巨匠・宇野亞喜良の描く猫と田島征三の描くクモが競演…『ルイの冒険』

作家・南部和也さんインタビュー#2「大人になっても読み返したくなる一冊になれば」

木下 千寿

宇野亞喜良と田島征三による初の共作『ルイの冒険』
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少女や猫などをモチーフにした、繊細で幻想的なイラストで多くのファンを持つイラストレーター、宇野亞喜良さん。そして、絵本『ちからたろう』をはじめ力強くエネルギッシュなタッチの絵で知られる絵本作家で美術家の田島征三さん。

二人の巨匠のコラボレーションが実現した絵本が、子猫ルイの初めての冒険を描いた『ルイの冒険』です。

その物語を考案したのは、キャットドクターであり、作家としても活動している南部和也さん。南部さんが宇野さんと田島さんを繫ぎ、南部さんのステキな思い付きから、今回の絵本が誕生したのです。前回に引き続き、こぼれ話をたくさんお届けします!
宇野亞喜良(うの・あきら)1934年生。イラストレーションを中心に出版、広告、舞台美術など多方面で活躍。講談社出版文化賞さしえ賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞選考委員特別賞などを受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章受章。
田島征三(たしま・せいぞう)1940年生。多摩美術大学卒。1969年に世界絵本原画展「金のりんご賞」、1974年に講談社出版文化賞絵本賞、1988年に絵本にっぽん賞、2019年に巌谷小波文芸賞、2021年にENEOS児童文学賞受賞。
南部和也(なんぶ・かずや)1960年生。北里大学卒。千葉県で動物病院を開業後、米カリフォルニア州のTHE CAT HOSPITALで研修。帰国後、東京都で猫専門病院を開業。さまざまな猫の診療にあたる傍ら、作家としても活動。新作『ルイの冒険』では文章を手がけた。

予想外のデザインで仕上がった表紙

絵本界の巨匠、宇野さんの絵と田島さんの絵がうまく組み合わさったのは、デザインを担当した名久井直子さんの力も大きかったと南部さんは振り返ります。名久井さんは文芸作品を始め絵本や漫画、写真集などさまざまなジャンルの本の装丁を数多く手がけている、人気ブックデザイナーです。

「宇野先生と征三が別々に描いた絵が、ひとつにバランスよくまとまったページを見て、『名久井さん、すごいな』と感心しました。また名久井さんのデザイン力を実感したのは、表紙です。

実は宇野先生がもともと表紙用にと描き下ろしていたのは、裏表紙の画でした。名久井さんにはこれを『表紙用の絵です』とお渡ししたのですが、表紙案が2案上がってきて……。

新たな案というのが現在の表紙、ルイが荷台の上から辺りの景色を見ているシーンを切り取ったものだったのです」
【左】裏表紙。もともとは表紙用に描き下ろされた絵を使用している。【右】実際の絵本の表紙。イラストレーションのチョイスはデザイナー名久井直子さんによるもの。(絵本『ルイの冒険』より)
「普通、宇野先生から『これが表紙』と言われれば、それを表紙にするでしょう。まったく別のイラストレーションを表紙に提案するというのは、なかなかできないことです。しかしストーリーを思うと、やはり今回の表紙が非常に効果的でよかったと思っています」

試行錯誤を経て、完成作を手にしたときのお気持ちは?

「実際に目にして、『これは絶対にいい本だ』と手応えを感じられホッとしました。征三の『大失敗になるかも』という言葉がずっと気にかかっていましたから。

でもあの言葉があったからこそ、僕も最後まで緊張感をもち、責任を感じながら作業を進めていくことができました。おそらく、宇野先生も征三も同じような気持ちだったのではないでしょうか」

巨匠二人から受けた影響

南部さんが宇野さんと田島さんから刺激や影響を受けたことについて、聞いてみました。

「宇野先生とはあれこれとお話をするなかで、いろいろと得るものがあります。先生の影響もあって、最近は『イラストを描くように、お話を作れたらいいな』と思っていて……。

