
第45回講談社絵本新人賞受賞作『どんぐりず』ができるまで③
【制作日記③】目標は「どんぐりになった気になれる絵本」
2025.08.27

第45回講談社絵本新人賞を受賞したのは、この賞の歴史でもまれな「幼児絵本」。
みごと受賞作家となった秦直也(はた なおや)さんがつくりたいと思ったのは、どんな絵本? 制作日記6回連載のうち第3回です!

いろいろなお言葉をいただきましたが、総意としては、「インパクトはある。でも絵本としてはまだまだ。そして途中で出てくるリスが怖い」でした。
あれ、なんだかイメージとちがいます。褒められ、へらへらする一日かと思っていましたが、この時点で、もう絵本制作が始まっていたのです。
「リスが怖い」としか言われませんでした。
ショックのあまり、おもわず「リスはいらないんじゃ……」と口に出したら、「いやいや残しましょう」とNさん。ほっとひと安心。
印象に残っているのは、藤本ともひこ先生との会話。

「ここはこうだからこうなって……」なんて説明すると、「理屈を言っちゃったね」と藤本先生。ドキッとしました。
理屈でしか考えたことがなかった……。
確かに、応募作には、説明しないと大人にも伝わらない場面やアイデアが多々あったのでした。
各ページに何かアイデアを盛りこんでやろうという意欲は、応募作として良かったのかもしれませんが、幼児絵本としては複雑で伝わらないものになっていたということに、そのとき、初めて気づかされました。
これは小さな子のリアルな反応を知らないからだとへこみました。向いてないと。受賞の喜びはどこかへ飛んでいきました。
するとNさんが、「明日、読みきかせをやりましょう」と。はて、読みきかせとは?
贈呈式の翌日、さっそく講談社で1回目の打ち合わせです。
Nさんが10冊ぐらい絵本を持ってきました。
「読みきかせをやりましょう」と言うので、私が読みきかせするほうかと思っていたら、ちがいました。読んでもらうほうでした。
1対1で向き合い、「秦さん、これから2歳になってくださいね」とNさん。無理無理。「41年もさかのぼれというの?」と私(心の中で)。
要は、2歳になったつもりになってくださいということ。
「テキストは耳から。目は絵しか見ないでください」とは、へ? 大人は文字を追ってしまうが、小さな子は絵しか見てないとのこと。ほう。
絵本の中では、だるまがステップを踏み、パンダは転がり、パンはちぎられていく。動いてる! と感じました。



「絵本を読んでもらうとき、子どもたちは、食べた気になってるんですよね。そのつもりになれるかどうかは、子どもの本をつくるうえでいつも何度も確かめる感覚です」とNさん。
なかでも『でんしゃくるかな?』(作・きくちちき 福音館書店)がすごいと思いました。大人でもこんなに胸が高鳴るのだから、子どものなかでは大変なことが起きているのでは!
Nさんと出会ってまだ2日目。もしも長いつきあいであれば、最後の「きたー!」のページで、絵本のなかの子どもたちのように手を上げていたと思います。

目標が決まりました。「どんぐりになった気になれる絵本」。
それはつまり、子どもたちがそのまんま読むということだと思うのです。
徹底してわかりやすく、役に立つものだからではなく、ただおもしろくて、楽しい本を目指すということ(これはその後、何度も悩まされる難しい目標でした)。
絵本に挑戦する過程で、絵本をたくさん読むことと、子どもと絵本をよむ体験が必要ですねと言われたことがあります。
絵本をたくさん読むことはできていましたが、読みきかせ体験には取り組めていませんでした。
なるほど、小さな子のリアクションを見ることも必要ですが、その前に、自分が体験することも必要だったのかと妙に納得した一日でした。


秦 直也
1981年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学建築学科卒業。 2024年、『どんぐりず』で、第45回講談社絵本新人賞受賞。絵本に『いっぽうそのころ』、著作に塗り絵ポストカードブック『おしごとどうぶつ編』などがある。
1981年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学建築学科卒業。 2024年、『どんぐりず』で、第45回講談社絵本新人賞受賞。絵本に『いっぽうそのころ』、著作に塗り絵ポストカードブック『おしごとどうぶつ編』などがある。