保育士不足の原因にある、「配置基準」と「公定価格」の関係
待機児童問題への対策で保育定員は増えたものの、そこで働く保育士が足りない。ギリギリの人員で、なんとか維持されている保育現場では今、「保育士の労働問題」と「保育の質」が注目されています。
「保育士不足」の要因の一つと考えられている「保育士の配置基準」について、第1回では京都大学・柴田悠先生からお話を聞きました。
連載の第2回に当たる今回は、その配置基準が、保育現場にどのような影響を及ぼしているのか、なぜ早急に変えるべきなのかを、引き続き柴田先生に伺います。
(編集部注:児童を保育する施設として「保育所」「認定こども園」があるため、この記事では「保育」で表記を統一しています)
配置基準で計算される、保育士の人件費
保育士の配置基準は、保育に通う子どもたちの年齢によって区切られており、年齢が高くなるほど、保育士1人が見る子どもの数が増えていきます。
日本はなかでも4~5歳の配置基準が先進国最低で、長年、保育現場から改善が訴えられています。
この配置基準は、保育の人件費に関わってきます。そして配置基準が低いほど、保育士の人件費の総額が低く抑えられてしまう仕組みがあると、柴田先生は指摘します。
日本の保育は、社会に必要な「児童福祉施設」として、国から運営を委託され、委託費を交付されています。
国からの委託費は、保育運営に必要な項目ごとに定価を設けた「公定価格」で決められています。保育士の人件費も、この公定価格の一部です。
公定価格では、園長・主任保育士・保育士の区分で基準月給を定めています。それに、通園児童数と配置基準から算出された「この保育園に必要とされる保育士の数」を掛け合わせて計算し、保育全体の保育士の人件費総額が、国から委託費として交付されます。
実際に雇用している保育士の数は、交付金の計算には原則的に、関係がありません。
「そして現状では多くの保育が、配置基準よりも多くの保育士を雇っています。ですが配置基準が増えない以上、国からの人件費の交付額は増えない。増えない交付金を、より多い保育士で分け合うので、実際の保育士1人あたりの給与が抑えられてしまっているのです」
上がらない配置基準がもたらす負のループ
なぜ保育は、配置基準よりも多くの保育士を雇っているのでしょう。
それは何十年も変わらない配置基準が、現代の保育業界で「安全で適正」とされる保育のあり方に見合っていないから。基準どおりの人数では適正な保育ができないと現場が判断し、子どもたちのために、保育士を多く雇わざるを得ないからです。
民間保育所の経営実態調査では、公定価格の人件費で配置できるのは11.4人ですが、実際には15.7人を配置していた、という実態が明らかになっています(内閣府・令和元年度※)。
つまり「11人分の人件費で15人の保育士が働いている」と言えます。
安全で適正な保育のために、保育士をより多く雇いたい。しかしより多く雇っても、配置基準が上がらない限り人件費の交付額は増えないので、保育士1人あたりの給与は下がってしまう。そのジレンマを、多くの保育運営者が抱えています。
「この状況を見て、国は2013年以降、保育士の給与を上げる加算を公定価格に行っています。ですがその加算分をすべて保育士の給与に反映させるための規制がなく、実際に100%が給与への加算に使われているかどうかは、はっきりしません」(柴田先生)
低い待遇では保育士が集まらず、結局、基準以上に配置することはできない。そして現場の保育士が、足りない配置の元でも、日々の子どもたちの生活をなんとか守ろうと、負担を抱え続ける……こんな負のループが今、保育現場で起こっている。その大元に、先進国最低の配置基準があるのです。
配置基準を上げるだけでは解決しない
保育士の低待遇と不足の要因と見られる、日本の保育士配置基準。一刻も早く改善すべきではあるものの、配置基準の改善だけでは「保育士不足は解決しない」とも、柴田先生は警鐘を鳴らします。
「日本の保育士は、そもそもの給与水準が低い。乳幼児の生活という、命を預かる職業にもかかわらず、です。少なくとも全産業平均、できれば専門資格を持つ職種として、看護師並みに給与水準を上げるべきと私は考えます」
保育の質と子どもの発達の関係を調べた比較研究では、保育士の養成条件と配置基準が、質を測る指標とされました。養成条件に関しては、日本の保育士は先進国並みだったそうです。
「日本の保育士の資質は、その点で先進国並みです。そして、その保育士たちが、子どもたちと良好な関わりのもと、質の良い保育を行うために、国は、まずは給与水準の改善、そしてそのあとに、配置基準の改善を進めていかねばなりません。
給与水準を全産業平均にまで改善するには、現状より年間で1兆円多い予算が必要になります。さらに、配置基準を先進国並みにするには、現状より年間で0.7兆円多い予算が必要になります」
そのためには国の財源が重要となりますが、柴田先生は、
「中間層への直接的なダメージを抑えられる財源、たとえば資産課税や国債などさまざまな選択肢から、薄く広く集めるやり方が良いのでは」
と提言します。
「子どもが1人増えることで、その生涯で発生する納税・社会保険料納付の総額は、1人あたり数千万円以上と考えられます。国は長期的な視野で、子どもたちに投資すべきです」
2023年度の、日本の国家予算は約144兆円です。その1%ほどを、日本の未来を創る子どもたちに投資できるかどうか。政治家たちのビジョンが今、試されています。
こども家庭庁の試案は有効か
おりしも、政府が2023年3月31日に発表した、いわゆる「異次元の少子化対策 たたき台」には、保育士配置の改善が試案として上げられました。
「4~5歳の保育士配置を30人から25人に改善する」ために、交付金を加算する対策です。一方、配置基準そのものの改定は見送られています。
柴田先生は、この試案をどう見ているでしょう。
「保育士不足による待機児童増加を予防するためには、まずは加配のための加算にするという手段はうなずけます。ですが、保育士の賃金を大幅に引き上げないと、そもそも必要な保育士が集まりません。保育士が足りない都市部では、今回の試案でも、加配はできないのではないでしょうか。
そしていずれは、配置基準そのものの改善へと向かうべき。政府はこの試案の25人でひとまず様子を見るのでしょうが、いずれは20人以下、先進諸国並みの15~20人をめざすべきだと思います」
改善されない配置基準が、保育士の給与を抑制し、離職の要因にもなってしまっている構造を、これまでの2回の記事で見てきました。最終回の第3回「子どもがスッと表情をなくし…保育士が少なすぎることで起きる驚きの実態」では、この構造の中で日々尽力する保育現場で、現行の配置基準がもたらす影響を探ります。
引用・参考・出典
※幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査集計結果
こども・子育て政策の強化について(試案)こども家庭庁
保育タイムス
プロフィール
【柴田悠(しばた・はるか)京都大学大学院人間・環境学研究科教授。1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、社会保障論、幸福研究。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う──政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。】
【髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)ライター 1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。2023年5月に『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)を刊行予定。得意分野は子育て環境。】
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
柴田 悠
京都大学大学院 人間・環境学研究科教授。1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、社会保障論、幸福研究。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う──政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。
京都大学大学院 人間・環境学研究科教授。1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、社会保障論、幸福研究。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う──政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。