日本では約1%の割合で先天性心疾患の赤ちゃんが生まれています。100人に1人と言うと、決して珍しくはない数字です。
生まれつき心臓病を持つ「先天性心疾患」を専門に治療しているのが根本慎太郎先生(大阪医科薬科大学病院・小児心臓血管外科診療科長)です。
根本先生は「患者の自己組織に置き換わり、身体の成長に合わせて伸張可能な特殊素材のパッチ」を世界で初めて実用化した心臓外科医。
この心臓パッチの開発計画は、直木賞作家・池井戸潤さんの小説『下町ロケット』続編に登場する「ガウディ計画」のモデルにもなりました。
先天性心疾患の赤ちゃんと出生前診断について伺った第1回に続き、第2回では「染色体異常の赤ちゃんの心臓病手術」について伺います。
実は、多くの病院では、18トリソミー(※)という染色体異常を持った赤ちゃんには、心臓の手術をしないことが一般的です。しかし、根本先生は開心術(※)をすることで、症例によっては5年生存率が8割以上になるとして「18トリソミーでも等しく手術を受けられるべき」と話します。
(※編集部註:18トリソミー〔エドワーズ症候群〕は、18番染色体が生まれつき3本存在するトリソミーという染色体異常によって引き起こされる症候群。ダウン症についで発生頻度が高い。染色体異常に対しての特別な治療はなく、一般的に生後1週間以内に50%が死亡、生後1年の生存割合もかなり低いと考えられている)
(※開心術は、心臓手術のうち体外循環(心臓・肺の代わりとなる回路)と心停止を使って行うもの)
目次
小さく生まれる赤ちゃんたち 最近の日本の状況
──根本先生は、赤ちゃんの手術を数多く手がけてこられたのですよね。どのような手術が多いのですか?
根本慎太郎先生(以下、根本):新生児のときにやらなければならない手術、乳児期まで待てる手術などさまざまですが、最も多いのは生後3ヵ月ごろ、体重が4000〜5000グラム程度に大きくなった時点で行う心室中隔欠損症(しんしつちゅうかくけっそんしょう)の手術です。
一方で、大動脈が狭くなっている大動脈縮窄(だいどうみゃくきょうさく)や、一部が途切れてしまっている大動脈離断(だいどうみゃくりだん)などは、新生児期のできるだけ早期に行わなければ命に関わってしまいますから、大きくなるのを待たずに行うこともあります。
──やはり、できるだけ体が大きくなってからのほうが良いのですか?
根本:はい。大きいほうが体外循環などのストレスにも耐えられますし、私たちも手術がしやすいです。新生児でも、だいたい3000グラムもあれば十分です。
ところが2000グラム前後しかないとなると、一度に修復を目指した開心根治手術をするのではなく、その準備段階の姑息手術にとどめておきます。
最終的には根治手術を目指すのですが、体重が増えるまで待つ必要があるため、今できる治療である姑息手術を、まずはやっておくことになるのです。
──2000グラムとは小さいですね。
根本:今、赤ちゃんがどんどん小さくなっているのを感じています。妊娠中の指導で体重を増やさないようにと言われるそうですが、本当にお母さんたちがご飯を食べずに我慢している。
我が家の第2子、第3子はアメリカで生まれましたが、産科医からは我慢しないでどんどん食べるように言われます。冗談で、生魚の寿司だけは避けるように言われましたが。そのためか、人種差はあるとしても、ハンバーガーなど妊娠中でも好きなものを気にせず食べるアメリカ人の赤ちゃんは体つきがしっかりしています。
根本:最近の日本では、心臓病の有無にかかわらず、3000グラムを超えて生まれる赤ちゃんは珍しくなりました。
健康のことを考えれば、子どもはやはりある程度の大きさがあって生まれたほうが、さまざまなストレスを乗り越える高い印象があります。
3000グラムもあれば重篤な病気が見つかった際も、出生後すぐの手術に耐えられる可能性が増えますし、回復も早いからです。ですから、母体に高血圧や糖尿病などがないならば、過度な食事制限は不要と私は考えています。
──妊娠中も心配しすぎずに食べて良いなんて、妊婦さんに朗報ですね!
