子どもの発達特性「普通に食べられない」食事トラブルから見える事実とは? 児童精神科医が解説

「子どもの発達と食トラブル」児童精神科医・宮口幸治先生インタビュー #2

ライター:佐藤 美由紀

▲子どもの発達特性と食には深い関係が。食事をとおして見えてくる興味深い事実を解説します 写真:アフロ
すべての画像を見る(全9枚)

子どもの成長に、「食」が大きな役割を果たすことは、想像に難くありません。食べたものが血となり、肉となり、子どもの身体を作っていくことは、誰でも容易に想像できますが、「食」は子どもの豊かな心を育んでいくのにも大切な役目を果たしますし、さらには、子どもが抱えた“課題”を教えてくれる重要なファクターでもあるといいます。いったいどういうことなのでしょう!?

子どもの心の発達にくわしい児童精神科医の宮口幸治先生に、「子どもの食との向き合い方・親のタイプ別対処法(第1回)」、「子どもの発達特性と食の関係(第2回)」、「子どもと食環境(第3回)」の全3回でお話を伺います。

(この記事は第2回です)

宮口幸治先生

【宮口幸治(みやぐち・こうじ) 立命館大学教授。(一社)日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。著書に「児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事」「ケーキの切れない非行少年たち」など】

“普通に食べられない”のは発達特性による可能性もある

食べ渋りや過食、好き嫌いや偏食など、わが子の食が絡んだ問題に悩まされている人は少なくないでしょう。しかしそれは「子ども自身はあまり困っていなくて、親が困っている。“子ども(の食)にトラブルがある”というのは、親側が問題を抱えている、とも言える」、つまり、「基本的には親側の捉え方の問題でもあって、子どもはそれほど困っていないのだったら、心配しすぎないほうがいい」ことは、親のタイプ別対処法を解説した第1回でも触れました。

「ただ、だからと言って、子どもとちゃんと向き合わなくていいというわけではないんですよ。例えば、特定の発達特性を持つ子どもは、食に関しても何らかの問題が出てくることがあります。親が子どもの食に対して、きちんと向き合っていれば、そのようなことにいち早く気づけて、専門機関に相談するなど、適切な対処ができるのです」

こう語るのは、医学博士・児童精神科医であり、“子どものこころ専門医”として活動する宮口幸治先生です。

「例えば、子どもの過食。幼児期は食欲の調整が未熟なので、ときには食べすぎることもありますが、年少以降になると落ち着いてきます。ところが、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥・多動症)といった特定の発達特性を持つ子どもは、年少を過ぎても過食傾向が見られることがあるのです。中等度から重度の知的障害がある場合も、過食気味になることがあります」

過食は、感覚刺激に対する鈍感さがひとつの原因といわれていますが、逆に、感覚刺激に対して過敏になると、ある特定の食品を嫌って口にしないという食行動、つまり偏食につながる可能性が。感覚刺激に対する過敏さ(=感覚過敏)は、病名ではありませんが、発達障害を抱える子どもの特徴のひとつに挙げられます。

「特定の発達特性があると、食事シーンに限らず、いろいろな場面で“困ったこと”が出てきます。例えば、人とうまく付き合えないなどもそうですね。そうした対人関係の問題などは、学校が始まって初めて“うちの子はちょっと他の子と違っているかも”とわかってくるものです」

「しかし食事は、学校に上がる前から一日3回ずっと続けているわけですから、そのサインが出やすいし、周囲の大人は、子どもが抱えた問題に気づいてあげやすい。食事シーンは、わが子の問題に気づく、いい機会なのです」

給食に課題を抱えた子どもは全体的な配慮が必要かもしれない

▲食事シーンは子どもが問題を抱えているサインに気づきやすい。給食で“困りごと”が見られる場合、食事シーンに限らず、いろいろな場面で“困りごと”を抱えている可能性もある(写真:アフロ)

子どもたちの食の問題は家庭に限ったことではありません。学童期では学校給食があり、このシーンでもまた、課題に直面する子どもがいます。

「いわゆる“みんなと同じように食べられない”という課題ですね。もちろん、“みんなと同じように食べられない子は問題”というわけではありません。一律に決まったものを提供しているのは大人であって、子どもによっては苦手な食べ物などがあったりして、食べることに抵抗感を示す場合もあるでしょうし……」

