【食事と岩手愛】映画「岬のマヨイガ」舞台裏を原作者・柏葉幸子が語る

毎日映画コンクール・アニメーション映画賞受賞に寄せて

居場所を失った17歳の少女と声を失った8歳の女の子がたどりついたのは、懐かしくてすこしふしぎな伝説の家《マヨイガ》でした――。
『岬のマヨイガ』(C)柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会
すべての画像を見る(全7枚)

巷ではアカデミー賞4部門ノミネートという『ドライブ・マイ・カー』が、作品賞を獲れるのか!? ということで話題を集めていますが(2022年2月20日現在)、この作品、今年、第76回毎日映画コンクールの日本映画大賞を獲っています。

それでは、今年の毎日映画コンクールで、アニメーション映画賞に輝いた作品が何だったか、みなさん、ご存じでしょうか? それは、劇場版アニメ『岬のマヨイガ』(川面真也監督)です!

毎日映画コンクール アニメーション映画賞の過去の受賞作をながめますと、『サマーウォーズ』や『君の名は』、そしてジブリの『魔女の宅急便』や『千と千尋の神隠し』など「見たことある!」「知ってる!」という声が聞こえてきそうな大作ばかりが勢ぞろいです。

じつは今年受賞した『岬のマヨイガ』は、『千と千尋の神隠し』と浅からぬ縁があります。『岬のマヨイガ』の原作者は、児童文学作家の柏葉幸子さん。野間児童文芸賞、小学館児童出版文化賞、産経児童出版文化賞、そして、英語に翻訳された作品が全米図書館協会によってバチェルダー賞に選ばれるなど、児童文学にかかわる賞という賞を受賞しているベテラン作家です。

その柏葉さんがほぼ半世紀前に世に出したデビュー作『霧のむこうのふしぎな町』こそ、『千と千尋』の原案として使われた作品なのです。

柏葉さんにとって『岬のマヨイガ』を書くことは、東日本大震災の被災地としての故郷を描くことでもあり、決断のいる執筆作業でした。

映画化の話を受けて、川面監督、脚本を担当した吉田玲子さんとともに岩手を旅した柏葉さんが、今回の受賞を機に、ロケハンに加わったときの思い出、映画のスクリーンから感じとった岩手への愛をつづります。

柏葉幸子さん(右)が同行した、『岬のマヨイガ』の舞台・岩手県でのロケハン中のひとこま。(写真:川面真也監督 撮影)

「何を食べる?誰と食べる?」

柏葉幸子

「岬のマヨイガ」をアニメ映画にする時、監督は物語の舞台の岩手に何度も足をはこんで取材してくれた。初めて岩手に来た時は、シナリオライターの方も一緒で、ロケハンというよりシナハンというものだったそうだ。

私はそのシナハンにくっついて歩いた。どんなふうに取材するのか興味があった。無口な監督はボーッとしているようで、草はみんなこう生えるのか?と私に聞いた。へえ、土手の草の生え方まで見るんだ! と驚いたりした。

一泊二日、監督たちについて回った。シナハンの前に一度東京で監督とごはんを食べた。その時、私のかぶっている猫の皮はしっかりはりついていたはずだ。でも、岩手で数回一緒にご飯を食べるごとに、私の猫の皮は、はがれていった。

後で知ったが、あの時、監督とシナリオライターの方は、物語の舞台の土地だけでなく私のことも観察していたのだそうだ。こんな人が書いた物語なわけか! とこの仕事をひきうけたことを後悔したのかもしれない。見られていると知っていたら、猫の皮はしっかりかぶりなおしたのにーー。

丁寧な取材があり、うちの近所だ! ここ知ってる! 沿岸のどこかで見た景色! と震災の後の岩手の風景が生々しく画面にあった。悲しく辛い風景でもあった。その画面の中で、食事のシーンが物語へ観客を引き込む重要な役割をになっていたと思う。

『岬のマヨイガ』(C)柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会
『岬のマヨイガ』(C)柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

キワおばあちゃんとユイお姉ちゃんとひよりが、岬のマヨイガで初めて一緒に食事をする。

ユイお姉ちゃんは、キワおばあちゃんを得体の知れない人だと警戒している。少しぎこちなく、おそるおそる初めて食べる岩手の野草を使った料理だ。そして、美味しい! と目をみはる。三人の距離はちぢまった。お互いの猫の皮が少しはがれたのだと思う。観客の気持ちも、美味しかったんだ、よかったと、三人によりそっていく。

もしかすると、美味しくなくともいいのかもしれない。むかいあって、口へ食べ物を入れて、かみくだき、飲み込む。食事をするということは、人にとって生きていく上で大切で無防備な行為だ。だから、その時間を誰かと一緒にすごすことで、その誰かとの距離が近くなっていく。

カッパたちとの宴会で、めずらしいキュウリのフライをいっしょに食べることで(画面では食べていなかったが、きっと食べたのだと思う)カッパを気味悪がっていたユイお姉ちゃんとカッパの距離が近くなる。

『岬のマヨイガ』(C)柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

「うわー、初めて食べた!」
とユイお姉ちゃんは言ったかもしれない。

「うめべ?」
とカッパたちは聞いたかもしれない。

どの食事のシーンも美味しそうで楽しそうで、三人が家族になっていく、不思議なものたち、ふしぎっととの距離もちぢまる。監督はそう言いたかったんだと思う。何を食べるか? だって大事だが、誰と食べるか? がより重要なのだろう。

学校で、職場で、家庭で、友達同士も恋人たちも、一緒に何かを食べることで距離をちぢめていくのだろう。なのに個食の時代だ。かぶる猫の皮は厚くなるばかりだ。

私はキュウリのフライを食べたことがない。今年の夏には誰かをお客様に呼んで作ってみようか? その誰かとの距離がちぢまるかもしれない。(了)

柏葉幸子さん(写真:大坪尚人)​

柏葉幸子(かしわば・さちこ)/1953年、岩手県生まれ。東北薬科大学卒業。『霧のむこうのふしぎな町』(講談社)で第15回講談社児童文学新人賞、第9回日本児童文学者協会新人賞を受賞。『ミラクル・ファミリー』(講談社)で第45回産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。『牡丹さんの不思議な毎日』(あかね書房)で第54回産経児童出版文化賞大賞を受賞。『つづきの図書館』(講談社)で第59回小学館児童出版文化賞を受賞。『岬のマヨイガ』(講談社)で第54回野間児童文芸賞受賞。ほかの著書に、『ぼくと母さんのキャラバン』(講談社)、「竜が呼んだ娘」シリーズ(朝日学生新聞社)など。

この記事の画像をもっと見る(全7枚)