「食」は子どもの成長に大きな役割を果たします。それだけに、多くの親は、栄養バランスの取れた食事を食べさせたいと思うでしょう。食事のマナーをきちんと覚えさせたいとも思うはず。親としては当たり前かもしれませんが、良かれと思ってしていることが、子どもに緊張を強いているとしたら……。子どもにとって何より大事なのは、“リラックスして食べられる環境”です。あなたは、それをわが子に与えることができているでしょうか。
子どもの心の発達にくわしい児童精神科医の宮口幸治先生に、「子どもの食との向き合い方・親のタイプ別対処法(第1回)」、「子どもの発達特性と食の関係(第2回)」、「子どもと食環境(第3回)」の全3回でお話を伺います。
(この記事は第3回です)
【宮口幸治(みやぐち・こうじ) 立命館大学教授。(一社)日本COG-TR学会代表理事。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。著書に『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』『ケーキの切れない非行少年たち』など】
食事シーンは虐待につながりやすい!?
せっかく作ったごはんを残す、忙しいのにグズグズと食べるのが遅い、食べ物をボロボロこぼす……。わが子の、そんな行動を目の当たりにして、悲しくなったり、イラッとしたり。食事のシーンは、ともすると、親にとって大きなストレスになりがちです。
「そのストレスが、ときに暴力の引き金になることがあります。子どもへの身体的虐待は、実は、多くが食事の場面で起きているんですよ」
こう教えてくれるのは、医学博士であり児童精神科医の宮口幸治先生。先生は“子どものこころ専門医”です。
「せっかく作った食事を子どもが食べてくれない、食事をこぼすなど、親にとって不快な子どもの行為が引き金となり、思わず大声で怒鳴ったり、手をあげたり、罰を与えたり、厳しく𠮟責し続けるなど、子どもを傷つける行動をとってしまうケースもあります」
「食事のシーンは、発達特性など子どもが抱える課題をうかがい知る、いいチャンスでもありますが(※)、同時に、親が試されている場でもあるんですね」〔※子どもの発達特性と食の関係(第2回)〕
「例えば、一生懸命に作った食事を子どもが食べてくれなかったり、ひっくり返したりすれば、誰でもカッとなるはずです。でも、そこで、声を荒らげたり、手をあげたりするのを思いとどまれるかどうか……。親が試されているというのは、そういうことです」
子どもにとって何が良いのかはケースバイケース
言葉の暴力、身体的暴力、ネグレクトなど、明らかに子どもを傷つける行為は論外ですが、そうでない場合でも、「この行為や環境は、もしかしたらわが子に悪影響を与えているのではないか」などと思い悩む人もいます。
例えば、仕事が忙しくて子どものお弁当を作る余裕がなく、やむを得ず、子どもにお金を渡して好きなものを買わせている。例えば、夫婦共働きのため、子どもにひとりで食事をさせる(孤食)ことがある。例えば、父親は残業続きのため夕食はいつも不在、食卓は母親と子どもだけの毎日──。
「一般的には、これらのケースは“子どもがかわいそう”とか“子どものためにならない”と思われがちです。親自身もそう思って罪悪感を覚えているのかもしれませんが、いちいち考え始めたら、もうやっていられなくなると思いますよ。だいたい、何が子どもにとっていいのかは、ケースバイケースなんです。価値観の問題でもありますしね」
例えば、“お弁当を作ってあげられないから子どもがかわいそう”と思う人もいれば、そんなふうに思わない人もいます。子ども自身も、お弁当を作ってもらえないことが悲しい子もいれば、「お金をもらって好きなものを買えてラッキー」と思う子もいる。また、「お父さんと一緒に夕食をとれず、淋しいな」と感じている子もいれば、「お母さんと二人でもぜんぜん平気」な子もいます。
本当に子どもによっていろいろで、孤食にしても、ある程度大きな子どもであれば、ひとりで食べるほうがリラックスできるという場合も。
「自身のことを言うと、学生時代、母がお弁当を作ってくれていましたが、親からお金をもらって好きなものを昼食に食べている友だちが羨ましかったですよ。お父さん不在の食卓、のことで言うと、私が子どもの頃、父が早く帰宅して一緒に食卓を囲むこともありましたが、私自身はときおりリラックスできないこともありました(笑)。食事中でも勉強のことで𠮟ってくるなど厳しい父だったので」