以前は物語を書くというと、ちょっと身構えてしまうところがあったのですが、今は自分の中にふっと浮かんできた物語をサラサラと書き留めるような感覚でいます」

「征三に関しては、子どものころから彼の絵本を読んだり、彼からもらった本を読んだりしてきましたから、本当にさまざまな面で影響を受けています。

子どものころ、彼からもらったライナー・チムニクというドイツ人作家の『クレーン』『タイコたたきの夢』などは今も本棚に置いていて、たまに手に取る。そんな素敵な出会いももらいました」
【左から】南部和也さん、田島征三さん、宇野亞喜良さん。南部さんは田島さん・宇野さんのお二人からさまざまな影響を受けたと語る。
「今回の『ルイの冒険』も、皆さんやお子さんの本棚にずっとあり、お子さんが成長して大人になったときに、『やっぱりこの本、いいよね』と思ってもらえる。長い年月、皆さんの傍で皆さんを力づける、そんな存在になればと願っています」

宇野先生の飼い猫の名前が…

ところで、物語の主人公である子猫の「ルイ」という名前はどこから?

「これは妹尾さんの案です。物語を作るにあたり、『主人公の名前をどうしましょう?』と尋ねたら、妹尾さんが『ルイです』とおっしゃって。彼女の頭の中で、もうすでに決まっていたみたいですね(笑)。

ルイのきょうだいのジタンは、宇野先生が飼っているネコの名前からいただきました。ココというのはほかの2匹と同じく、フランスっぽい名前がいいねということで決まったんです」
ルイと兄弟たちとお母さん猫(絵本『ルイの冒険』より)

キャットドクターと作家の仕事

現在、南部さんは猫を専門的に診療するキャットドクターとしてさまざまな猫たちの診察にあたる一方で、絵本作家としても活動しています。

「キャットドクターとしての仕事は、“リアル”。僕のところに来る猫は基本的に、病気など何らかのトラブルを抱えています。猫は苦しむし、飼い主さんは悲しむ。最悪の場合は、死んでしまうこともあり、つらいことの連続です。

しかし、僕が描く物語の世界ではあまり悪い人は出てきませんし、身を切られるほどつらいことも起こりません。僕はそういう想像の世界と厳しい現実の世界を行ったり来たりしながらバランスを取り、生きているという感覚です」

「宇野先生も、上半身は少女だけど下半身は魚だったりと、現実とファンタジーの間を行き来するような絵を描かれていますよね。先生も似たような感覚で制作をされているのかな、と思っています。

そういえば、『ルイの冒険』を描いていただくにあたり、宇野先生から『少女が出てきたらダメですか?』と聞かれたんです。『自分はこれまで、ずっと猫と少女を描いてきたから』と。

それで、手前ではルイの冒険が進行する一方、森の奥のほうでシンデレラが舞踏会に向かうため走っているという画を編集の方に提案してみたのですが、『物語の主題がわかりづらくなってしまう』ということで、断念しました(笑)」

愛情を感じられるような絵本に

『ルイの冒険』を通し、子どもの読者さん、親世代の読者さんに伝えたいこととは?

「今回は、“愛情”を感じられるような絵本を作りたいなと考えていました。世の中には恋人同士の愛、夫婦の愛、友愛、親子の愛などさまざまなかたちの愛があります。僕は猫を専門的に見る獣医なので、生物学的、科学的に考えてしまうところがあるのですが、いろいろな思考の末、『愛の根源とは、母性愛ではないか』という結論に至りました。

どんな生き物にも、その命を生み育む“お母さん”的な存在がいるわけで、そこには“母の愛”がある。その“母の愛”をベースに、いろいろな愛が派生していくのではないか、と。絵本を通して、皆さんに愛が届けばいいなと思っています」

「また作品に寄せて、『どんな苦境に陥っても、きっと誰かが助けてくれますよ』というメッセージを届けたいです。人は、知らないうちに誰かから助けられています。だからピンチに直面したときも、できるだけ諦めないでほしい。

