子どもが「学校で話せない、動けない」…おとなしい子と思ったわが子が「場面緘黙症」だった 母親の小学校サポートとは

「みいちゃんのお菓子工房」代表・杉之原千里さん子育てインタビュー#1「小学校生活」

みいちゃんのお菓子工房 代表:杉之原 千里

杉之原千里さんと、娘のみいちゃん。「お菓子作りは自分の居場所だと感じたと思う」と千里さんは話す。  写真提供:杉之原千里さん

滋賀県近江八幡市の住宅街にある「みいちゃんのお菓子工房」。ここは、「場面緘黙(ばめんかんもく)症」とともに生きる娘の夢を叶えるために、家族が建てた小さなケーキ屋さんです。

パティシエを務めるみいちゃんこと杉之原みずきさんは、特別支援学校高等部に通う16歳。工房では手ぎわ良くケーキを作り、家ではごく普通に会話ができますが、一歩、外へ出ると声が出せなくなり体の動きも固まってしまう「場面緘黙」の症状を抱えています。

話ができず給食も食べられない小学校での日々、周りに理解してもらうために始めたことなど、母親である杉之原千里さんに伺いました。

※1回目/全2回

杉之原 千里(すぎのはら・ちさと)PROFILE
小さなケーキ屋「みいちゃんのお菓子工房」代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、ケーキ屋のオーナーとして、「場面緘黙症」と「自閉スペクトラム症」を持つみいちゃんをサポート。「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。

みいちゃんのお菓子工房代表の杉之原千里さん。  Zoom取材にて

「おとなしい子」と捉えていた娘の場面緘黙症

「場面緘黙(ばめんかんもく)症」という症状を知っていますか? アメリカ精神医学会による世界的な診断基準「DSM‐5」において、「他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況において、話すことが一貫してできない」と定義されている不安症の一つです。

日本の法令では発達障害者支援法における発達障害の一つであり、学校教育においては情緒障害に分類され「特別支援教育」の対象となっています。

『場面緘黙支援入門』(著:園山繁樹/学苑社)によると、家庭では家族と普通に会話ができるのに、幼稚園や学校など特定の場面で声や言葉が出ないという場面緘黙症。歩きたくても足が動かないなど、体を思うように動かせない「行動の抑制」が併せて起こる子どももいるといいます。

「みいちゃんのお菓子工房」のパティシエ、杉之原みずきさん(愛称:みいちゃん)が場面緘黙症と診断されたのは小学校入学前でした。「もともと癇癪(かんしゃく)を起こしやすい子だった」と、母親の杉之原千里さんは振り返ります。

「小さいころから一度癇癪を起こすと、1時間以上止まらなくて大変でした。玄関先や外でひっくり返って泣き叫んでいましたね。

私はフルタイムで働いているため、みずきは1歳から保育園へ。園では言葉数が少なく、『えらいおとなしい子やな』という見方をしていました」(杉之原千里さん)

みいちゃん(写真右手前)には、姉(写真右奥)と双子の兄(写真左)がいる。杉之原家はフルタイムの共働きで、3人の子どもを育てる5人家族。  写真提供:杉之原千里さん

みいちゃんの様子に明らかな異変が表れたのは5歳ごろ。地域の保健師から、就学前に、発達障害の専門医による診察を勧められます。

「園で制作物を作れないなど、“体の固まり”が顕著に表れてきました。発表会でも体が動かなかったのですが、それでも私は『よっぽど緊張してるんやな』くらいにしか思っていませんでした。家では普通に会話して動けるし、本人もそれなりに園での生活を楽しんでいる様子だったからです」(千里さん)

みいちゃんは小学校入学直前だった6歳の3月に「場面緘黙症」「自閉スペクトラム症」と診断されます。医師からは「環境の変化に十分注意するように」と言われ、千里さんは入学前に小学校の先生との連携も図りました。

「診断を受けたときは、悲しむよりも『そういうことだったのね』と腑に落ちました。これまで『なんでしゃべらへんの?』『ご挨拶しなさい!』と言いまくってきたので猛省しました。なぜもっと早く気づいてあげられなかったのだろうと。

とはいえ、場面緘黙症については聞いたことすらなかったのでピンときませんでした。インターネットや専門的な本でとにかく調べましたね」(千里さん)

隠すことは本当に子どものため? SNSで周囲に発表

みいちゃんは最初、「症状の程度が分からなかった」ため通常学級に入学。しかし千里さんは、入学直後に2年時から特別支援学級へ転籍できるよう手続きをします。入学式でみいちゃんの姿を見たときに、初めて「場面緘黙症」であることに現実味を感じたからです。

「入学式では歩くことをはじめ、座ることや立つことも自分の意思ではできません。予想もしなかった娘の姿でした。翌日から校門に入ると全く動けなくなり、靴が脱げない、ランドセルをおろせない、箸やお椀を持てず、口も開けないため給食も食べられない……全介助の状態です」(千里さん)

給食時間の先生とみいちゃん。みいちゃんは給食が食べられず、お茶を飲むこともできなかった。  写真提供:杉之原千里さん

当時は集団登校で、保育園時代の友達と手をつなげば歩くことはできましたが、朝、集合場所に行っても、みいちゃんは挨拶も会話もできません。

そんな様子を見ていた千里さんは、子どもやその親にみいちゃんの説明を試みますが、「いきなり『娘はしゃべれないんです』と言われても意味が分からないだろうし」と、説明の仕方に悩んだといいます。