「ただ、学校給食は、同じ時間内に同じものを食べなくてはならないため、“この子は、こういう個性、特性があるんだな”というのが見えやすいのは確かです」


発達に偏りがある場合、給食のシーンでは、“食べるのが並外れて遅い”というような課題が浮き彫りになってきたりします。

「給食時間に、そのような課題が出てくる子は、給食に限らず、学校生活のさまざまなシーンでも課題が出てきている可能性がある、と考えられます」

「前にも触れましたが、特定の発達特性があると、いろいろな場面で“困ったこと”が出現します。ですので、給食を食べるスピードが極端に遅い、といったような困りごとを抱えている子は、例えば、体育の授業のとき、ひとりだけ着替えるのが遅いとか、黒板の文字をノートに写し取るのが苦手であるとか、給食以外にも、いろいろなところで課題を抱えているかもしれません」


もしあなたが、わが子の給食シーンでの課題に心を砕き、これを解決しようとして必死になっているとしたら、わが子をもっと俯瞰して見ることが必要かもしれません。

「何らかの課題がある子に関しては、食べるときはどうか、授業中はどうか、着替えるときはどうか、睡眠はどうか──というように、日常生活をチェックして、全体的なことを見ていきます。その結果、“給食だけは課題があるけど、他は大丈夫”というようなことは、あまりないでしょう。給食に課題を抱えているような子は、生活上、全体的な配慮が必要です。給食の課題だけを解決すれば、どうにかなるというものでもないはずです」

夏休みは「危機」⁉

もうじき夏休みがやってきます。好き嫌いが多かったり、食べるスピードが遅かったりして、学校での給食を苦痛に感じている場合はもちろん、そうでなくても、夏休みは通常、子どもたちにとっては、学業(ある子にとっては+給食)から解放されて自由を謳歌する楽しい時間です。

しかし、その一方で、夏休みには深刻な問題も潜んでいることが指摘されています。

「子どもの夏休みは、食事という切り口から見ると、しばしば“危機”とされることがあるんですね。学校が休みになると、給食がなくなります。給食の時間が苦痛な子にとってはパラダイスかもしれませんが、仕事で忙しい親や生活困窮世帯は、子どもの食事へ充分に意識を向けることができないケースもあり、結果、栄養不足やバランスの偏りが懸念されるのです」

「夏休みなどの長期休暇中は、なんらかの理由で保護者が日中不在になるご家庭もあるでしょう。子どもだけで過ごす中で、昼食にインスタント食品やジャンクフードをとる機会が増えることも、栄養不足やバランスの偏りの一因になります」


栄養バランスを保つためにも、ジャンクフードはできるだけ避けたい。そう思っていても、難しいのが現実です。親はどう向き合えばよいのでしょうか。

「こんな話をすると、ジャンクフードは絶対悪と思われてしまいそうですし、現に、自分の子どもには絶対にそれらを食べさせないと決めている親御さんもいらっしゃるかと思います。確かに、ジャンクフードはあまり食べないに越したことはないでしょうが、完全にシャットアウトするのもどうかと……」

「親がいくら制限しても、子どもは、ある程度の年齢になったら勝手に食べるようになってしまいます。むしろ、喜んで食べることもあると思いますよ(笑)。ですから、免疫をつける意味でも、小さいうちから、少しくらいは食べさせてもいいのかなと思います。親は、“わが子にはジャンクフードを一切口にさせない”ではなく、ちょっと余裕を持たせるというか、大目に見るというか。それくらいがちょうどいいのかもしれません」

また、夏休みは、学童保育や児童館に子どもを預ける親はお弁当を作らなければならないこともあり、それを負担に感じることも……。「夏休みなどの長期休暇は毎日、子どもの昼食を作ることがしんどい」というぼやきを口にすることは少なくありません。

「あからさまに子どもの前で嫌な顔をするのは問題です。自分が親から拒否されていると感じ、心に何らかの悪影響を与えてしまいます。子どもの前で嫌な顔が出てしまうくらい負担が大きい状態なら、まずは“しんどい・つらい”と感じることを減らすための、割り切りや工夫が必要。そして、ネグレクトといった虐待につながらないうちに、他人を頼る、外部機関に相談するのも一つの方法です」

心の中だけで密かに“負担だなぁ”と思うことがあり、そんな自分が嫌になってくる、といった声を耳にすることもありますが……。

「負担を感じ、イヤイヤながらでも、ちゃんと子どもに食事を与えているのであれば、それはネグレクトにはなりませんし、ましてや、心の中で“負担だなぁ”と思うだけならば、何の問題もないですよ。いちいち自分を責めていたら、子育てなどできません。そこは、ある程度、開き直っていいのではないですか。子どもにとって大事なのは、リラックスして食べられる環境です。その環境を子どもに提供することが、親の大切な役割ではないでしょうか」

