つらい「産後の体トラブル」の予防法・緩和法

産婦人科医・笠井靖代先生「産後の体と心のケア」#1

産後の体トラブルは誰にでも起こりうる。
写真:アフロ

産後には肌荒れ、抜け毛、骨盤底筋群の痛み、尿もれ、腰痛、腱鞘炎など、さまざまな体のトラブルが起こります。

これらのトラブルの原因や対処方法について、自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の妊娠・出産の悩みや不安に応えている、産婦人科医の笠井靖代先生に解説してもらいました。(全3回の1回目/#2#3を読む)

産後の体トラブルは「エストロゲン」の減少が原因

産後には、妊娠前にはなかった抜け毛や肌荒れ、尿もれや腰痛などのトラブルが起きて、「このままどんどん悪化してしまうのでは……」と不安に感じてしまいますよね。

こうしたトラブルは、女性ホルモン「エストロゲン」の減少が主な原因。妊娠中に大量に産生されていたエストロゲンは、赤ちゃんと胎盤が体外に排出されると、急激に減少します。

エストロゲンには、子宮や卵巣のほか、全身にさまざまな働きをしています。

例えば、髪や皮膚のみずみずしさの維持や、骨・筋肉・関節の維持・調節などの働きがあるため、出産によってエストロゲンが減少すると、これらのトラブルは誰にでも起きやすくなるのです。

月経が再開して周期が整ってくると、エストロゲンの分泌が妊娠前の状態に戻り、これらのトラブルは改善していきます。

月経が再開するのは、母乳栄養の場合は半年~1年後。人工栄養(ミルク)の場合はそれよりも早く再開する人が多いです。とはいえ、出産直後にはまだ先に感じてしまいますね。

でも、いくつかのことに気をつけることで、産後の体のトラブルを予防したり、緩和したりすることができます。

抜け毛・肌荒れには食事と睡眠

抜け毛や肌荒れには、栄養バランスのとれた食事や睡眠が効果的です。

授乳でなかなか長い睡眠時間がとれないママも多いと思いますが、細切れでもよいので眠ることが大事です。

慣れない育児に精一杯の時期ではありますが、ときには家族に協力してもらって赤ちゃんから離れて一人の時間を持ちリラックスする、料理を作ってもらうなどしてママ自身の体をいたわりましょう。

尿もれには「ガスケアプローチ」がおすすめ

エストロゲンの減少に加え、妊娠・出産・育児の過程で体は大きなダメージを負っています。

とくに妊娠・出産では「骨盤底筋群」と呼ばれる筋肉や靭帯が緩んだり、傷ついたりします。

妊娠後期には、「赤ちゃん」+「胎盤」+「羊水」+「大きくなった子宮」を合わせると5kgを超え、これを下から支えている骨盤底筋群には大きな負荷がかかります。

さらに経腟分娩の場合は、赤ちゃんが産道を通るときにも負担が加わります。

そのため、産後しばらく、骨盤底筋群や骨盤に痛みや違和感を感じる人が多いでしょう。多くのママが経験する尿もれも、骨盤底筋群の緩みが原因です。

骨盤底筋群のケアには、フランスの産婦人科医でヨガの指導者でもあるベルナデット・ド・ガスケ医師が開発した「ガスケアプローチ」がおすすめです。

ガスケアプローチでは、「正しい姿勢」と「正しい腹式呼吸」が基本になります。

「1日何セット」と特別に行うエクササイズというよりも、姿勢と呼吸を整えて、腹圧をかけないことで骨盤底筋群を保護し、尿漏れなどの予防・改善につなげるやり方です。

まず姿勢は、立っているときも座っているときも、上に向かって背骨を引き伸ばすことを意識してください。

インナーユニットと呼ばれる一番奥の腹筋や背筋の刺激にもなり、尿漏れ以外にも腰痛や便秘にも効果的です。

腹式呼吸は、上に向かって背骨を伸ばし、尿意を我慢するイメージで会陰部(膣)をキュッと締め、ゆっくりと息を吐きます。会陰部はスタート時にだけキュッと締めその後は息を吐くことに集中してください。

息を吐くことで横隔膜が上がり、内臓も引き上げられて骨盤底筋が締まり、下腹部の筋肉も鍛えられます。

息を吐き終わったら力を抜いて、自然に息を吸い込んでください。今度は横隔膜が下がり、肺にいっぱい空気が流れ込みます。

多くの人は無意識のときは胸式呼吸になり、背中がまるまった猫背のくずれた姿勢になりがちです。気づいたときに姿勢を伸ばして腹式呼吸を意識することから始めてみてはいかがでしょうか。

さらに興味の湧いた方は、以下のHPや参考文献をご覧になってみてください。

日本ガスケアプローチ協会HP
★『産後の身体を守る ペリネのエクササイズ&サポート』(著:ベルナデット・ド・ガスケ/メディカ出版)

腰痛や腱鞘炎の予防法

抱っこする時に、手や腕の使い方や姿勢を変えることを意識してみて。
写真:アフロ

授乳や抱っこの連続で、今まで腰痛になったことがない人も、腰痛に悩まされていませんか。

それは、無理な姿勢を続けているのに加え、妊娠や出産で骨盤の関節や靭帯が緩んでいることも影響しています。

腰痛予防には、骨盤を固定する支持ベルトやクッションなどを使って、日常から腰への負荷を和らげることを意識しましょう。

また、手首の腱鞘炎になる人もたくさんいます。

抱っこや搾乳をする際に、いつも同じ手の使い方を繰り返していると手首に過剰な負荷がかかります。

いろいろな手の使い方や抱き方を試したり、授乳用クッションをうまく使ったりして手首への負担を減らす工夫をするだけでも、腱鞘炎の予防になりますよ。

無理をせず疲労を取り除いて

産後は、エストロゲンの急激な低下に加え、体の疲労や慣れない育児のストレスも加わります。

とくにワンオペで育児をしていると、責任感や緊張感などで頑張りすぎてしまい、体の不調も起こしやすくなります。できるだけ周囲に協力を求め、睡眠をとったり、リフレッシュしたりして、疲労を取り除くようにしましょう。

ホルモンの分泌は自分ではコントロールできませんし、エストロゲンの低下は、産後は誰にでも起きるものです。「自然な変化」と受け止めて無理をせず、自分をいたわりながら自然回復を待ちつつ、乗り越えてくださいね。

個人差はありますが、月経が再開する頃には体の回復も進みますし、育児にも慣れてきて、不調を感じることは減ってくるはずです。

月経が再開しているのに1年以上不調が続くという場合には他の原因が疑われるので、病院に相談するようにしてください。

取材・文/片桐はな

かさい やすよ

笠井 靖代

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長・医学博士

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。日本周産期メンタルヘルス学会理事。専門は周産期学、出生前相談。自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の悩みや不安に応えている。NHK Eテレ『すくすく子育て』で、専門家として助言を行っている。 【主な著書】 『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。日本周産期メンタルヘルス学会理事。専門は周産期学、出生前相談。自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の悩みや不安に応えている。NHK Eテレ『すくすく子育て』で、専門家として助言を行っている。 【主な著書】 『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)