「富士山で死ぬ」のを防ぐ2大鉄則「ゆっくり登る・頂上で御来光にこだわらない」…山岳遭難防止アドバイザーが解説

滑落・転倒・高山病…富士山はなぜ「厳しい山」なのか <山での危険を防ぐ#1>

羽根田 治

人気が高まる富士登山。しかし遭難死亡事故も多発している。プロに聞く「富士山で死なないための鉄則」とは(写真:アフロ)

富士山は日本一、二を争う厳しい山

人気が再燃している「登山」や「ハイキング」。

7月1日に吉田ルート、7月10日に須走、御殿場、富士宮ルートが開山された富士山では、1日の平均入山者が2200人前後、休日には入山規制の上限である4000人を超える盛況ぶり。

しかし開山初日から1ヶ月で、すでに7人の死亡事故が発生、山小屋には毎日のように救助要請があると報道されている。

山での遭難事故の原因第1位は「みちまよい」、次いで「滑落・転倒」だが、富士山に限っていうと、1位が「高山病」、2位が「滑落・転倒」だ。前者は正しい知識と適切な対処で、後者は油断せずに行動することによって避けられる確率が高い。

しかし、山梨・吉田ルートで、事前登録システムによるひとり2,000円の通行料徴収が始まったこと、山小屋が事前予約制であることにより、「せっかく予約できたから、もったいない」と悪天候や体調不良でも無理をする登山者もいる。

「富士山は日本一、二を争う厳しい山」。こう明言するのは、『これで死ぬ』(山と溪谷社)の著者で、『子ども版 これで死ぬ』の監修も務めた、長野県山岳遭難防止アドバイザーの羽根田治さん。

女子高校生の遭難事故をテーマとした小説『6days 遭難者たち』(著:安田夏菜、講談社)の監修も手掛けた羽根田さんに「富士山で死なない!」ために守るべき、2つの鉄則をきいた。

羽根田治さん

【羽根田 治(はねだ・おさむ) 山岳遭難や登山技術に関する記事を発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆活動を続ける。主な著書に「ドキュメント遭難」シリーズ、『人を襲うクマ』『十大事故から読み解く山岳遭難の傷痕』『これで死ぬ』(すべて、山と溪谷社)など。2013年より長野県山岳遭難防止アドバイザーを務める。日本山岳会会員】

「ゆっくり登って、深呼吸する」富士山で死なないための鉄則①

──富士山の登山シーズンになると、老若男女、国籍にかかわらず、多くの人で登山道が渋滞している様子を報道番組などで目にします。写真や映像を見ると、富士山は誰にでも手軽に登れる山のように感じてしまいますが、実際はどうなんでしょうか?

羽根田治さん(以下、羽根田):
富士山には、山梨県の吉田、静岡県の須走、御殿場、富士宮の4つのルートがあります。最短と言われる富士宮ルートでも、登山口から頂上までの標高差が1300mもあります。標準的なコースタイムは往復で約8時間。ペースが遅い人や休憩時間も考えると、10時間以上かかります。

そもそも、登山自体が体に大きな負荷のかかるレジャー・スポーツですが、富士山の場合は、登り下りする標高差が大きく、しかも行動時間が長いので、夏山登山の難易度としては国内でもトップクラスだと思っています。決して甘く見てはいけません。


また、他の山は、途中に平坦な場所があったり、登り下りがあったりと起伏に富んでいますが、富士山は形を見ればわかるように、往路は登りっぱなし、復路は下りっぱなし。つまり、何時間もずっと同じ筋肉に負担がかかり続けます。さらに九十九折りが続く登山道は、平坦なところがほとんどないので適切な休憩場所もありません。

唯一の休憩場所は、山小屋です。ただ、外で休憩するぶんには無料ですが、山小屋内で休憩する場合は基本的に有料となります。

【参考:富士登山オフィシャルサイト(https://www.fujisan-climb.jp)】

──富士山の遭難事故原因、第1位は「高山病」です。「高山病」は、具体的にどんな症状が出るのでしょうか?

羽根田:
高山病の初期症状は、頭痛、疲労感、吐き気やめまい、ふらつき、食欲不振です。

ですが、単に「疲れた」という状態でも起こりうる症状なので、初期段階では判断が難しい。それで、がんばって登っているうちに、重症化して動けなくなってしまう場合もあります。

──「高山病」の予防方法はありますか?

羽根田:
「ゆっくり登る」が鉄則です。人間の体は環境に順応できるようになっているので、短時間で一気に登るのではなく、時間をかけてゆっくり高度を上げるようにして登ると、高山病になりにくいでしょう。

──「ゆっくり」とは、具体的にどのくらいの時間でしょうか?

羽根田:
富士山の各登山口から山頂までの距離は片道4.3~10.5km。標高差は1300~2250mあり、標準の往復時間は8~10時間です。個々の体力にもよりますが、これを目安に、休憩を含めて1.2〜1.5倍程度の時間を見込んでおけばいいかと思います。

初心者や親子登山の場合は、山小屋が多く救護所もある吉田ルート、4ルートのなかでいちばん距離が短い富士宮ルートがおすすめです。

吉田ルートは登りに約6時間、下り約4時間、須走ルートは登り約5時間、下り約3時間が標準タイムです。

【参考:【富士宮ルート、御殿場ルート、須走ルート】静岡県富士登山事前登録システム

──特に親子登山での注意点はありますか?

羽根田:
心肺機能が弱い子どもは、大人よりも高山病にかかるリスクが高くなります。余裕があれば、登山口のある5合目付近で1時間ほど過ごして体を慣らし、高山病の症状が出ていないことを確認してから、登り始めるとよいでしょう。

そして登山中も、子どもの様子に変わりがないか十分に気を配り、無理をさせないように心がけてください。

──ほかに「高山病」の対策はありますか?

羽根田:
高山病は、血中の酸素濃度が下がることで発症するので、呼吸を意識しましょう。しっかりと深呼吸をして、より多くの酸素を取り込み、全身に行き渡らせるような感じです。

実は、大きな段差に足をかけて登るときや、岩をつかんで体を引き上げるときに、無意識に呼吸を止めてしまうことがあります。ですから、呼吸を止めずに深く呼吸をすることを意識するとよいでしょう。

もうひとつ大切なのが、こまめな水分補給です。

水分が不足すると血流が悪くなり、体のすみずみまで酸素が行き渡らなくなります。たとえ喉の渇きを自覚していなくても、意識して水分をこまめに補給するようにしましょう。

それでも高山病の症状が出たら、登るのをやめて下山するのが最善策です。高度が下がれば、肺に取り込める酸素量も増えますので、ほとんどの場合は自然に回復しますから。

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