「リラックスできない」ということは、裏を返せば「緊張している」ということ。この状態のとき、私たちの副腎からはアドレナリンが分泌され、血圧や心拍数が上がって、身体は戦闘モードに。
「食べるという行為は、とても無防備な行為です。本来なら、安心感がないとできないはずなのに、そうでない状況に置かれたときに無理に食べようとすれば、消化によくありません」
「それだけではない。緊張状態にあるということは、いつ外敵に襲われるかわからないという状態にあるのと同じです。たまにならまだしも、これがずっと続けば、子どもたちは不調を抱えるようになってしまいます。子どもでも胃潰瘍になったりすることがありますし、アドレナリンがずっと出ている状態は、脳にも良くない影響を与える。虐待を受け続けているような状態は、子どもの脳の機能にいい影響を与えないという報告もありますす」
子どもたちにとって、リラックスできる環境がいかに大事であるかがわかります。
「他の場面では安心して伸び伸び過ごしているのに、食事のときだけ緊張する、というケースは、それほど多くはないでしょう。食事のシーンで緊張しているということは、他のシーンでも緊張を強いられていることがある、と考えられます。子どもが“リラックスできて、安心して食事ができる環境”というのは、すなわち、“安心できる家庭”ということでしょう。わが子に食事のシーンを含め、安心できる環境を提供する。それが親の役割ではないかと思います」
子どもは「電気自動車」で保護者は「充電器」
安心できる環境──。これもまたケースバイケース、どんな環境なら安心できるか、は、子どもによって違ってきます。「わが家は大丈夫」と思うでしょうか。でも……。
「食事に限らず日常生活全般において、知らず知らずのうちに子どもに緊張を強いるような言動をしている人は珍しくありません。子どものために良かれと思って言ったり、やったりしていることが逆効果になっている。そんな家庭は山ほどあります」
そう聞くと不安にもなってきますが、親としては、いったいどうしたらいいのでしょう。
「普段から子どもをしっかり観察し、わが子は何を快と感じ、何を不快と感じるのか、どんなことに喜びや嬉しさを感じ、どんなことに悲しさ、苦しさ、辛さを感じるのか……を、把握しておくこと。こうやって、必要最低限のことだけおさえておけば、あとは、ドーンと構えておいていいと思います」
「そして、子どもが“助けてほしい”のサインを出したら、ちゃんと応えてあげる。子どものことを知るためにも、子どもが発するSOSのサインをキャッチするためにも、普段から子どもをしっかり見ておくことが大事です」
先生によると、「家庭や保護者は、子どもにとって“安心・安全の基地”であるべき」。親は、子どもを後ろからいつも見守っていて、「大丈夫、何かあったらいつでも助けてあげるよ」というスタンスでいなくてはなりません。何か困難があったときには、いつでも安心して戻れる場所があるからこそ、子どもは、外でさまざまなことに挑戦したり、新しい環境でも頑張ったりすることができるのです。
「子どもは電気自動車、保護者は充電器にたとえてみましょう。“電気がなくなったらいつでも充電できる”とわかっていれば、電気自動車で安心して遠くにいけるじゃないですか。それと同じで、戻ってエネルギーをチャージする場所があるとわかっていれば、子どもは、勉強や部活を頑張ったり、新しいことにチャレンジしたりできるわけです」
ところが、充電器があったとしても、その場所がコロコロ変わったり、充電を拒否されることがあったり、違うボルト数で充電されたりするようなことがあると、電気自動車は戸惑い、結果的に充電できず、走ることができなくなります。
「親は子どもに安心・安全の場を提供していると思い込んでいても、子どもにとって、安心・安全の場になっていないと、こうなるということですね。安心・安全の場(充電器)の押し付けになっている。これがいちばん厄介です」
「例えば、虐待をしている親の口からしばしば出てくる単語が“しつけ”。“自分は子どものためを思ってしつけをしているだけ”は常套句です。実際、本当にそう思っていることも少なくないようですが、いずれにしても、親から子への虐待は、しつけが歪んだ方向にいってしまった結果ということは、多々ありますね」
虐待は極端な例かもしれませんが、親は良かれと思って、あるいは、無意識のうちに口にしていることが、マイナスの効果を招いているのは、よくあるパターン。
