映画『千と千尋の神隠し』舞台化! 見た人みんなが心をつかまれる理由
国民的アニメを三次元でどう表現するの? 演劇ファンでなくても見ればだれもが納得、感動の舞台がそこにあった!
2022.03.21
フリーランス編集・ライター:小出 史歩
ジブリ映画は大好きだけど観劇の習慣はあまりない人、その逆の人、どちらも必見。舞台『千と千尋の神隠し』は映画ファンをキュンキュンさせ、舞台ファンも満足させる珠玉のエンターテインメントだった! 見た人みんなが熱狂する理由を、普段舞台を見ない人にもわかりやすくご案内。
映画を“丸ごと”舞台で表現! 細かなシーンもあますことなく見せてくれる
宮﨑駿監督の不朽の名作『千と千尋の神隠し』は、2001年に公開され爆発的な大ヒット! 再上映を含め、2022年3月現在の興行収入は316億8000万円に。
テレビ放送も繰り返され、2003年1月の初回放送時は、なんと46.9%を記録! 今年1月、10回目の放送でも平均視聴率(世帯)は16.3%を獲得。過去の放送すべてが16%を超えている、正真正銘の国民的アニメだ。2003年には米国アカデミー賞長編アニメーション映画部門賞を受賞。
日本公開から18年後の2019年に中国で初公開が実現したほど、独創的な世界観が世界中で愛され続けている。見たことのある人なら、「あのシーンがどうやって舞台になるの?」「あのキャラクターは登場するの?」と、素朴な疑問、そして映画が別の方法で表現されることへ少々の不安を持った人もいるのでは? 筆者も、さっぱり見当がつかないまま劇場へ足を運んだ。
主演の千尋は、映画やドラマで活躍し、今回が初舞台となる橋本環奈(はしもとかんな)と、ドラマや舞台出演のほか歌手としても活躍する上白石萌音(かみしらいしもね)がWキャストで演じている。筆者が観劇したのは、橋本環奈バージョンだ。
持ち前の華やかさと存在感のある橋本は、初舞台とは思えないほどの堂々とした演技で、作品世界へ引き込んでくれた。
舞台上に千尋が登場し、物語が始まる。千尋のつぶやきも、両親と乗る車のシーンも、「この台詞(せりふ)、映画そのままなのでは?」と思うほど、聞き慣れた会話が続く。
千尋はふてくされ、千尋の母は淡々と語り、千尋の父は豪快に話す。その口調までもが、映画から飛び出てきたかのよう。
衣裳も、映画で見たものとほぼ同じだ。ただし、照明が当たったときの色の見え方や、俳優がまとって動いたときの立体感などが計算しつくされ、舞台の上でこそ輝く衣裳が作られている。さらに映画ファンにとってうれしいことは、ほんのちょっとしたシーンもほとんどカットすることなく見せてくれる。
たとえば、ボイラー室で千尋がハクの体から出た虫を踏みつぶし、釜爺(かまじい)が“エンガチョ”する場面や、銭婆(ぜにーば)の家で坊ネズミ(銭婆の魔法で姿を変えられた坊)とハエドリ(銭婆の魔法で姿を変えられた湯バード)が糸車を全力で回しては休むあのシーンも楽しめる。
油屋(あぶらや)にやってくる八百万(やおよろず)の神様も続々と! 映画で見慣れた姿の神様や舞台らしくデザインされた神様などが、舞台上をパレードするかのように現れる。
アニメならではの映像表現を 生の舞台でリアルに見せる感動
ここ数年の舞台(芝居やミュージカル)は、プロジェクションマッピングやLEDパネルを使った豪華な映像表現が人気だが、この舞台では映像の使用は必要最小限にとどめられている。大きな油屋のセットは全高5m! 舞台上に組まれた油屋を床ごと回転させ、表や裏、側面などを使い分け、油屋の広さを表現したり、別のシーンを作り出したりする。この360度回転する舞台機構は、すべての劇場にあるわけではない。
圧巻の場面転換が見られるところも、超大作の醍醐味だ。
リンに連れられ、湯婆婆(ゆばーば)に会いに行く千尋が乗るエレベーターも秀逸! エレベーターの扉や壁に見立てたセットを俳優たちが持ち替え、違うフロアに到着したことを巧みに示す。千尋が引くレバーは、俳優の腕だ。
沼の底の家を目指し、6番目の駅で電車を降りた千尋たちを道案内する黒い街灯も、俳優が演じる。映画では一本脚でぴょんぴょん飛び跳ね、ユニークな音をさせながら移動していた街灯だが、舞台では……詳しく書くとネタバレになってしまうので、劇場でのお楽しみとしたい。
特筆すべきは湯婆婆が千尋の名前を奪い「千」と名付けるシーン。映画では、千尋が署名した文字が宙に浮かび、だんだんと「千」だけになっていったが、そのイメージのままアナログで表現している。しかも千尋が書き間違えたのか、わざと間違えたともうわさされている「荻」の字もそのまま。筆跡も映画とそっくり同じだ。
終始このような演劇的手法が多用されているので、その手法を楽しんだり、自分のお気に入りのシーンがどう表現されているのかを確かめに行ったりするのもいいだろう。
舞台のオープニングとエンディングでは、スタジオジブリが新たに創作したアニメーション映像が大きく映し出される。題字は、スタジオジブリの鈴木敏夫(すずきとしお)プロデューサーが揮毫(きごう)した。
このシーンがあることで、観客は千尋と一緒にトンネルの向こうの異世界へ入り込み、また戻ってこられるだろう。