もしかして産後うつ?産後のメンタル不調は家族のサポートが大事

産婦人科医・笠井靖代先生「産後の体と心のケア」#2

産後のメンタル不調は、家族に予備知識を共有しておくことで気づくことができる。
写真:アフロ

産後のママは精神面が不安定になることが珍しくありません。

ママ自身はもちろん、家族にも知っておいてほしい産後のメンタル不調について、自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の妊娠・出産の悩みや不安に応えている、産婦人科医の笠井靖代先生に解説してもらいました。(全3回の2回目/#1#3を読む)

多くのママが経験する「マタニティーブルーズ」

長い妊娠期間を経て、大変な出産を乗り越え、ようやく始まった赤ちゃんとの生活。

幸せいっぱいのはずなのに、なぜか「涙が止まらなくなる」「激しい自己嫌悪に陥る」といったことはありませんか? 実はこうしたメンタルの不調は、多くの人が経験することなのです。

妊娠中は、胎盤で女性ホルモン「エストロゲン」が大量に作られますが、産後は急激に減少します。

エストロゲンには、自律神経を調節したり、や精神的安定をもたらしたりする働きがあります。

産後はエストロゲンの減少が一因となり、精神が不安定になりやすくなるのです。

さらに、「体の不調」と「心の不調」は関連しています。

出産後、体は回復していなくても、育児は待ったなしで始まります。赤ちゃんはしょっちゅう泣いて、オムツ替えと授乳の繰り返し……。あれこれと神経を使い、夜中の授乳で睡眠時間も細切れになりがちです。

そんな中で体の疲労が増してくると、同時に、心の疲労も増してくるのです。

こうしたことから、出産の直後〜10日目くらいには、わけもなく涙が出る、激しく落ち込む、食欲がなくなる、寝付きが悪くなる、といったことが起こりやすくなります。

こうした不調は「マタニティーブルーズ」と呼ばれ、程度の差はあるものの、多くのママに訪れます。

マタニティーブルーズは一過性のもので、薬物療法を行わずとも、1~2週間で自然に回復します。「一時的なもの」と受け止めて、家族の協力を得ながら乗り越えましょう。

もしそれでも不安で、生活への影響が大きければ、遠慮せずに産院や母乳外来などに相談してください。

“産後うつ”が疑われるケース

マタニティーブルーズは産後1〜2週間を目安に自然に治まりますが、それ以降も症状がずっと続く、日常生活に支障が出てくるという場合には、「産後うつ」になっている可能性があります。

産後うつに進んでしまうと、楽しみや喜びを感じない“抑うつ状態”になります。気分が落ち込むことによる食欲不振や不眠も代表的な症状です。食事や睡眠は生活の基本なので、あらゆる場面に支障をきたすようになります。

もちろん、産後は睡眠不足になるママも多くいます。

「赤ちゃんのお世話のために起きなければいけないから、ちゃんと眠れない」のではなく、「眠れる環境で眠ろうとしても寝つけない」というときには産後うつを疑います。

昼間、赤ちゃんのお世話の合間に細切れでも眠れていれば大丈夫です。

産後うつの改善には、早期発見と早期治療が重要。
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家族に産後うつの予備知識を伝えておく

産後うつかどうかを、ママ自身が客観的に判断することは困難です。

心の不調はなかなか自分では気づけないもの。実際、産後うつの人の多くは、自分からは助けを求めにくいのです。

ですから、早期発見に重要なのは家族の協力です。以下のリストを参考に、あらかじめ家族にもマタニティーブルーズや産後うつの予備知識を伝えて、ママの見守りとサポートを頼んでおきましょう。

【家族に伝えるポイント】

●「マタニティーブルーズ」について
・産後〜10日目くらいに現れることが多い。
・症状は「わけもなく涙が出る」「気持ちが落ち込む」「イライラする」「疲れやすい」などの心身の不調。
・1〜2週間で自然に回復する。