「みなさん、意外と知らず知らずのうちにNGなことをやってしまっている。子どもと接するときに、NGなことはたくさんありますが、その最たることが、“子どもの話を聞いているようで聞いていない”」
「例えば、ひと通り子どもの話を聞いたあと“でもね、それはあなたにも問題があるんじゃないの?”などと言って、親の考えを押し付けてしまう。これは、子どもの話を聞いているうちに入りません。実際、こうした親の言動が原因で非行化した少年もいたほどで……」
「“本当は言いたくないけど、あなたのためを思って”などと前置きする、“ほら、だから言ったでしょ”などと、子どもの失敗後のダメ出しをする……。このように、子どもへのNGな言動はいろいろありますが、これらは、子どもにとって“余計なこと”。親は、子どもに対して、こうした余計なことをしないだけでも、子どもにとってはプラスになったりするんですよ」
「5つのNG」子どもに対するネガティブワード
子どもが幼いうちは、身体感覚や注意力が発達していないため、食事での失敗はごく当然のこと。わかっていても、親にとってはイライラがつのる、ということもあるでしょう。そんなとき、つい出てしまいがちな「5つのNGな言動」を紹介します。(宮口先生著『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』をもとに作成)
これから紹介する「5つのNG」は子どものしつけ(指導)として効果的でないとされています。つい出てしまいそうな言動ですが、ご自身の家庭の食事シーンで思い当たるものはありますか?
【NG①:否定】
否定を込めた「いい加減にしなさい」という言動
例:「あなたの食べ方は汚いよ!」
【NG②:指示】
強制的な「~しなさい」という指示の言動
例:「早く食べなさい!」
【NG③:禁止】
行動を禁止する「~しちゃダメ」という言動
例:「こぼさないで! よそ見しないで!」
【NG④:詰問】
相手を追い詰める「なんで○○○するの」という言動
例:「なんでこぼすの!?」
【NG⑤:罰】
子どもを脅す「○○しないと○○するよ」という言動
例:「これを食べないと、おやつは抜きにするよ」
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このように、食事の時間は否定や禁止などのネガティブワードが出てしまいがちです。逆に、子どもにとってプラスの意味があるとされている言葉は「おいしいね」「頑張って食べているね」などの、「共感」や「承認」を表す言葉だと言われています。
大人の何気ない言葉や行動が、子どもを傷つけたり、萎縮させたりしてはいないでしょうか。ちょっとだけ立ち止まり、自分の家庭を俯瞰してみることも、ときには必要かもしれません。食事の場を含め、親は子どもに「安心・安全な基地」を提供できるよう、「共感・承認」の言葉を意識して過ごせるようになると良いですね。
【「子どもの発達と食事」をテーマに児童精神科医の宮口幸治先生にお話を伺う連載(全3回)、第1回では「子どもの食との向き合い方・親のタイプ別対処法」を、第2回では「子どもの発達特性と食の関係」をご解説いただきました。最後となるこの第3回では「子どもの食環境と5つのNG」についてお話を伺いました】
宮口幸治先生の本
佐藤 美由紀
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
宮口 幸治
立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。 著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』(いずれも新潮新書)、『境界知能の子どもたち』(SB新書)、『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』(CCCメディアハウス)などがある。
立命館大学大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院等に勤務、2016年より現職。医学博士、子どものこころ専門医。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。 著書に『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』(いずれも新潮新書)、『境界知能の子どもたち』(SB新書)、『児童精神科医が教える こころが育つ! 子どもの食事』(CCCメディアハウス)などがある。