子どもの「問題解決能力」 「言葉が考える力を育てる」理由を発達心理学者が解説
【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か#2「思考力を育む言葉の力」
2023.07.04
推論を支える二つの大事な力
推論は知識(語彙)がないとできませんが、単純にその量が多いことが大切なわけではありません。必要な知識をうまく取り出し、その知識に集中しなければ、推論はできないのです。
ここで重要となるのが、すでに知っている知識を素早く取り出す力(情報処理能力)と、思考をコントロールする力(実行機能)です。
「情報処理能力は、必要な知識を脳から『ささっと』取り出すことができる力で、これは推論をするのにとても大切な力です。なぜなら、情報の取り出しを最小限の力で行えば、その分の脳の容量を推論に使うことができるからです。
では、思考をコントロールする力=実行機能とはどんな力かといえば、『必要な情報』のみに注意を向け、使わない情報への注意を抑える力です。人が何かを考えるとき、必要な情報と不必要なそれを分けたあと、使わない情報への注意を抑えています。
私たちは、必要な情報に注目する力だけを大切だと思いがちですが、実は、使わない情報へ注意が向かないようにコントロールする力も、同じくらい重要なのです。この力が働いているからこそ、必要な情報だけに集中できます。また、必要に応じて注意を切り替えることも、『実行機能』によって可能になっています。
推論は、こうした『情報処理能力』と『実行機能』に支えられることで、うまく機能するのです」(今井先生)
子どもは言葉を覚える中で推論を繰り返し、このような複雑な認知機能を発達させ、問題解決に必要な力を身につけていくのです。
「情報処理能力や実行機能も、言葉を自分の力で覚えることによって発達・向上していきます。ですから、新しい言葉を覚えれば覚えるほど、推論する力が鍛えられ、思考力・問題解決する力も伸びていきます。やはり、『言葉の力』と『思考力』『問題解決能力』は、切っても切れない関係といえます」(今井先生)
幼児期におしゃべりをしない子は「言葉の力」が育っていない?
「言葉の力」は、思考力・問題解決能力を育てるためにも重要であることが理解できました。しかし、こうした話を聞くと、幼児期にあまり言葉を話さない、発語がゆっくりな子どもを持つ親は不安に思ってしまうかもしれません。
幼児期にたくさん言葉を話す、いわゆる「おしゃべり」な子どものほうが、そうでない子よりも言葉の力が育っている、反対に発語が多くない子どもは言葉の力が育っていないのでしょうか。
「たくさんの子どもたちをサンプルとした統計調査では、多くの言葉を話す子どものほうが、言葉の力と(それに密接な関係のある)思考する力が発達している、という傾向はあります。
しかし、これはあくまで、『大きな集団の中での一般的な傾向』です。保護者の方にはっきりと認識してほしいのは、それが目の前の自分の子どもに当てはまるとは限らない、ということです。
子どもには個人差があり、小さいころからよくおしゃべりする子どもがいる一方で、とても口が重く、あまり話さない子もいますよね。でも、そういう子どもが認知的に遅れているかというと、必ずしもそうではありません。
これまでも繰り返し話してきたように、子どもは聞いた言葉を絶えず自分で分析しているわけです。それらの言葉をすぐに口に出して使う子もいますが、性格的に慎重な子は『不確かなことをいいたくない』という気持ちが強いので、じっくり自分の中で温めてから発語します。
世界的に有名な研究者でも、3~4歳まで全然話さなかったという方もいらっしゃいますから、統計的な調査の大きな傾向や、いわゆる『発育の平均値』みたいなものと、自分の子どもを比較して心配したり、一喜一憂したりする必要はありません。
統計的な傾向は、たくさんのサンプルを調査した結果、『偶然よりも少しだけ高い関係性がある』というくらいのことで、いくらでも例外はあります。
目の前の子どもの今の姿をしっかりと見つめ、どんなことに興味があるのかを観察してください。その上で、たくさん話しかけたり一緒に絵本を楽しんだりしていれば、確実に言葉の力は育っていきます。今すぐ結果は見えなくても、そうした時間が将来の『言葉の力』や『思考力』につながっていきます」(今井先生)
一方で、今井先生は、注意が必要な場合もあると付け加えます。
「とはいえ、あまり発語しない子どもの中には、言語や聴覚、発達などに障害があるケースも考えられます。そういった場合は一刻も早く専門家のところへ連れていったほうがいいので、これも目の前の子どもをよく見てあげる必要があるでしょう。