また大人の方々に関しては、周りを助けられる人でもあってほしいと思います。生きるというのは、助けたり、助けられたりということの連続ですから。周りを助けられるよう、自分にできることを増やしてスキルを上げてください。周りを助ければ、自分自身が苦しいときにもきっと助けてもらえますよ」
『ルイの冒険』
文・南部和也 絵・宇野亞喜良 友情共作・田島征三
<試し読み:実際の絵本は左びらきです>
【南部和也さんプロフィール】1960年、東京都生まれ。北里大学獣医学科卒業。千葉県南房総市で動物病院を開業後、米カリフォルニア州アーバイン市のTHE CAT HOSPITALで研修を受ける。帰国後、東京都で猫の専門病院(キャットホスピタル)を開業、さまざまな猫の診療にあたる。著書に『ネコのタクシー』『ネコのタクシー アフリカへ行く』『しっぽのきらいなネコ』(いずれも福音館書店)などがある。宇野亞喜良と田島征三のコラボレーションによる絵本『ルイの冒険』では文章を手がけた。
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うの あきら

宇野 亞喜良

Akira Uno
イラストレーター・絵本作家

1934年、愛知県名古屋生まれ。イラストレーションを中心に出版、広告、舞台美術など多方面で活躍。講談社出版文化賞さしえ賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞選考委員特別賞などを受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日章受章。絵本に『あのこ』(文・今江祥智/BL出版)、『2ひきのねこ』(ブロンズ出版社)、『講談えほん 那須与一 扇の的』(文・石崎洋司/講談社)など多数。作品集に『宇野亞喜良クロニクル』『KALEIDOSCOPE』(ともにグラフィック社)など。田島征三との共作に『ルイの冒険』(文・南部和也/講談社)がある。

1934年、愛知県名古屋生まれ。イラストレーションを中心に出版、広告、舞台美術など多方面で活躍。講談社出版文化賞さしえ賞、日本絵本賞、全広連日本宣伝賞山名賞、読売演劇大賞選考委員特別賞などを受賞。1999年に紫綬褒章、2010年に旭日章受章。絵本に『あのこ』(文・今江祥智/BL出版)、『2ひきのねこ』(ブロンズ出版社)、『講談えほん 那須与一 扇の的』(文・石崎洋司/講談社)など多数。作品集に『宇野亞喜良クロニクル』『KALEIDOSCOPE』(ともにグラフィック社)など。田島征三との共作に『ルイの冒険』(文・南部和也/講談社)がある。

たしま せいぞう

田島 征三

Seizo Tashima
絵本作家

1940年、大阪府生まれ。高知県で幼少年期を過ごす。多摩美術大学図案科卒業。1969年に世界絵本原画展「金のりんご賞」、1974年に講談社出版文化賞、1988年に絵本にっぽん賞、2019年に巌谷小波文芸賞、2021年にENEOS児童文学賞受賞。2009年、新潟県十日町の廃校を丸ごと空間絵本にした「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」開設。著書に『しばてん』『ふきまんぶく』『とべバッタ』『つかまえた』(以上、偕成社)、『だいふくもち』『ガオ』(以上、福音館書店)、『た』(佼成出版社)など多数。宇野亞喜良との共作に『ルイの冒険』(文・南部和也/講談社)がある。

1940年、大阪府生まれ。高知県で幼少年期を過ごす。多摩美術大学図案科卒業。1969年に世界絵本原画展「金のりんご賞」、1974年に講談社出版文化賞、1988年に絵本にっぽん賞、2019年に巌谷小波文芸賞、2021年にENEOS児童文学賞受賞。2009年、新潟県十日町の廃校を丸ごと空間絵本にした「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」開設。著書に『しばてん』『ふきまんぶく』『とべバッタ』『つかまえた』(以上、偕成社)、『だいふくもち』『ガオ』(以上、福音館書店)、『た』(佼成出版社)など多数。宇野亞喜良との共作に『ルイの冒険』(文・南部和也/講談社)がある。

きのした ちず

木下 千寿

ライター

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。

福岡県出身。大学卒業後、情報誌の編集アシスタントを経てフリーとなる。各種インタビューを中心に、ドラマや映画、舞台などのエンターテイメント、ライフスタイルをテーマに広く執筆。趣味は舞台鑑賞。