数ヵ月後には、「一人ひとりに説明していくのがものすごく疲れてしまった」という千里さん。SNSを使ってみいちゃんのことを伝える決心をします。

「『場面緘黙症みいちゃんの日記』として、Facebookにみずきの特性や日常の姿を綴りました。子どもの症状を完全にオープンにすることは、『できない子』と認めてしまう気もして、抵抗もありました。普通に育てたいのが本心ですから。

みずきの症状をどこまで隠し通せるかも考えましたが、はたして子どもにとってそれがいいのかどうかということです。周りに伝えないことで、誤解を受けることもあるでしょうから。

最初は『場面緘黙症って何!?』とみんなにびっくりされましたが、発信を続けて周りに知ってもらうことで、私の気持ちもラクになっていきました」(千里さん)

「みいちゃんしゃべってるよ!」うれしかった子どもたち

日記のほかにも、千里さんが意識的に行っていたことがあります。

まずは、「学校との連携」です。みいちゃんは2年生から特別支援学級に入りますが、当初は千里さんを含む支援関係者全員が経験や知識がなく、手探りの状況だったといいます。

「先生とは『今日はこれができた』『できなかった』などと、毎日事細かにやり取りをしていました。マニュアルもないので手探りです。

一歩前進すればお互い喜び合って、『次はこれをやってみましょうか』といった感じで。明日は今日よりも一ついいことがあるといいねという共通の思いをもってサポートしていただきました」(千里さん)

漢字を練習中のみいちゃんと千里さん。家ではしっかりとした字が書けるが、学校では鉛筆を握る力が弱いため筆跡も薄い。  写真提供:杉之原千里さん

次に「お友達に伝えること」についてです。みいちゃん自身が何を思っているのか分かりづらいことから、なかには「近寄っていいのかな」と戸惑うお友達も。

そこで千里さんは、交流学級でみいちゃんのことを説明する場をもてるよう先生に相談をしました。

「みいちゃんは話せないけどちゃんと聞いていること、話しかけてあげてほしいこと、みんなと遊ぶのが大好きなこと……。みずきを代弁するように子どもたちに伝えました。

すると子どもたちは、『みいちゃんしゃべってるよ!』と言ってくれて。これは実際にみずきがしゃべっていたわけではなく、わずかに変化する表情から、反応を読み取ってくれていたんです。

双子の兄の存在も大きかったですね。『みずきは家ではこんなことしよんねんで』などとおもしろおかしく言い、みずきとみんなをつないでくれました」(千里さん)

その後も進級でクラスが変わるたびに、先生からクラスの子どもたちにみいちゃんの症状を説明してもらいました。

「小学校生活で、一番うれしかったことは友達のこと」と千里さんは続けます。

「子どもたちの対応を見ていてもみずきと普通に接しているし、歩けなくても鬼ごっこに連れていってくれたこともあった。ありがたかったしうれしかったですね。

子どもたちってなんか、“真っ白”なんです。『障がい者』という概念がない。へだたりを作っているのは大人なんだと思わされました」(千里さん)

学校でお友達と交流するみいちゃん。「私が学校へ行くとお友達が寄ってきて、みいちゃんのことをいろいろ聞いてくれました」(千里さん)  写真提供:杉之原千里さん
双子の兄は6年間、みいちゃんと同じクラスで、いつでもみいちゃんを気にしてサポートしていた。  写真提供:杉之原千里さん

お友達に囲まれ、先生のサポートを受けていたみいちゃん。小学校生活は山あり谷あり、給食をみんなと教室で食べることはできませんでしたが、徐々に学校でも字が書けるようになり、漢字や九九を習得、支援学級の教室では縄跳びを跳んだり。授業中、先生に足でツンツンといたずらするほどに成長していきました。

できることが増え、一見、順調にも見えた小学校生活でしたが、4年生になったみいちゃんは登校をしぶり始め、ついには不登校に。そして大きな転機が訪れました。

次回は4年生で経験した不登校とお菓子作りとの出会い、お菓子工房オープン、そして千里さんが考える「子育てのアンラーニング」の大切さについて伺います。

取材・文/稲葉美映子

学校に行かせることが全てではない。やりたいことがあれば、なんだってやらせてみる──。みいちゃんが自分のお店をもち、「自分らしさ」を取り戻すまでを、母親である著者が赤裸々に綴る、みいちゃん家族のドキュメンタリー。『みいちゃんのお菓子工房 12歳の店長兼パティシエ誕生 ~子育てのアンラーニング~』(著:杉之原千里/PHPエディターズ・グループ)
すぎのはら ちさと

杉之原 千里

Chisato Suginohara
みいちゃんのお菓子工房代表

みいちゃんのお菓子工房代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、夜間の製菓製パン技術専門学校を卒業し、ケーキ屋のオーナーとしてみいちゃんをサポート。 「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。これまでの経験を活かし、若者向けの社会貢献活動や企業、大学、自治体、教育関係者への講演なども行う。著書に『みいちゃんのお菓子工房』(PHPエディターズ・グループ)。 ●公式HP「みいちゃんのお菓子工房」 ●voicy 「ちい」さな幸せを届ける笑タイム

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みいちゃんのお菓子工房代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、夜間の製菓製パン技術専門学校を卒業し、ケーキ屋のオーナーとしてみいちゃんをサポート。 「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。これまでの経験を活かし、若者向けの社会貢献活動や企業、大学、自治体、教育関係者への講演なども行う。著書に『みいちゃんのお菓子工房』(PHPエディターズ・グループ)。 ●公式HP「みいちゃんのお菓子工房」 ●voicy 「ちい」さな幸せを届ける笑タイム

いなば みおこ

稲葉 美映子

ライター

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。