多すぎる業務のしわよせが子どもたちに
編集部:ただでさえ人数が足りないのに、保育士には子どもと関わる以外の業務も多いと聞きます。保育室の清掃や飾り付け、書類の記入など、とにかく仕事量が多い。コクリコ編集部が現役保育士に伺ったヒアリングでも、仕事量の多さは回答にあがりました。
伊藤:より配置基準の低い4~5歳の保育では、元気いっぱいに動く30人もの子どもたちの安全を確保して、お迎えまでの時間を守るだけで、保育士たちは精一杯です。外遊びに出ても、子どもたちの関心の向くまま、自然と触れさせてあげられない。
配置基準が低いために、こまごまと「できないこと」の制約が出てしまっているのです。
現場の保育士からは、「子どもたちに“ごめんね”と言い続けなければならないのが辛い」と聞きます。
虐待、降車忘れ…人員不足が不適切保育につながることも
編集部:最近では保育士による虐待や送迎バスからの降車忘れなど、「不適切保育」と言われる実態が多くニュースにもなっています。伊藤さんが現場を取材する中、そのようなケースもありましたか?
伊藤:配置基準が不適切保育の直接の原因と、安易に結びつけることはできません。ですが不適切保育に繫がりやすい厳しい労働環境は、現行の配置基準が影響しているとも考えられます。
たとえば、配置基準ギリギリで運営している保育園を「虐待が横行しているから」と辞めた保育士に取材をしたことがあります。そこでは通園する子どもの数を減らすために、風邪を引いている子の近くにわざと別の元気な子を集めて寝かせたり、保育士が体温計を擦って高熱の表示にして、保護者にお迎えを強要することもあったそうです。
これは極端な例ですが、その行動の根底にあるのは「通園する子どもの数を減らしたい」という思いと言えます。
そのほかにも、散歩の途中に子どもを見失ってしまうなどのヒヤリハット(※)案件や、昼休みに連絡帳を書かねばならず、お昼寝中の子どもたちの「呼吸チェックシート」を、遠くからの目視の確認だけで記載している例などを聞いています。
(※ヒヤリハット:重大事故に直結する一歩手前の事象。思いがけず「ヒヤリ」としたり、事故寸前のミスに「ハッ」とすることからこう呼ばれる)
伊藤:0歳児3人を1人の保育士が見ていて、片手で1人を抱っこ、もう片手で寝ている子どもの背中をトントンし、床のバウンサーに乗せた子どもを足でゆらゆらあやす……というのも見かけたことがあります。
不適切保育とは言えませんが、保育士がそうせざるを得ない状況は、子どもたちの発達を考えて適正でしょうか。
望ましい配置基準は保育士が知っている
編集部:低すぎる配置基準を改善しなければならないことには、異論の余地はないようです。
この3月31日に政府から発表されたいわゆる「異次元の少子化対策 たたき台」でも、4~5歳児の保育士配置の人数を、加算によって改善する案がありました。
伊藤:あのたたき台には正直、「今さら何を言っているのだ」としか感じませんでした。これまで長年訴えられ、すでに国として対応せねばならなかった対策を「異次元」と言われても、新味は全くありません。
加算は「ないよりあったほうがいい」ですが、導入は施設ごとの判断に任せられているので、また園による格差が生まれてしまいます。
その改善幅も「30人が25人」とあまりにショボすぎて……今回の「たたき台」では、財源論より先に政策を考えているのですから、もっと思い切った提案ができたはずです。
編集部:ショボくない、望ましい改善幅とはどのようなものでしょう。
伊藤:私たちの本でも掲載している、愛知県の団体からの提言は以下のようになっています。
伊藤:これは保育士へのアンケートから出している数字で、他の先進国の配置基準とも整合性が取れています。
配置基準を「何人」と決める際にはまず、この愛知の提言のように、現場の声を参考にすべきと私は考えます。保育士たちには「何人いたら、なお良い」との実感があるので、それを聴く。
「聴く力」を前面に押し出している岸田首相とこども家庭庁には、政策立案のための調査として、現場の保育士たちの声を聞きにいってほしいです。
どこに生まれても、どこの保育園に通っていても、子どもたちには信頼できる大人とのつながりの中で安心して過ごし、健やかな発達が保障される権利があります。
それは少子化や経済などの役に立つのか・立たないのかは関係なく、人権として保障されねばならないものなのです。
出典・引用・参考
「子どもたちにもう1人保育士を!」(愛知保育団体連絡協議会)
保育所保育指針(厚生労働省)
プロフィール
【伊藤舞虹(いとう・まいこ)朝日新聞名古屋報道センター記者。保育士。これまでに厚生労働省や内閣府、財務省などを担当し、現在は東海3県の話題を中心に取材活動を行う。保育や待機児童問題、子どもの貧困、社会的養護など、子ども・子育て、家族まわりのことに関心が高い。2009年に入社、千葉→滋賀→東京→名古屋(2022年5月~)】
【髙崎順子(たかさき・じゅんこ)ライター。1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。2023年5月に『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)を刊行予定。得意分野は子育て環境】
保育士1人で1歳児6人、5歳児30人……。こんな時代遅れの保育士配置基準、もういい加減、変えてほしい。保育士たち、保護者たちが声をあげはじめました。現場の状況は? 人材や財源はどうする? 新聞記者7人が、保育をしばり続ける70年の「のろい」を一つひとつ解いていきます。
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
伊藤 舞虹
朝日新聞名古屋報道センター記者。保育士。これまでに厚生労働省や内閣府、財務省などを担当し、現在は東海3県の話題を中心に取材活動を行う。保育や待機児童問題、子どもの貧困、社会的養護など、子ども・子育て、家族まわりのことに関心が高い。2009年に入社、千葉→滋賀→東京→名古屋(2022年5月~)
朝日新聞名古屋報道センター記者。保育士。これまでに厚生労働省や内閣府、財務省などを担当し、現在は東海3県の話題を中心に取材活動を行う。保育や待機児童問題、子どもの貧困、社会的養護など、子ども・子育て、家族まわりのことに関心が高い。2009年に入社、千葉→滋賀→東京→名古屋(2022年5月~)