●「産後うつ」について
・出産後の女性に見られる強い抑うつ状態。
・産後1〜2ヵ月での発症が多い。
・食欲の減退や不眠。
・育児への不安、育児がうまくいかないことへの自責の念や自信喪失を感じやすい。​
・症状が1〜2週間続き、日常生活に支障が出てくる場合には、産後うつの可能性がある。
・ママが自覚するのは難しいので、家族が以下のポイントをチェックするとよい。
 -食事が取れているか。
 -眠れるときは眠れているか。
 -楽しく育児ができているか。
 -日常生活が問題なく送れているか。

家族はママに産後うつの可能性を感じたら、早めに専門機関に相談をするようにしてください。

産後のメンタルヘルスケアを専門にしている心療内科や精神科のクリニックもありますし、それらを探すハードルが高ければ、まずは出産した産院か、母子保健センターなどに相談してみてください。

産後うつは約10〜20人にひとりが経験し、妊娠中からうつ症状が見られる場合もあります。

実際にママが産後うつになると、ママ自身も家族も、「もう元に戻れないのでは」と不安を感じるかもしれませんが、きちんとした治療を受ければ元通りの生活が送れるようになります。

産後うつの改善には、早期発見と早期介入の重要性が指摘されていて、妊娠中や産後の問診票やスクリーニング検査が、産院や乳児健診の現場では行われています。

こうしたことをママ自身も家族も知っておき、いざというときに早めにケアできるようにしておきましょう。

赤ちゃんから離れる時間を持つ

私自身の育児経験から言っても、毎日昼も夜も、赤ちゃんとずっと一緒にいることには無理があるのではないかと思います。

昔のような大家族なら、誰かに赤ちゃんを預けてちょっと離れる時間もありましたし、なんでも育児について相談できる人が身近にたくさんいたはずです。

しかし、現代の核家族では、母子だけでずっと一緒。ママは大きなプレッシャーの中で子育てをしています。こうした育児環境も、ママのメンタル不調を招きやすくしているのだと思います。

ときには赤ちゃんをパパに任せて美容院に行く、カフェに友人と行くといった時間は、本当に大切です。

ママ自身が心穏やかに、かわいい赤ちゃんのお世話を続けるためにも、こうした「ちょっと離れる時間」を持つことが必要なのです。これもママ自身だけでなく、家族にも知っておいてほしいですね。

今は、「赤ちゃんの一時預かり」をしてくれる保育園や認定こども園なども増えています。

専業主婦でも、赤ちゃんから離れることに罪悪感を感じる必要はありません。ぜひ上手に利用してください。

ママが心身ともに元気でいることは、赤ちゃんのためにも大切なのですから。

健やかな心身を保つためにも、自分のための時間を持つことは大切。
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メンタル不調は悪化してから病院へ相談するよりも、「ちょっとおかしいかも?」と思ったくらいでも、気軽に誰かに話を聞いてもらうことが大切です。

ママは、日頃から子育てについて相談できる相手や場を見つけておきましょう。
産院や助産院の母乳外来や、地域の保健師さんはもちろん、育児サークルなどでもOKです。

話を聞いてもらってスッキリしたり、「私もそうだったよ」と言われて安心したりすることが、悪化を予防してくれますよ。

取材・文/片桐はな

かさい やすよ

笠井 靖代

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長・医学博士

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。日本周産期メンタルヘルス学会理事。専門は周産期学、出生前相談。自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の悩みや不安に応えている。NHK Eテレ『すくすく子育て』で、専門家として助言を行っている。 【主な著書】 『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)

日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長。医学博士、産婦人科専門医、臨床遺伝専門医。日本周産期メンタルヘルス学会理事。専門は周産期学、出生前相談。自らの高齢出産や母乳育児の経験を踏まえ、多くの妊産婦の悩みや不安に応えている。NHK Eテレ『すくすく子育て』で、専門家として助言を行っている。 【主な著書】 『35歳からのはじめての妊娠・出産・育児』(家の光協会)