【マンション騒音問題】の意外な真相 「隣は静か」なのに「上がうるさい」と感じるワケ 専門家が解説

騒音問題に巻き込まれないために必要なこと 「マンションの騒音問題」第1回

橋本 典久

共同住宅で騒音問題に巻き込まれないために必要なことは?専門家が解説(写真アフロ)

共同住宅でありがちな“騒音問題”。できれば無縁でいたいと思うでしょう。

でも、共同住宅に住む限り、誰もがこの問題に巻き込まれる可能性はあるのです。

だからこそ、そうならないために予防と対策を立てておきたいし、不運にも実際に巻き込まれてしまったときには、どうすればいいのか、賢い乗り切り方も知っておきたいものです。

そこで、騒音問題の専門家・橋本典久さん(騒音問題総合研究所代表)に、お話を伺いました。橋本さんは、音環境工学、特に騒音問題を専門とする研究者で、八戸工業大学名誉教授でもあります。

第1回は「騒音問題に巻き込まれないために必要なこと」について、第2回は「騒音の“苦情を寄せられた場合”の対処法」について、第3回は「騒音の“被害に苦しんでいる場合”の対処法」について、教えていただきます。

騒音トラブルの予防をしておきたい人、騒音に悩まされている人、苦情に悩まされている人、それぞれの立場や事情を知ることで、解決の糸口が見えてくるかもしれません。

(※この記事は、第1回「騒音問題に巻き込まれないために必要なこと」です)

「共同住宅は戸建てとは違う」という心構えが大事

マンション住まいで上階からの騒音に悩まされている。あるいは、下階から苦情が来てビクビクしながら生活している──。

どちらもよく聞く話ですが、一方で、当事者でなければ、その問題をなかなか自分事として考えられないのも、また事実。心のどこかで「うちはきっと大丈夫」と安心してはいませんか?

実際、「長年マンションに住んでいるけれど、騒音問題に巻き込まれたことはない」という人もいるでしょう。でも……。

「それはラッキーなだけかもしれません。マンションなどの共同住宅では、音の問題が常に付きまといます。音のトラブルに巻き込まれないで済むほうが珍しい、と考えておいたほうがいいですよ」

こう言い切るのは、八戸工業大学名誉教授の橋本典久さん。

騒音問題総合研究所代表でもあり、これまでに、共同住宅におけるさまざまな騒音問題に関わってきた専門家です。

▲マンションは各部屋がコンクリートの板でつながっている住宅。音の伝わり方が戸建てとは違うことに注意が必要(写真:アフロ)

「マンションはコンクリートでできているから、木造の戸建てよりも遮音性があると安心しきっている人も多いと思いますが、実は注意が必要です」

「戸建ては隣家との間に空間がありますが、マンションは、上下も横もコンクリートの板一枚でつながっている住宅です。ですから、音は想像以上に響くんですよ」(橋本先生)


マンションに住むなら、「マンションは戸建てと音の響き方が違う」ということを理解しておくのが大前提。特に、戸建てにしか住んだことのない人が初めてマンションに住む場合は、心しておきたいものです。

「特に上下階ですよね。マンションの場合、隣家との間の壁もコンクリートで、標準で20センチくらいの厚みがあります。これくらいだと、普通に生活していれば、『隣の音』はほとんど聞こえません」

「ところが、『上階の音』に関しては、コンクリートの厚みが同じように20センチ程度だとしたら、上階から下階に音が響きます」(橋本先生)

▲音の種類:空気伝搬音と固体伝搬音

「同じ20センチの厚みでも差があるのは、隣同士の音は空気を通して伝わる“空気伝搬音(空気を介して伝わる音)”なのに対し、上下階の場合はほとんどが“固体伝搬音(物がぶつかる衝撃などが振動として伝わる音)”だから」

「“固体伝搬音”は、ドスンやガンガンというような衝撃音ですよね。空気伝搬音は20センチの厚さのコンクリートで遮られますが、固体伝搬音は、その程度の厚さではシャットアウトできないんです」(橋本先生)


