完訳で通して読んでこそ、原作の深い味わいが感じられる
小学生低学年のお子さんたちは、短いダイジェストの本で物語の筋は知っているかもしれません。わたしも、子どものときにはダイジェスト版で読んだものですが、やはり一冊のものとして通して読んだときの感動は、まったく別ものだと思いました。完訳で通して読んでこそ、原作の深い味わいが感じられるのだと思います。
第26章で、子どもたちはバラの花咲く花園で、自然の恵みを体いっぱいに受けて、うれしくてたまらず、声をあげて歌をうたっていました。そのとき、自然児ディコンの母さんが花園にやってきて、みんなの幸せそうな様子を見ていました。そして、コリンに「魔法を信じますか?」ときかれた母さんは、「もちろん、信じるだっし……それは偉大な力……よろこぶ力なんだっし」といいました。不機嫌で、何をやってもおもしろくなかったメアリや、生きていてもちっともいいことがないと思っていたコリンは、自分の身近にあった小さな楽しみに気づいて、おそるおそる一歩を踏み出したことで、大きなよろこびを見つけるきっかけをつかんだのです。
素朴でたくましいイメージのヨークシャー弁の訳はオリジナル
物語の舞台は、イギリスの北にある、ヨークシャー地方の荒野(ムーア)です。夏になると、赤紫色のヒースの花がいっせいに咲き、黄色いぴかぴかしたエニシダやハリエニシダのかわいい花がそれに色を添えます。けれど、冬はマーサがいったように「荒ぶる風」が吹きまくります。その荒々しい光景は、同じくヨークシャー地方を舞台にした名作『嵐が丘』(作:エミリー・ブロンテ)の物語を思い起こさせるようです。
ところで、本書の中では、いわゆるヨークシャー弁が飛び交っています。といっても、メアリたちは英語でしゃべっているのですから、日本語でそれをどう訳したらよいか、さんざん悩みました。ヨークシャー地方の方言を、さしたる根拠もなく、日本のどこかの方言にあてはめることなどできませんから、語尾変化で、素朴でたくましい感じが出るようにしてみました。
マーサやディコンや母さんは、「……するだっし」といい、年寄りの庭師のベンは、「……するだっさ」といいます。メアリやコリンは、ヨークシャー弁をしゃべらないので、ディコンたちのことばとはすぐに区別がつくでしょう。
作者バーネットがこの物語の構想を得たのは、イギリス南東部のケント州ロルヴェンデンにあるメイサム・ホール屋敷に住むようになったときでした。彼女は、そこで長らく手入れされていなかった庭を見つけて復活させ、美しいバラ園を作り上げました。ある日、その花園で、バーネットはコマドリを見かけます。イギリスのコマドリは、北アメリカのコマドリとくらべて、ずっと小さく、形も違う、とバーネットはいっていたそうですが、このコマドリが、物語の人なつこいコマドリ君のモデルになったのでしょう。
のちにバーネットはメイサム・ホール屋敷を去り、アメリカに住む息子ヴィヴィアンの助けを得て、ニューヨーク州ロングアイランドのプランドームに住まいを移しました。1905年にアメリカの市民権を得ていた彼女は、この新しい住まいで、再び庭作りに情熱を注ぎました。そしてついに、『秘密の花園』を書き始めたのです。その地で、バーネットが75年の生涯を閉じたのは、1924年のことでした。
谷口由美子
翻訳家。山梨県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。アメリカに留学後、児童文学の翻訳を多数手がける。主な訳書に『若草物語1&2』『大草原のローラ物語――パイオニアガール』、著書に『サウンド・オブ・ミュージック トラップ一家の物語』、『大草原のローラに会いに――「小さな家」をめぐる旅』などがある。
谷口 由美子
翻訳家。山梨県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。アメリカに留学後、児童文学の翻訳を多数手がける。主な訳書に『若草物語1&2』、『秘密の花園』(以上講談社)、『長い冬―ローラ物語〈1〉』(岩波少年文庫)、『大草原のローラ物語――パイオニアガール』(大修館書店)、著書に『サウンド・オブ・ミュージック トラップ一家の物語』(講談社青い鳥文庫)、『大草原のローラに会いに-「小さな家」をめぐる旅』(求龍堂)などがある。
翻訳家。山梨県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。アメリカに留学後、児童文学の翻訳を多数手がける。主な訳書に『若草物語1&2』、『秘密の花園』(以上講談社)、『長い冬―ローラ物語〈1〉』(岩波少年文庫)、『大草原のローラ物語――パイオニアガール』(大修館書店)、著書に『サウンド・オブ・ミュージック トラップ一家の物語』(講談社青い鳥文庫)、『大草原のローラに会いに-「小さな家」をめぐる旅』(求龍堂)などがある。