特写スチールが初めて表紙に! 90年『帰ってきたウルトラマン』

『復刻版テレビマガジンデラックス 決定版 帰ってきたウルトラマン超百科』の制作秘話

テレビマガジン編集部

「ウルトラマンシリーズ」では初めて変型武器が登場  ©円谷プロ

活況を呈した「超百科」シリーズ

超百科のファーストインパクトとして刊行された『ウルトラ戦士超百科』が極めて好調であったことから、「テレビマガジン デラックス」の企画はその後、スピード感をもって決定していった。

とはいえ、ここまでのハイペースぶりは、稀に見る出版好況期であった1990年代でも珍しいケースといえよう。3巻目となる『ウルトラセブン超百科』が発売された翌月、9月10日には、もう『全ウルトラ怪獣超百科』が発刊されている。

この怪獣図鑑の決定版を企画した理由は、「ウルトラマンシリーズ」においてはヒーローのみならず、怪獣も児童層に強くアピールしているという状況を想定したからである。ウルトラ怪獣のパワーはそんな予想通りに強かった。

▲『決定版 全ウルトラ怪獣超百科』 

『ウルトラQ』

この時期のテレビマガジン編集部は、シリーズの第1作目にあたる『ウルトラQ』の扱いについては、正直、決めかねていた。

児童層をメインターゲットにすえた出版物においては、ヒーローが登場しないシリーズは、たとえ「ウルトラ」の冠があっても、その扱い方が難しいという認識があったのである。

1990年の春に公開された劇場映画、円谷映像が幹事となって制作した『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説』は、本誌の記事として特集してはいるが、それはイレギュラーな話題作という認識での掲載であり、円谷プロダクションが版権を管理するテレビシリーズの『ウルトラQ』については、当面は扱わない方向に落ち着いていく。

▲『ウルトラQ』第1話「ゴメスを倒せ!」の映像  ©円谷プロ

そのため、『全ウルトラ怪獣超百科』で紹介されている怪獣は、『ウルトラマン』から開始されているのである。

とはいえ、『ウルトラマンタロウ』の怪獣として『ウルトラマン物語』に登場したジュダとグランドキングを紹介するなど、詳細さをウリとする編集方針は継続されており、1990年当時の最新ヒーロー、『ウルトラマンG(グレート)』に登場する怪獣を紹介することにより、この時点での「決定版」になったことは間違いのない事実である。ただし、発売時期の関係からシリーズ後半の怪獣については詳細を紹介できないこととなり、第7話以降の怪獣については一部のみの掲載となっている。

▲グランドキング 『復刻版 ウルトラマン超百科』より

『ウルトラマンG』の展開もあって、「ウルトラマンシリーズ」は順調にその人気を拡大させつつあり、1990年11月には『帰ってきたウルトラマン超百科』が「テレビマガジン デラックス6」として刊行。また、初の東映カテゴリーである『全スーパー戦隊超百科』とほぼ同時に発売された。

大胆な手法で、表紙を刷新! 

『帰ってきたウルトラマン超百科』の最大の特徴は、新たに撮影した写真をカバーに使用していることである。

1990年から1991年の「テレビマガジン」は、本誌記事の展開用に『ウルトラマンG』の内容を再現するロケーションによる特写会を2回、ウルトラヒーローを集合させる写真スタジオでの特写会を3回ほど挙行している。

これは、1990年の夏にウルトラマンとセブン、帰ってきたウルトラマン、タロウに講談社スタジオに集まってもらって大島康嗣カメラマンが撮影した特写スチールの一枚で、カバーと表紙に放送当時のウルトラマンのスチールを使用していないのは、これが初のケースとなる。

その理由は、年長の読者を考慮する内容であっても主要読者が児童層である限り、本の顔であるカバーの写真はスーツの状態を含め、なるべくクリアなものが望ましいという当時のテレビマガジン編集長の意図によるものであった。

そう決まると思い切ったもので、担当者はオレンジの照明を強調する効果を施した一枚をカバー用のスチールに選んだ。「超百科」のなかでもイレギュラーといえるスタジオの背景を生かした多分にアダルト指向のレイアウト処理を行っているのである。

▲講談社にて撮影された表紙画像。写真スタジオならではの精密な光の演出に注目

『帰ってきたウルトラマン』の呼称問題

この「超百科」を一読していただくと明らかだが、ここでは見出しおよび文章におけるヒーローの名称を「帰ってきたウルトラマン」、または「帰(き)マン」で統一している。

それは、『帰ってきたウルトラマン』という番組における主役ヒーローは、劇中においてはあくまでも「ウルトラマン」としか呼ばれていないからである。ウルトラマンジャックという名は、そもそも『ウルトラマンタロウ』の企画時のタイトル及び、ヒーロー名であり、1984年の劇場用映画、『ウルトラマンZOFFY』において差別化のためにその名称を活用、「帰マン」をジャックと呼ぶようになったのだ。

以降は、児童書を中心にウルトラマンジャックの名は、徐々に浸透していくことになるのだが、1990年代は「帰マン」、あるいは「新マン」という表記が並行して採用されるケースがまだまだ多かったのである。

▲頻出する「帰マン」の表記は、こちらのページの見出しにも  ©円谷プロ

テレビマガジン編集部

日本初の児童向けテレビ情報誌。1971年11月創刊で、仮面ライダーとともに誕生しました。 SNS:テレビマガジンTwitter @t...