賃貸にしろ、分譲にしろ、グレードによっても差があり、中には上下階を隔てるコンクリートの板が15センチ程度の物件もあるものの、標準は20~25センチということです。

つまり多くの場合、上下階の音に関して、壁の遮音性と同じような感覚でとらえていると、音の問題で下階に大きな迷惑をかけることにもなりかねないということ。

下階の人も同様です。隣家との感覚で上下階の遮音性を考えていると、「お隣さんは静かなのに、上の住民は大きな音を出して非常識なヤツ」などと思い込み、過剰なクレームに繫がってしまう可能性もあるのだとか。

両者がこうだと、騒音トラブルまっしぐら……ですよね。

▲音の種類:上階からの音は軽量(床衝撃)音と重量(床衝撃)音に分けられる。スリッパなどのパタパタ音は軽量音、足音などのドスドス音は重量音。軽量音は防音マットなどである程度防げるが、重量音は床全体から響く音なので効果はない。

「ですから、そうならないために、“マンションでは音はどうしても響いてしまう”という心構えで暮らすことが大切になってきます。そうすれば、騒音問題も大きなトラブルには発展しないんですよ」

「音が下に響きやすいと知っていれば、下階の人の迷惑にならないよう節度を持って暮らしていこうと思えるじゃないですか。反対に、上階から音が響いてきても、“これくらいは仕方ないな”と寛容の心を持てるじゃないですか」(橋本先生)

一番の要素は「不快感」…“騒音”ではなく“煩音”

騒音問題を語るとき、よく「騒音レベル」という数値が出てきます。

これによると、「うるさい」と感じるのは70デシベル以上。90デシベルで「きわめてうるさい」となり、具体例として、直近で聞く犬の鳴き声や店内中央で聞くカラオケ音が挙げられます。

音の騒音レベル
(参考:深谷市「騒音の大きさの目安」をもとにコクリコ編集部で作成)

では、マンションの場合はどうなのでしょう。

仮に音を計測できたとして(橋本先生によると、「専門的な技術や計測器を持たない一般人が、音を正確に計測するのはほぼ不可能」)、騒音レベルでは「静か」とされる40デシベル以下であれば、音を立てても階下には迷惑にはならないのでしょうか。

あるいは、40デシベル以下なのに、上階の音を「うるさい!」と感じるのは、その人が神経質なせいなのでしょうか。

「いえいえ、音というのは単純に大きさだけの問題ではないんです。ですから、“騒音レベル”だけを基準にして考えると、話が前に進まなくてなってしまいます」

「音自体はそれほど大きくなくても、煩わしく感じることはありますし、ものすごく不快なこともある。同じ大きさの音でも、時と場合によって不快に感じる度合いが違うこともありますが、いずれにせよ、トラブルに発展する一番の要素は“不快感”です」(橋本先生)


音の大きさに関係なく、強い不快感を覚える。その理由の一つは、音の種類にあるとか。

頭上から聞こえる(上階からの)音が、ドッスン! バッタン! ドン! というような衝撃音の場合、音の大きさに関係なく、人は非常に不快に感じるといいます。

▲音の感じ方は、心理的な要素も大きい。寝ているときや集中したいとき、または不安を感じているときに聞こえる音は、より不快に感じやすい(写真:アフロ)

「さらに、心理的な要素も大きく、音を聞いているときの自分の心理状態が煩わしさや不快感に関係してきます。不安を抱えていたり、何かでストレスを感じていたりすると、その音が気になって、不快でしかたがない……というようなことにもなるわけです」(橋本先生)

そしてもう一つ、音の煩わしさや不快感の度合いに影響するのは、相手との人間関係。

それを示すデータとして、近隣から聞こえる様々な音についての邪魔感を大規模に調査した結果があります。

これによると、音に対して「非常に邪魔」という強い感覚を持つのは、「相手(音を出す側)に好感を持っていない」場合は、「好感を持っている」場合の、約8倍!(※山本和郎:著『コミュニティ心理学─地域臨床の理論と実践』より)