ひとつの目安となるのが、こちらが話していることを理解できているか、という点です。3歳くらいで、話があまり通じていないと感じることが続くようであれば、何らかの障害が隠れている可能性もありますので、専門家へ相談してください」(今井先生)
#3では、言葉の力、そして思考力・問題解決能力を育てていくためには、幼児期にどのようなことをすればよいのか、考える力を育てるおもちゃの選び方などについてうかがいます。
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今井むつみ
慶應義塾大学環境情報学部教授。専門は認知・言語発達心理学、言語心理学。平塚江南高校、慶應義塾大学文学部西洋史卒業後、教育心理学に興味を持ち社会学研究科に進学。在学中の1987年より渡米。1993年ノースウエスタン大学心理学部博士課程を修了し、1994年博士号(Ph.D)を取得。1993年より慶應義塾大学環境情報学部助手。専任講師、助教授を経て2007年より現職。近年は一般読者向け書籍の執筆、講演活動にも力を入れる。また、国境を越えて学びを考えるコミュニティABLE(Agents for Bridging Learning and Education)をつくり、国内外から著名な認知科学研究者を招聘し、ワークショップなどを開催している。
【主な著書】
「ことばと思考」「学びとは何か──〈探究人〉になるために」「英語独習法」(すべて岩波新書)、「ことばの発達の謎を解く」(ちくまプリマー新書)、「言葉を覚えるしくみ─母語から外国語まで」(針生悦子氏との共著/ちくま学芸文庫)、「親子で育てることば力と思考力」(筑摩書房)、「算数文章題が解けない子どもたち─ことば・思考の力と学力不振」(他6名との共著/岩波書店)など多数。2023年5月には新刊「言語の本質─ことばはどう生まれ、進化したか」(秋田喜美氏との共著/中公新書)を出版。
取材・文 川崎ちづる
『【今こそ学力観のアップデートをするとき】本当の学びとは何か』の連載は全6回。
#1「生きた知識を習得する学び」を読む。
#3「思考力を育てる遊び」を読む。
#4「日常生活で育む生きた言葉の力」を読む。
#5「子どもの間違いが語ること」を読む。
#6「小学生が学ぶ楽しさを取り戻すには?」を読む。
※公開日まではリンク無効
【関連書籍紹介】
『親子で育てることば力と思考力』(筑摩書房)
たくさん単語を暗記してもことば力は育たない。ことばの意味を自分で考えて覚えれば、ことば力、思考力、学力もアップ。その仕組みと方法をわかりやすく解説。今日からでもすぐに取り入れられる、具体的な「ことば力」と「思考力」を育てる方法が満載。
【新刊紹介】
日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。なぜヒトはことばを持つのか? 子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 巨大システムの言語の起源とは? ヒトとAIや動物の違いは? 言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だ。認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。ChatGPTなどの対話型AIに仕事を奪われない創造的な人間に子どもを育てるためにおすすめの一書。
『言語の本質─ことばはどう生まれ、進化したか』(秋田喜美氏との共著/中公新書)
日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。なぜヒトはことばを持つのか? 子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 巨大システムの言語の起源とは? ヒトとAIや動物の違いは? 言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論という人間特有の学ぶ力だ。認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。ChatGPTなどの対話型AIに仕事を奪われない創造的な人間に子どもを育てるためにおすすめの一書。
川崎 ちづる
ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。
ライター。東京都内で2人の子育て中(2014年生まれ、2019年生まれ)。環境や地域活性化関連の業務に長く携わり、その後ライターへ転身。経験を活かし、環境教育や各種オルタナティブ関連の記事などを執筆している。WEBコラムの他、環境系企業や教育機関などのPR記事も担当。