昆虫好きの少年が医学部へ
「いってきます!」
小学3年生の中村哲は、福岡県古賀町(現在の古賀市)の家をとびだしました。
哲は、日曜になると、昆虫のかんさつにひとりで山へいくのがならわしでした。
朝5時に起き、自分でおにぎりをつくり、お金も自分で出します。1日10円のおこづかいをがまんするかわり、日曜日に50円をもらい、30円は往復のバス代にあて、のこりの20円でパンと牛乳を買いました。
昆虫ずきになったきっかけは、吉川(きっかわ)さんという友だちのおとうさんに、チョウのコレクションを見せてもらったことです。
(人間の目のとどかないところにも、すばらしい世界がひろがっているんだ……。)
ファーブルの『昆虫記』を読んでからは、昆虫学者になるゆめをもち、大学の農学部で昆虫の研究をしようと考えていました。
しかし、じっさいに哲がえらんだのは医学部でした。それは『後世への最大遺物』という本からうけた影響です。明治時代にかつやくしたキリスト教の指導者、内村鑑三が書いたこの本には「自分に命をくれた地球のために、なにものこさずには死にたくない。ではなにをするべきか」について書いてありました。
(日本には病院のない小さな村がふえている。医師になれば日本のために役にたてるかもしれない……。)
こうして医師になった哲が32さいのときのこと。登山隊の一員としておとずれたパキスタンの山深い村々に、医師がたりなくてこまっている人々がいることを知ります。
(わたしになにかできないだろうか……。)
6年後、哲はパキスタンの山あいの、ペシャワールへむかうことを決心しました。
そこではハンセン病の患者を担当しましたが、2400人の患者にたいして、ベッドはたったの16。せいけつなガーゼもなし。ピンセットもねじれたものが数本だけというありさま。しかも山のむこうの国、アフガニスタンからも患者がやってきます。
(むこうにもしんりょう所をつくろう!)
しかし、当時のアフガニスタンは戦争のまっただなか。しんりょう所づくりは苦労の連続でした。
それから十数年。戦争もおちつきかけて、ほっとしたころのことです。
地球温暖化の影響でしょうか、アフガニスタンにひでり ——大干ばつが発生しました。
土はかわいて砂漠のようになり、農業はできず、飲み水もなくなりました。のどのかわきにたえかねた子どもたちが泥水をすすって病気になり、死にかけた子をだいた母親たちがしんりょう所のまえに列をつくりました。
「なによりも、食料ときれいな水がひつようだ!」
大干ばつに苦しむ人々をみて、水をひくことを決意
するとどうでしょう、砂漠化した農地があっというまによみがえり、貧困から村をはなれていた人々がもどってきたのです。
しかし干ばつは、いっこうにおさまりません。そこで哲は、用水路を建設することを考えました。「アーベ・マルワリード(真珠の水)」と名づけられた用水路は、長さ13キロメートル。砂漠化した土地、約1200ヘクタールを、農地にもどそうという大計画です。
それに哲は医師です。用水路の設計にひつようなふくざつな計算も知らなければ、建設の知識もけいけんもありません。かんたんにはいかないことは、だれの目にも明らかでした。
けれども哲は、あの『後世への遺物』の精神をうったえました。
「この世に命をくれた地球のために、なにかをのこそうじゃありませんか!」
4年後、最初の計画部分のおよそ13キロメートルが開通しました。その後、さらに3年をかけて、用水路を12キロメートルのばすと、農地をよみがえらせながら、死の谷とおそれられた広大なガンベリ砂漠まで到達。全体でおよそ3000ヘクタールが、緑ゆたかな農地にかわりました。
文:石崎洋司
20年もの間売れ続けている伝記アンソロジーのロングセラーを全面改訂。子どもたちに、いま出会ってほしい、101人の物語を収録しました。
【知識と心を豊かにする5大特色】
●「子どもが共感できる」人物・エピソードを厳選。
●いっしょに読むとさらに楽しい!「親子」のエピソードも多数収録。
●一流の作家・画家による質の高い文章と絵で小さい子どもにも読みやすく、心にのこる物語に仕立てています。
●業績をコンパクトにまとめたコラムつき。写真資料もあり、子どもの質問におうちの方が答えることができます。
●すべての漢字にふりがなつき。興味をもったら何度も自分で読み返すことができます。
【主な収録人物】収録順 ☆=改訂版で新たに加わった人
<愛と平和のためにつくした人>
☆杉原千畝/マザー・テレサ/☆中村 哲/ナイチンゲール/シュバイツァー
<おどろくべき発明で人々の生活をかえた人>
☆スティーブ・ジョブズ/エジソン/フォード/ライト兄弟/豊田佐吉/☆糸川英夫
<すごい発見・研究をした人>
マリー・キュリー/☆ダーウィン/アインシュタイン/ノーベル/ニュートン/ガリレオ・ガリレイ/☆北里柴三郎
<くるしくてもきぼうをすてなかった人>
ヘレン・ケラー/野口英世/ベートーベン/アンネ・フランク/☆ルイ・ブライユ
<みんなのリーダーになった人>
坂本竜馬/リンカーン/☆渋沢栄一/ガンジー/徳川家康/☆ハリエット・タブマン/豊臣秀吉
<ひとつのことをやりとげた人>
植村直己/ファーブル/津田梅子/福沢諭吉/☆牧野富太郎/本田宗一郎/☆田部井淳子/☆金栗四三
<芸術・文化をうみだした人>
レオナルド・ダヴィンチ/☆アンナ・パブロワ/サン・テグジュペリ/滝 廉太郎/☆知里幸恵/手塚治虫
<もっと知りたい>
紫式部/☆岡本太郎/☆柳 宗悦/葛飾北斎/☆古関裕而/☆アメリア・イアハートほか
*カバー絵 佐竹美保
*文 石崎洋司/立原えりか/間所ひさこ/岡田好惠
*さし絵 伊野孝行/永田 萠/平澤朋子/牧野鈴子/沢田としき/紙谷俊平/大島妙子/ささ やすゆき/青山邦彦/瀧原愛治/牛窪良太/狩野富貴子/サクマユウコ/樋上公実子/東 逸子/谷 小夏/佐竹美保/丹地陽子/野村たかあき/笹尾俊一/吉田友和/田中六大/二俣英五郎/銀杏早苗/坂口友佳子/篠崎三朗/角しんさく
幼児図書編集部
絵本をつくっている編集部です。コクリコでは、新刊の紹介や作家さんのインタビュー、イベントのご案内など、たのしい情報をおとどけします! Instagram : @ehon.kodansha Twitter : @kodansha_ehon
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