
【小児科医がわかりやすく解説】「性被害」から子どもの心と体を守る・すぐに実践できる【おうち性教育】
2025.04.29
「いいタッチ」と「悪いタッチ」

ここからは、行動の練習の時間です。
「みんな、プライベートゾーンはわかったよね。じゃあ、プライベートゾーンじゃないところなら、人のカラダを勝手に触っていいのかなぁ……」
このように問いかけながら、先生は、子どもたちに「いいタッチ」「悪いタッチ」を考えさせます。そして、「心地いい距離は人によって違う」ことを伝え、「相手が嫌がっていたら、それは悪いタッチになる」と説明します。
いやだったら、「今はいやだ」って言っていい
「ところで、みんなは、ハグしたことある? 握手したことある?」
先生は子どもたちに問いかけながら、実際に子どもたちを二人一組にして握手をさせます。ただし、その前に、「『握手してもいい?』と聞いてからにしよう」と付け加えます。
「いやだったら、『今はいやだ』って言っていいんだよ」
「『いや』と『いいよ』は、自分の気分で変えていいんだよ。今、友だちと握手したからって、いつでも、その子と握手しなくちゃいけないわけじゃない」
子どもたちにかける、こうした先生の言葉は、“同意”の考え方を子どもにわかる形で伝えるための工夫。「いや」と言える子になることを願ってのことです。
また、「いや」と言われた側の立場に立って、「人格を否定されたわけじゃない」「嫌われたわけじゃない」といったことも、丁寧に伝えていきます。
日本では和を乱すことは悪いことだという空気感があります。ただ、それが行き過ぎて本当に嫌なときに「いや」と言えなくなると、結果的にその子が苦しむことになります。
だからこそ、適切に「いや」を伝え合う練習が必要です。
声を出して逃げる・相談は「大人2人」に

そして次は、声を出して逃げる練習です。
「もし誰かにプライベートゾーンを触られそうになったら、どうするんだっけ!? そうだよね、『やだっ!』って言って逃げるんだよね。そして、そのことを安心できる2人の大人に話すんだよ」
ここで森先生が「2人に話す」としているのは、1人だけに依存すると、その人が信頼できない人だった場合、事実を揉み消される可能性を考えてのこと。
「じゃあ、実際に言ってみよう」
こうして子どもたちに「やだーっ!」と声を出して何度か叫ぶ練習をさせ、「大きな声」を出すことを体感させます。最初は遠慮がちな「やだ」の声も、繰り返すうち、だんだんと大きく力強くなっていきます。
声を出せなくても、逃げられなくてもみんなは悪くない
「そうそう、その調子。でもね、もし本当にそんな場面になったときに怖くて『やだ』と言えなくても、逃げられなかったとしても、みんなは悪くないんだからね。大丈夫だよ」
先生の授業を受けた子どものお母さんは、幼いころに性被害を受けた経験があり、「逃げられなくても悪くない」という先生の言葉に、「過去の自分が肯定されたようで救われました」と話してくれたそう。
逃げられなかったとしても、あなたは悪くない──。
子どもたちにとってはもちろんですが、ときには大人にも深く届く大事なメッセージです。
子ども同士“ひとりの人”として尊重
森先生の出張授業はおよそ25分。その終盤は、これまでのおさらいの意味を込めて、「お友だちのおまたにタッチしていい?」「先生はみんなのお尻を触っていい?」とクイズ形式で確認。
「誰であっても、他の人のプライベートゾーンに触れてはいけない」という基本を繰り返します。
性暴力の約9割が顔見知りによるものというデータもある事を踏まえ、子どもたちには「自分以外には見せたり触らせたらダメ」と強調。
「病院や着替えのときなど、特別なとき以外は、見せたり触らせたりしてはダメ」「触られたりして“これは秘密ね”と言われたら、おかしいと思ってね」と、実践的な知識も教えます。
また、先生は「幼稚園あるある」の“おふざけ”にも言及。
「ふざけて友だちのズボンを下ろしたり、女の子のスカートをめくったり、先生のお胸やお尻を触ったりしてもいいと思う? ダメだよね。大人が見ていなかったら、トイレや着替えをのぞいていい? もちろんダメだよね」
今は、誰もが“ひとりの人”として尊重されなければならない時代。
だからこそ、「たとえ“おふざけ”でも、やってはいけないことがある」と説き、さらには、これまで授業で教えたことを言葉で繰り返し、丁寧に丁寧に子どもたちに説いて聞かせて、25分の授業を終了します。
学校では教えてくれないから“おうち性教育”が大事
先生の授業、いかがだったでしょうか。こうしたことは、学校でやってくれるから、家でわざわざ教える必要はないと思うでしょうか。
「性教育は学校でやってくれるものと思っている方もいるかもしれません。しかし実際には、学習指導要綱の“はどめ規定(※)”により、学校の先生が限られた内容を超えて性教育を実施するのが難しいのが現実です」
(注:学校現場での教育に対して、何を教え・何を教えないかを線引きしている文部科学省のガイドライン上の制限)
「だからこそ、家庭での性教育、つまり“おうち性教育”がとても大切なんです」
今回ご紹介した、森先生の出張授業の内容は、家庭でも応用できるヒントがいっぱい。イラストやクイズ形式を取り入れながら、日常の中で伝えていくことができます。
「性教育は特別なものではなく、“より良く生きる力”を育てる生活の一部。ぜひ家庭でも始めてみてください」
【「子どもを性被害から守る」をテーマに、小児科医・森重智先生にお話を伺った前回に続き、この記事では、森先生が行っている、包括的性教育の授業を紹介しました。子どもに伝えるポイントをつかんで、ぜひ“おうち性教育”に役立ててください】
(取材・文/佐藤美由紀)

