キリさん
「おそらく〈怪力乱神〉のしわざだな。」
キリさんは才気あふれる私立探偵。ご近所の迷子ねこ捜しから犯罪組織が相手の大事件まで次々と解決しまくる、若いながらにちょっとした有名人である。
マッキーはキリさんの大学の同級生だ。新聞記者志望だったのだが、就職試験に落ち続け、なりゆきで助手を務めて5年になる。
商売繁盛のキリさんが、ボロいがなかなか味わい深い一軒家を買ったのは1年前のこと。1階を事務所、2階を住居にしてふたり暮らしをしていたのだが……なんたることか、昨日の夜中、突然1階から火の手が上がったのである。
ぐっすり眠っていたふたりが気づいたときには消火できる状態ではなく、仕事のデータが入ったノートパソコンを持ち出すのがやっと。
消防の現場検証によれば、放火された疑いが強いという。
キリさんの言葉に、マッキーもうなずく。
〈怪力乱神〉とは裏社会で強大な力を持つ犯罪組織。キリさんはたびたび〈怪力乱神〉が関わった事件を解決しており、彼らのうらみを買っている。
マッキー
「で、キリさんよ。これからどうする? アパートでも借りないと……って言っても今、オレは金欠だけどな。」
キリさん
「マッキーに金がないのはいつもだろ? しかし、火事の保険金がもらえるのはいつになるかわかんないし……。」
マッキー
「だよなぁ。」
キリさん
「しばらく東京を離れよう。〈怪力乱神〉はオレたちを始末するつもりで放火したんだろう。だとしたら、当分つけねらわれる可能性がある。」
マッキーはゴクリとつばをのむ。
マッキー
「そう言われればそうだよなぁ。どこに引っこす?」
キリさん
「どこにも引っこさない。風の向くままの逃亡生活だな。そもそもオレの優秀な頭脳さえあれば仕事はできる。依頼はスマホで受けられるし。むしろ最先端っぽいよな。」
マッキー
「物は言いようだねぇ。その切り替えの早さ、感心するよ。」
キリさん
「ま、一文無しじゃしょうがないから、ちょっと実家行ってくるわ。親父に頭下げて金借りてくるよ。」
マッキー
「オレもいっしょにあいさつに行こうか?」
キリさんはマッキーを上から下までじっとながめた。
キリさん
「いいや。うちの親父は下町の駄菓子職人で、探偵って仕事に理解がないんだ。オレの顔を見りゃ『もっと堅実な仕事をしろ。』ってぶつくさ言う。ブラブラしてそうに見えるらしいんだな。そういう人間が2倍いても得にならない。」
マッキー
「へいへい。おとなしく待ってるわ。」
マッキーはひとり、広々とした公園のすみっこでキリさんを待っていた。暗くなって、そこらで遊んでいた子どもたちも帰ってしまい、少々不安になり始めたころ。