根本:仮に妊娠中に太ったとしても、赤ちゃんに悪影響はほぼありませんし、出産後に授乳が始まれば必ず痩せるからです。それよりも赤ちゃんをある程度大きく産んであげるほうがよほど重要だと、小児心臓外科医の立場からは常々思っています。
救うことができなかった子ども 一生忘れることはできない
──手術後の患者さんで印象的なことを、ぜひ教えてください。
根本:手術が成功して元気になったお子さんを見ることは、大きな喜びです。
たとえば心室中隔欠損症の赤ちゃんは、肺に流れ込む血液の量が増えてしまうことから、苦しくてミルクを飲むどころではなくなってしまいます。ですから当然、体も大きくなりません。
そんな赤ちゃんを手術して心室の穴を塞いであげると、術後数日でごくごくミルクを飲むようになるのです。一気飲みでも足りなくて泣いている我が子の様子を見たお母さん、お父さんは「信じられない!」と驚いて喜びます。
また、ファロー四徴症の根治手術の後に、チアノーゼ(※血液中の酸素が少なくなり口唇や爪が紫色になる状態)が完全に消失してピンク色になるのを見たお母さん、お父さんも驚いていますね。
退院後もグングン大きくなって、久しぶりに年賀状などをもらうと、手術後の面影もなく「あれ、どの子だろう?」と首をかしげることもしょっちゅうです(笑)。
根本:しかし本音をいえば、救うことができなかった子どものことほど、忘れることはできません。
すべての患者さんを手術で治せるわけではなく、可能な限り手を尽くしても、残念ながら亡くなってしまう子どももいるからです。
手術前に病棟で無邪気に遊んでいたときの顔、手術後に気管チューブやさまざまな点滴ポンプにつながっているときの顔、頑張った果てに天国へ行った安らかな顔は、一生忘れることはできません。
18トリソミーの赤ちゃんたち 手術で5年生存率は80%以上に
根本:ダウン症や18トリソミーなどの、染色体異常の赤ちゃんも印象に残っています。
実は、18トリソミーの赤ちゃんの開心術をする病院は少なく、全国的に見ても私の勤務している大阪医科薬科大学病院を含め、数施設に限られています。なぜなら18トリソミーの赤ちゃんは、ほとんどが1年以内に亡くなるから、辛い手術を受けさせる意味はない、と新生児科の医師たちに考えられてきたからです。
18トリソミーの赤ちゃんたちは、手術などの積極的な治療をせずに、新生児室の奥の方で看取りを待つだけ、という時代が長く続きました。お母さんお父さんは手術を受けさせたくても、どこの病院に行っても「諦めてください」といわれて途方に暮れるしかなかったのです。
これに対して私たちの病院では、18トリソミーであっても21トリソミー(ダウン症)であっても、可能な限り等しく手術を行っています。「一人の人間」としての赤ちゃんの命の可能性を、私たちが統計の数字だけで決めるべきではないと考えているからです。
その結果、生存の可能性がある場合に18トリソミーの赤ちゃんへ適切な開心術をすれば、1年以上、生きられることが分かってきたのです。実際に私たちの病院では、18トリソミーの赤ちゃんが、心臓手術で心室中隔欠損を閉鎖した時の5年生存率が、80%以上になっています。
負担の大きな心臓手術、成長にあわせて再手術も必要に
──生存年数や生存率が向上しているという話を聞くと、とても勇気づけられます。
根本:もちろん、手術後の重篤な合併症で亡くなる赤ちゃんや、退院した後に肺炎などの感染症で亡くなってしまうお子さんも、ゼロではありません。
しかし、今まではダメだと思われていたようなケースでも、手術を受けることによって、その後もがんばって生き続けるお子さんが増えているのです。最初から決めつけるべきではなく、チーム一丸で努力して、赤ちゃんの命の可能性を追い求める事が、医療者の努めなのではないでしょうか。
お母さんから「生まれてからずっと、その日その日を生きられれば良いというくらいに思っていました。ところが手術して元気になったら、1年、2年先の将来のことまで考えられるようになりました」との手紙を頂くことがありました。これも、医師としてうれしかった出来事ですね。
──手術が成功しても、数年後にトラブルや合併症が起こることがあるのですか?
根本:はい。心臓の穴を塞いだり、狭い血管を広げるために使うパッチは、多くが牛の心臓の膜や、衣料にも使われる合成樹脂でできています。これらは、身体にとって異物であるので、排除する反応や、炎症反応が続いてパッチが劣化して硬くなるという宿命があります。
また、元々子どもの成長に伴うサイズアップはできないため、再び血管を狭くさせ、血流が滞ると、心不全などが起きることがあります。そのため、どれほどベテランの外科医が手術をしても、成長と共に再手術が必要になるリスクがある、というのが課題でした。
しかし再手術は、癒着をはがして心臓にたどり着く必要があるため、長時間におよび出血も多く、再び心臓の動きを止めるなど、身体に大きな負担がかかります。ですから、何とかして再手術を避ける医療材料はないか、と何十年も模索していたのです。これは、世界的な問題でもあります。
──そのような課題意識が、新しい特殊素材の心臓パッチ開発へとつながっていくのですね。
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この記事のまとめ
先天性心疾患の赤ちゃんと、出生前診断について伺った第1回に続き、第2回では「染色体異常の赤ちゃんの心臓病手術」について伺いました。心臓外科医の視点から、妊娠中も体重の増加は気にしすぎなくて良いというのはうれしい発見でした! また、染色体異常がある子どもの手術をしてくれる病院は限られているなど、厳しい現状も伺いました。
続く第3回では、いよいよ直木賞作家・池井戸潤さんの小説『下町ロケット』に登場する「ガウディ計画」のモデルにもなった、特殊素材の心臓パッチの開発秘話、そして多忙な診療の中でも開発の手を止めない原動力について迫ります。
根本 慎太郎(ねもと・しんたろう)新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。
取材・文/横井かずえ
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
根本 慎太郎
新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。
新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。