすけ)PROFILE
ダイアログ・イン・ザ・ダーク・ジャパン代表。1962年生まれ。関西学院大学商学部卒。1999年からダイアログ・イン・ザ・ダークを主宰。視覚障害者の新しい雇用創出と、誰もが対等に対話できるソーシャルプラットフォームを提供している。2020年東京・竹芝にダイバーシティが体験できるダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」をOPEN。

暗闇で迷子になった私を全盲の人が助けてくれた

弊社では3つの体験型エンターテイメントを総称して、体験型ソーシャルエンターテイメントと呼んでいます。

その3つとは、完全に光を遮断した漆黒の暗闇の中を視覚障害者の誘導で、声と音、足もとの感触や手触りなどを頼りに進んでいく【1】「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下略:ダーク)」。聴覚障害者と静寂の中で表情とボディランゲージだけでコミュニケーションを楽しむ【2】「ダイアログ・イン・サイレンス(以下略:サイレンス)」。そして、高齢者とともに、歳を重ねることに思いを馳せつつ生き方について対話する【3】「ダイアログ・ウィズ・タイム(以下略:タイム)」です。

中でも「ダーク」は、1988年にドイツでスタートし、世界47ヵ国以上で開催。これまで900万人を超える人々が体験しました。日本では、1999年11月の初開催以降、約24年間で24万人以上が体験しています。

体験した人たちは、みんな何かしらの感動を得たり、自分の中で小さな変化が生じていることに気づきます。それは何か。まず、私自身の体験からお話ししますね。

「ダーク」は1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたエンターテイメントです。私がこのプロジェクトを知ったのは、1993年の日本経済新聞夕刊の記事でした。

オーストリアのウィーンにある自然史博物館の会場で行われた「ダーク」は、真っ暗闇の中、全盲の方の誘導により、各人が手にたずさえる視覚障害者用の杖と聴覚、触覚、嗅覚などを頼りに暗闇の中を進み、最後は真っ暗なバーの中、1杯やりながら感想を語り合うというもの。

当時(1993年)の日本は、まだバブルの名残がある時代。私はマーケティングの仕事をしていて、目に見える形で消費者に付加価値を伝えることが仕事でした。ところが、ヨーロッパではすでに、視覚に頼らず楽しむことで、視覚障害者の世界を知る体験にお金を出して楽しんでいる人がいる。しかもチケットは完売になるほど大流行しているという。衝撃を受けました。

さっそく新聞社に問い合わせて、アンドレアス・ハイネッケ博士の連絡先を聞き、ドイツ語で手紙を友人に書いてもらい送りました。このエンターテイメントに大きな感銘を受けたことを綴り、「いつか日本でも開催したい」とオファーをしました。

そして1995年にはローマに行き、「ダーク」を初めて体験することに。何一つ見えない暗闇の中では、普段よりも匂いに敏感になり、人の声に集中できました。見えないことによって他の感覚が開いていく気がしました。

ところが、そんな中で私はチームの人たちとはぐれて迷子になってしまいました。案内役の視覚障害者も7人のチームメイトもみんなイタリア語のため、どう進めばよいのか理解できなかったのです。

彼らの声が聞こえない。どこにいるのか見当もつかない。途方に暮れました。すると、スッと私の横にスタッフが現れて、助けに来てくれました。私は声を出して助けを呼ばなかったのに、彼は衣擦れの音や息づかいでここにいることが分かったんです。

感激しながらそのスタッフと一緒に出口を出たら、なんとその人は白杖をついている全盲のスタッフでした。

あとから知ったことですが、彼ら視覚障害者は、暗闇の中で迷っている人と、冒険している人を区別できるそうです。迷い人と冒険者は、足の運び、白杖の付き方、衣擦れの音、呼吸が違う。不安な人と楽しんでいる人は呼吸の仕方まで違うことを彼らは知っているんです。

だからこそ、見えない中でも遠くで迷っている人を容易に見つけることができた。「なんという能力だろう!」と心底、驚きました。

この驚きや感動は、文字で読んだり伝聞だけではわかりません。実体験して初めて得られます。ぜひ日本でも体験してもらいたい。日本開催への思いが一段と強まりました。

視覚や聴覚に障害があるからこそできること

ローマでの体験で実感したように、目に頼らず生活している視覚障害者だからこそできることは想像以上にあります。

その一つに、視覚障害者は明るくても暗くても関係なく動きまわることができます。そこで、「ダーク」では、視覚障害者が案内役(アテンド)となり、参加者8人1組のチームを誘導していきます。

聴覚障害者と一緒に行う「サイレンス」は、参加者はヘッドセットで聴覚をシャットアウトし、言葉を喋りません。つまり、言葉を手放すというシチュエーションを作ってコミュニケーションしていきます。普段から聴覚に頼らず生活している聴覚障害者に案内役(アテンド)になってもらうのです。

もう一つ、「タイム」は、加齢のプロセスを体験しながら、75歳以上の高齢の方と人生や時間について対話していきます。

「ダーク」は、視覚を手放す。「サイレンス」は聴覚を手放す。「タイム」は時間を手放す。

見えない、聞こえない、歳をとる。一見、いずれもとてもネガティブな体験だと思われがちですが、当事者が出てきて、案内し、アンコンシャスバイアス(無意識でのものの見方やとらえ方のゆがみや偏り)を、出会いと対話で溶かしていきます。

障害者と対等な関係で対話(ダイアログ)をしていく。これがソーシャルエンターテイメントの特徴であり、醍醐味です。

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