要するに、好感を持っている人が出した音であれば、それほど気にならないということです。

「こうして見てみると、音の問題は大きさだけでは語れないことがよくわかるでしょう? マンションで他の住戸から聞こえてくる音を“騒音”と呼んでいますが、厳密に言うと、騒音は“音が大きくて、耳で聞いてうるさく感じる音”のこと」

「しかし、実際に問題になっているのは、“音はさほど大きくなくても、相手との人間関係や自分の心理状態でうるさく感じてしまう音”であり、私はこれを“煩音(はんおん)”と名付けています。マンションに限らず現代の音のトラブルのほとんどは、この煩音問題と言っても過言ではないでしょう」(橋本先生)

「節度」「寛容」「コミュニケーション」がマスト

騒音と煩音。両者の違いはすでに触れましたが、橋本先生によると、両者には、もう一つ大きな違いがあります。それは「対策」です。

「単純な騒音は、防音対策をすれば解決します。しかし、煩音はそうはいきません。音の不快感は相手との人間関係によっても変わってくることは、すでにお話ししました。要するに、煩音問題の予防のためにも、解決のためにも、良好な人間関係を築くことが必要不可欠になってくるということです」

ところが実際はというと……。

橋本先生が代表を務める騒音問題総合研究所には、マンションの居住者からたくさんの音に関する相談が寄せられます。上階からの騒音に悩まされている人、あるいは、下階からの度重なる苦情に困っている人……。

悩みはいろいろですが、共通しているのは、ほとんどの場合、“相手との近所付き合いがない”ということなのだとか。

▲日常的に近隣との付き合いがない状態だと、トラブルは深刻になりがち(写真:アフロ)

「昨今、上階からの音に悩まされているという相談よりも、下階からの度重なる苦情で精神的にまいっている、といった相談のほうが多くなっている気がします。これは、近所付き合いがないことに関係しているのではないでしょうか」

「普段から近所付き合いをして良好な人間関係を築いておけば、その相手が出す音も、それほど気にならないですし、少しくらい気になったとしても、“あの人の家から出る音だから目を瞑ろう”と寛容になってもらえます。ところが今は、苦情が来て初めて相手と向き合う、いわゆる“苦情付き合い”しかしない人たちがほとんどですからね」

マンションで近所付き合いなんか面倒だと思うかもしれません。でも、文句を言われ続ける苦痛を思えば、普段から、ちゃんと近所付き合いをして円滑な人間関係をつくっておくほうが、あとあと断然ラク。

特に、小さな子どもがいる家庭では、子どもが走り回ったり、高い所から飛び降りたりするなど、階下に響く音を出しがちですから、「近所との円滑な人間関係」をより強く意識しておきたいものです。

「共同住宅における煩音トラブルの予防として、また、実際にトラブルになりそうになったときに早めに火種を消す対策として、“節度”“寛容”“コミュニケーション”はマストの要素です。そして、そのベースにあるのは、良好な人間関係」

「階下の住民と近所付き合いがあれば“あの人たちに迷惑をかけないようにしなくては”と無神経に音を立てないように節度を持って暮らせますし、“あの人たちが出す音だから、これくらい仕方ないか”と寛容の心を持つこともできます」

「ただ、いくら節度があっても、いくら寛容の心があっても、それが相手に伝わらなければ意味がない。そこで、コミュニケーションが必要になってくる。“苦情付き合い”で、いきなり、いいコミュニケーションは取れません。ですから、普段からの近所付き合いで良好な人間関係を気づいておくことが、何よりも大切になってくるということなんですね」(橋本先生)

【「マンションの騒音問題」は全3回。第1回となる今回は「騒音問題に巻き込まれないために必要なこと」について伺いました。続く第2回は「騒音の“苦情を寄せられた場合”の対処法」について、第3回は「騒音の“被害に苦しんでいる場合”の対処法」について、騒音問題総合研究所代表の橋本典久さんに教えていただきます】

(取材・文/佐藤ハナ)

橋本典久先生の本

苦情社会の騒音トラブル学―解決のための処方箋、騒音対策から煩音対応まで(橋本典久:著)
マンション騒音問題に対する管理組合対応マニュアル(橋本典久:著)
はしもと のりひさ

橋本 典久

Norihisa Hashimoto
騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。