5つの栄養素と心の関係

食といっても、米、パン、肉、魚、野菜、麺、果物など、さまざまな食材があり、それらの中には多様な栄養素が含まれています。ここでは、代表的な5つの栄養素を紹介し、それぞれが、心の働きとどのような関係があるのかを解説します。(宮口先生著『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』をもとに作成)

▲子どもの発達と食事をテーマにした宮口先生の著書『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』

【ビタミンB】
ビタミンBは8種類ほどありますが、その中でも特に、B1とB12が有名です。ビタミンB1は、糖質をエネルギーへと変えるときに必要な栄養素。脳や神経の働きを保つ役割もあります。また、ビタミンB1には疲労回復やリラックス効果もあるとされています。炭水化物中心の偏った食生活では、糖質を代謝するためにビタミンB1が消費され、不足しやすくなることも。

ビタミンB12は赤血球を作る際に重要な働きがある他に、さまざまな代謝に必要な酵素の働きも補っており、神経系の働きにも大切です。ビタミンB12が不足すると怒りっぽくなったり、軽い抑うつが生じたりする場合があります。

【ビタミンC】
ビタミンCはさまざまな働きがありますが、代表的なものでは、ストレスへの抵抗力を高める働きがあります。不足するとストレスに弱くなり、不安・イライラ・鬱症状などに発展することも。逆に、ストレスが多かったり、喫煙・アルコールの過剰摂取があったりするとビタミンCが消費され、ますます精神症状が悪化する可能性も。ビタミンCが含まれた野菜や果物の摂取量が少ない人は要注意です。

【ビタミンD】
ビタミンDは精神面に重要な働きを持つ「セロトニン」の調整に関係するとされています。セロトニンがうまく調整されないと、不安や抑うつが高まったり、攻撃性が生じたりします。ビタミンDは魚類やきのこ類に多く含まれますが、食品以外にも、日光を浴びることによって体内で合成されます。食事だけでは不足しやすいので、適度な日光浴も必要ですが、近年は在宅ワークや日焼け防止のため日光を避ける人も増えており、ビタミンD不足が懸念されています。

【鉄分】
鉄分は酸素を運ぶヘモグロビンを作るために必要な栄養素です。赤血球に含まれるヘモグロビンは、酸素と結合し、血管によって体の隅々に運ばれます。ヘモグロビンが不足すると、貧血などのさまざまな身体症状が出る以外に、認知機能の低下なども報告されています。認知機能の低下は、集中力の低下・学習不振にもつながります。鉄分は肉や魚の赤身に多く含まれます。

【マグネシウム】
天然の精神安定剤ともよばれているのがマグネシウムです。骨の形成やタンパク質の合成などの役割があるほか、マグネシウムが不足すると、神経過敏や抑うつなどの症状を起こすことがあります。マグネシウムは青さや青のり、わかめなどに多く含まれています。

─────────────

健康的な生活にとって、栄養バランスが整った食事をとることは理想的ですが、毎日きちんと実行するのはなかなか難しいもの。栄養のバランスも大切ですが、食事を作る側の「心のバランス」も大切にしたいですね。

栄養素の働きを参考にしつつ、まずは子どもが「リラックスして食べられる環境」を意識して、食事時間を楽しく過ごせるようになることを目標にすると良いでしょう。

【「子どもの発達と食事」をテーマに児童精神科医の宮口幸治先生にお話を伺う連載(全3回)、前回の第1回では「子どもの食との向き合い方・親のタイプ別対処法」を教えていただきました。続く第2回となる今回は「子どもの発達特性と食の関係」をご解説いただきました。最後となる次回の第3回では「子どもの食環境と5つのNG」についてお話を伺います】

宮口幸治先生の本

児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事(CCCメディアハウス)
ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)
NGから学ぶ 本気の伝え方(明石書店)
大人の認知機能強化! 脳が錆びないコグトレ・ノート(講談社)
この記事の画像をもっと見る(全9枚)
みやぐち こうじ

宮口 幸治

Koji Miyaguchi
医学博士・子どものこころ専門医

立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。 著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』(いずれも新潮新書)、『境界知能の子どもたち』(SB新書)、『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』(CCCメディアハウス)などがある。

立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。 著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』(いずれも新潮新書)、『境界知能の子どもたち』(SB新書)、『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』(CCCメディアハウス)などがある。

さとう みゆき

佐藤 美由紀

Miyuki Satou
ノンフィクション作家・ライター

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。

広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。