子どもを性犯罪から守る「日本版DBS」の課題と「性被害を受けた子ども」に必要なケア 小児科医・ふらいと先生が解説

小児科医・新生児科医の今西洋介先生に聞く「こども性暴力防止法(日本版DBS)」 #1 ~制度の概要と課題~

小児科医・新生児科医:今西 洋介

今西先生:はい、いくつかあります。1つ目は、義務化の対象が学校や認可保育所に限られていることです。塾や学童保育、ベビーシッターなどの民間事業者は、あくまで任意(認定制度)となりました。

保護者からすれば認定を取得している事業者を選べば安心ですが、認定を取得していない事業者があえて認定を取得していないのか、認定を取得しようと思っても取れなかったのか、どちらか判断することはできません。

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性犯罪を照会できる期間は20年間

今西先生:2つ目は性犯罪歴を照会できる期間です。日本版DBSでは、性犯罪歴を照会できる期間は最長で20年間と設定されました。この期間が適切かどうかについては、さらなる検討が必要です。

なぜなら、小児性犯罪は性犯罪の中でも再犯率が高いため、果たして20年間再犯しなければそれで大丈夫かというと、必ずしもそうではないからです。

海外では性犯罪の加害者は認知行動療法などの治療を受けて、子どもを前にしても性犯罪をせずに済むような対処法を学びます。しかし日本ではそうして仕組みも未整備なので、なおさら20年で十分かという疑問が残ります。

示談や不起訴の人は対象外に

今西先生:3つ目は、性犯罪歴の照会の対象となる性犯罪についてです。性犯罪歴を照会できる期間が20年間なのは、起訴されて有罪判決を受けて、禁固刑以上になった人のみ。示談になって不起訴になった人は、そもそも対象外となっています。また、執行猶予や罰金刑の場合、性犯罪履歴の照会期間は10年になります。

性犯罪では不起訴になる割合が高く、性犯罪の半数以上は不起訴になっているという調査結果もあります。つまり、起訴されて有罪判決を受けた人は実際の性犯罪のごく一部でしかないのです。

性被害に遭った子は生涯の健康に影響も

──被害に遭ってしまった子どものケアはどうすれば良いのでしょうか。

今西先生:性被害に遭った子どもには、大人に対するよりも多くのケアが必要になります。また、身体面のケアだけではなく、精神的なトラウマに対するケアも重要です。

最近の研究では、性被害のフラッシュバックなどは何年も経ってから、ときには老後に出てくることもあると分かってきました。さらに、被害に遭った子どもは精神疾患を患ったり自殺率が上がったりするほか、がんや生活習慣病のリスクまで上がるとされています。

なぜなら、心に傷を負った子どもは社会との関係性を拒絶するからです。社会とのつながりを拒絶することで、体調不良でも受診のチャンスを逃してしまい、がんの発見が遅れたり生活習慣病が悪化したりしてしまうのです。

一度性被害を受けると、脳の中の記憶を司る海馬の体積が減少するという研究結果もあります。性被害に遭った子どもたちは、その記憶を閉ざそうとして、脳を萎縮させてしまうのです。また別の研究では、後頭葉という視覚を司る部分の脳の体積も減少するという結果が示されました。

このように、一度の性被害であっても、その影響は子どもの生涯に及びます。だからこそ、何としても社会全体で子どもたちを性被害から守ることが重要です

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性被害は子どもの心身に大きな傷跡を残し、その影響は生涯に及ぶことを今西先生に教えていただきました。いくつか課題はありますが、日本版DBSの成立は、子どもたちを性被害から守るための大きな一歩となるでしょう。

後編では、我が子を性犯罪から守るための心構えなどを伺っています。

取材・文/横井かずえ

後編を読む。※リンクは公開してから有効。

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いまにし ようすけ

今西 洋介

Yosuke Imanishi
小児科医・新生児科医

小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw

小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw

よこい かずえ

横井 かずえ

Kazue Yokoi
医療ライター

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2

医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL:  https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2