佐藤 美由紀
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
広島県福山市出身。ノンフィクション作家、ライター。著書に、ベストセラーになった『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』のほか、『ゲバラのHIROSHIMA』、『信念の女 ルシア・トポランスキー』など。また、佐藤真澄(さとう ますみ)名義で児童向けのノンフィクション作品も手がける。主な児童書作品に『ヒロシマをのこす 平和記念資料館をつくった人・長岡省吾』(令和2年度「児童福祉文化賞」受賞)、『ボニンアイランドの夏:ふたつの国の間でゆれた小笠原』(第46回緑陰図書)、『小惑星探査機「はやぶさ」宇宙の旅』(第44回緑陰図書)、『立てないキリンの赤ちゃんをすくえ 安佐動物公園の挑戦』、『たとえ悪者になっても ある犬の訓練士のはなし』などがある。近著は『生まれかわるヒロシマの折り鶴』。
森 重智
愛知県のこども病院に勤める小児科医。自身の幼少期から学生時代、家にも学校にも居場所がなかったことから、子どもたちの居場所づくりをしたくて小児科医になった。 病院で体や心の健康が損なわれた子どもたちを治療する一方で、特に性暴力やいじめなど、こどもの人権に関わることは未就学児の段階から教育が必要であり、予防に勝る治療はないという思いから、行政との共同事業として地域の保育園で包括的性教育を行っている。 2024年10月より日本子ども虐待防止学会、性虐待ワーキンググループ委員としても活躍。 ビジョンは2030年に地元愛知県で子どもたちの居場所としてのフリースクールを併設したディズニーランドのような病院を作ること。 Instagram @moricy_0129
愛知県のこども病院に勤める小児科医。自身の幼少期から学生時代、家にも学校にも居場所がなかったことから、子どもたちの居場所づくりをしたくて小児科医になった。 病院で体や心の健康が損なわれた子どもたちを治療する一方で、特に性暴力やいじめなど、こどもの人権に関わることは未就学児の段階から教育が必要であり、予防に勝る治療はないという思いから、行政との共同事業として地域の保育園で包括的性教育を行っている。 2024年10月より日本子ども虐待防止学会、性虐待ワーキンググループ委員としても活躍。 ビジョンは2030年に地元愛知県で子どもたちの居場所としてのフリースクールを併設したディズニーランドのような病院を作ること。 Instagram @moricy_0129