1950年刊行の幻の名作が復刊! 『りんごの村』を終戦5年後に創った小出正吾と河野鷹思の想い

童話集『りんごの村』 作・小出正吾 絵・河野鷹思

『りんごの村』の原書  写真:佐治康生
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童話集『りんごの村』。今から73年前の昭和25年に刊行された幻の名作が復刊しました。

作者の小出正吾さんは生涯で150冊以上の創作・翻訳を行った児童文学者。装丁と挿絵は、広告・装幀・雑誌表紙・挿絵・映画美術・舞台装置等で活躍してきたグラフィックデザイナーの河野鷹思さんが手掛けています。

「これからの一生に、たぶん、どこかで、この本の中のようなお話に、ぶつかるのではないかと思います。」と小出が「作者あとがき」に書いているように、誕生から70年以上が経過しても古びることなく、子どもも親も新鮮な気持ちで読むことができるでしょう。

ここでは、ふたりの造り手の想いや復刊の背景をご紹介します。

戦争を終えて5年後に誕生した童話集

「りんごの村」はとても不思議で奥深い童話です。

小さな男の子を連れた母親の旅人が、それぞれ荷物を背負い杖つきながら、いい匂いの風をたよりに峠をこえ、絵のように美しい花ざかりの村にたどり着きます……。

作者・小出正吾は早稲田大学友愛会創立メンバーで、キリスト教博愛主義者としてその生涯をすごします。早稲田卒業後、キリスト教主義の貿易商社に勤めボルネオやジャワ島などアジアのあちらこちらを巡り歩きました。のちに職を辞し、父・道雄が通った明治学院で教職に就きます。戦前、子ども向けにグリム童話・アンデルセン童話などを丹念に訳し、また聖書学者としてキリスト教聖人の物語や児童文学作品を書きました。

軍事教練を学生決議で拒否する(大正15年)ような自由な気風の明治学院にあっても、戦時下統制の波に抗いようもなく、臨場した神宮外苑学徒出陣式に時の悔しさを語っていました。

また、英国での学童疎開を事例に市ヶ谷の首都圏防空本部の阿南惟幾陸将への具申を語ってもいました。子どもこそ、日本の未来。なんとしても命を育まなくては、と。

73年たったいまも新しさあふれる童話集の復刊です。

小出和彦(小出正吾著作権継承者)

明るさと伸びやかさに満ちあふれた作画と図案

装丁と挿絵を手がけたのは、グラフィックデザイナーの河野鷹思です。この度の復刊は、河野鷹思の娘であり、自身もデザインやイラストレーションの分野で制作を続けている河野葵(葵・フーバー・河野)の「これからの時代にもこの本をのこしたい」という願いからスタートしました。

娘たち、長女・葵と次女・菫の記憶をたどると、鷹思は家族の疎開先の国府津にあった名取別荘でこの仕事をしていたといいます。そこに至る昭和22年7月の復員後、風刺雑誌『VAN』(イヴニングスター社)に始まり、詩謡雑誌『蝋人形』(西条八十主宰)、民主化後の新しい国語教科書(光村図書出版)などの表紙絵ほか、様々な書籍や雑誌のブックデザインを手がけました。

その多くは、イラストレーションと描き文字を中心としたもので、戦後の低コスト印刷を吹き飛ばすような明るさとのびやかさに満ちています。

この『りんごの村』も同様に、ユーモアにあふれ、子どもや事物への温かいまなざしと、戦争から解放されて自由に表現できる喜びが現れているように見えます。

……「復刊によせて」(河野鷹思アーカイブ)より

絵・河野鷹思(『りんごの村』アノニマ・スタジオ 発行KTC中央出版 より)

復刊に向けて

小出正吾さんが創作された、昭和25年に実業之日本社刊行の児童文学『りんごの村』について、この本の装丁と挿絵をされた図案家の河野鷹思さんご息女である葵・フーバーさんと河野鷹思アーカイブから、復刊企画のご相談をいただきました。

数多くある河野氏のお仕事のなかで、作品内容はもちろん、子どもに向けた作品である本書のお仕事を大事にされていて、ぜひ現代の読者にも読んでほしいというご希望をお聞かせくださいました。

小社では葵・フーバーさんの絵本を刊行しており、河野氏の日本のデザイン界への功績や幅広いお仕事を伝えるためにも、この度の復刊を通して新たな読者にお届けしたいと考えております。新しい作品としてお届けしつつ、子どもと共に読む大人の方には、この作品が生まれ、読まれた時代や作者の想いにも目を向けてほしいと願っています。

中央出版(株) アノニマ・スタジオ編集担当 村上妃佐子

絵・河野鷹思(『りんごの村』アノニマ・スタジオ 発行KTC中央出版 より)

作 小出正吾(こいでしょうご)  
1897年静岡・三島に生まれる。生家はキリスト教新教の17クリスチャンホームの一つ、宗教「3世」として育つ。早稲田大学商学部卒業。明治学院社会事業科教授。戦後、日本児童文学者協会会長、日本児童文芸家協会顧問、アジア・アフリカ作家日本委員会会員を歴任。三島市教育委員長を務める。生涯で150冊以上の創作・翻訳を行う。

絵本『のろまなローラー』(絵/山本忠敬 福音館書店)、童話集『イソップのおはなし』(挿絵/三好硯也 のら書房)などの重版が続く。キリスト教新聞に連載した『童話から童話へ ある児童文学者の回想録』(1980年刊 教文館)がある。1990年永眠。

絵 河野鷹思(こうのたかし)  
1906年東京・神田に生まれる。東京美術学校図按科卒業。松竹キネマ宣伝部に入社し、映画広告や美術を担当。1936年に独立し、広告・装幀・雑誌表紙・挿絵・映画美術・舞台装置等を手がける。戦時中はジャワに徴用される。日本宣伝美術創立委員、「グラフィック・55展」参加、綜合デザイン事務所デスカ設立。世界デザイン会議実行委員、大阪万博日本館展示設計、札幌冬季五輪ポスターデザインなどを手がける。女子美術大学教授、愛知県立芸術大学学長、日本人初の英国王立芸術協会員を務める。1986年に東京ADC「Hall of Fame」。1999年に永眠

復刊した『りんごの村』(アノニマ・スタジオ 発行KTC中央出版)

『りんごの村』
作・小出正吾 絵・河野鷹思
小学校中級〜大人まで
A5判 上製本 本文136頁 定価1,600円+税
アノニマ・スタジオ
発行KTC中央出版
ISBN978-4-87758-857-1 C8093

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