作家の朽木祥さんが描いた幼年童話『ねこもおでかけ』は、小学3年生の国語の教科書(光村図書)に掲載された「もうすぐ雨に」に登場する主人公と猫の、出会いを描いた物語です。
朽木さんは大の動物好き。今まで何匹もの犬や猫と暮らしてきた経験を通し、動物と暮らすことは子どもたちの心を育てるのに役に立つかもしれませんと言います。
そんな朽木さんに「ねこもおでかけ」の執筆秘話や、朽木さんご自身が動物の世話が大好きなこと、子どもと一緒に動物を育てることのメリットなどについて伺いました。
娘とラブラドールのダンは姉弟のように育ちました
──『ねこもおでかけ』は、主人公の信ちゃんが小猫のトラノスケを拾い、育てるお話ですが、トラノスケにはモデルがいるのですか。
朽木祥さん(以下朽木、敬称略):『ねこもおでかけ』の冒頭、主人公の前に子猫が現れる描写がありますが、あれはほぼ実話です。私がラブラドール・レトリバーのダンを散歩させていたとき、突然ぴゅーっと犬の前足の間に駆けこんできたのが、トラノスケのモデルになった子猫でした。
子猫が私を見あげて鳴いたとき、私の耳には本当に「助けて」と言っているように聞こえました。子猫は「これがワタシの生きる道!だ」と思っていたのでしょう。ダンはとても優しい犬なので、吠えるでも嚙むでもなく、ただ固まっていました。
家に連れて帰ると、たまたま熱を出して学校を休んでいた娘が大喜び。灰色だとばかり思っていた猫は、洗うと真っ白だとわかりました。瞳はきれいなブルー。名前をヘンリーと名付けて、我が家で飼うことに。
──犬と猫を同時に飼われていたのですね。賑やかで楽しそうです。
朽木:飼っている動物同士の相性が良いといいのですが。「ねこもおでかけ」にも描きましたが、我が家は気の強い猫と優しい大型犬という組み合わせだったので、2匹の絶妙な関係が愉快だったり、犬がかわいそうだったり。
ラブラドールのダンは、猫がくるまで犬用のベッドに幸せそうに寝ていました。ところがヘンリーにじわじわと浸蝕されるようになってしまい、性格上「どいて」とも言えずに、自分のベッドなのに、はしっこに追いやられて寝ているありさまでした。
私がちょっと意地悪して、ダンに「ヘンリーを連れてきて」と頼むと、とぼけて雑巾を持ってくる。ちなみにダンは五十語くらい理解できたので、電話機でも新聞でも持ってこられるんです。もちろんヘンリーも。だけどヘンリーをかまうのがいやなばっかりに、確信犯で雑巾を持ってくるわけです。「もしかして、これがヘンリーかな」みたいな顔つきで。ラブラドールは五歳児くらいの知能があるというのはほんとです。本当に賢いですよね。
天気のいい日、ダンとヘンリーを両脇にウッドデッキで日向ぼっこしていた時間が、2匹と私のいちばん幸せな思い出です。みんなで、のんびり機嫌よく過ごしていました。動物とともに暮らしてこそ得られる時間でした。
──娘さんが幼いころは、動物をどのように接していましたか。
朽木:娘とダンは、姉弟のように仲良く育ちました。娘が小学生のときの話で、ふたりの関係がよく伝わるエピソードがあります。私が帰宅すると、小学校から先に帰っているはずの娘の姿が見当たらない。外は薄暗くなる時間で、血の気が引きました。
すると、どこからともなく「トトロ~♪ トッ、トロ~♪」と歌が聞こえてきたんです。なんと、家の鍵を忘れた娘は、ダンのいる大きな犬小屋にもぐりこんで、ダンにくっついて歌っていたのでした。「ちょっと寒くなってきたけど、ここなら温かいし」なんて。娘はダンのことを本当に信頼していたようです。
ダンとの時間は、娘にさまざまな経験を与えてくれました。愛情をかけて育てることの尊さ、一緒に過ごした思い出、そしてやがて別れがくること。動物と暮らすと手間もかかりますが、全部が帳消しになるくらい、学びの瞬間がたくさんあったと思います。
動物はネタの宝庫! ともに暮らす楽しみを知ってほしい
──朽木さんが子どものころは、動物と関わる機会はありましたか。
朽木:小さいころから、周りに動物のいる生活を送っていました。犬や猫はもちろん、ニワトリ、コイ、ヘビ、カラスなど。広島の郊外ですから、いろんな生き物が身近にいたんです。家族も動物好きで、父からは「自分より小さいもんや口のきけんもんには、やさしゅうしてやれ」といつも言われていました。
大学に行くために上京してからは、生き物の世話をしない生活が無性に寂しくて。お昼の時間になると、お弁当の米粒なんかをアリにまいてやっていました。ある日の心理学の講義で「子ども(子どもっぽい人も?)は小さい生き物に興味がある」と先生が話されたとき、友人たちが一斉に私のほうを振り返りました!なるほどって(笑)。
結婚してからは横浜や鎌倉で暮らしましたが、不思議と野生の動物に出会うんです。マンション暮らしをしていたころのこと、幼い娘が「クマ、クマ!」というので振り返ると、ベランダにタヌキの親子がいました。今の住まいは山の上なので、リスだのアオダイショウなどがふつうにやってきます。そういった動物との出会いや関わりが、物語を書くときのインスピレーションを与えてくれることもあります。
──まるで動物たちが、朽木さんの物語に登場したがっているようですね! 最後に朽木さんが「ねこもおでかけ」を通して、子どもに伝えたいことを教えてください。
朽木:動物との暮らしの楽しさをぜひ子どもたちにも伝えられれば。人間と動物が仲良く過ごせるのは、動物と心が通い合っているということですよね。まさに異種間交流。すごいことだと思いませんか。たくさんの方に、動物と関わる楽しさや面白さを知っていただければ。
また子どもが動物と接して、たとえば猫を抱っこしたときの、くったりやわらかい感触や、犬の天使みたいな無垢さに触れていれば、動物をいじめようなどとは思いもしないのでは。それは身近な友達に対しても同じでしょう。動物との触れ合いは、そんな温かな気持ちを育てるように思います。
都市部にお住まいなど、何らかの理由で動物を飼うことが叶わない方も『ねこもおでかけ』のなかで、動物を家族に持つ楽しさや愉快さをぜひ味わっていただければ。高橋和枝さんの描いてくださった猫たちもものすごくチャーミングです。小さい人たちだけでなく、大人の方々もお手にとっていただければ、こんなに嬉しいことはありません。
朽木祥(くつきしょう)
作家。広島出身。被爆2世。デビュー作『かはたれ』(福音館書店)で児童文芸新人賞、日本児童文学者協会新人賞、他受賞。その後『彼岸花はきつねのかんざし』(学研)で日本児童文芸家協会賞受賞。『風の靴』(講談社)で産経児童出版文化賞大賞受賞。『光のうつしえ』(講談社)で小学館児童出版文化賞、他受賞。『あひるの手紙』(佼正出版社)で日本児童文学者協会賞受賞。
ほかの著書に『パンに書かれた言葉』(小学館)などがある。2016年『八月の光 失われた声に耳をすませて』(小学館)より「石の記憶」がNHK国際放送より17言語に翻訳されて50ヵ国で放送、東京FMからは朗読劇として発信された。
近年では、『光のうつしえ』が英訳刊行され、アメリカでベストブックス2021に選定されるなど、海外での評価も高まっている。日本ペンクラブ子どもの本委員会委員。
『ねこもおでかけ』は動物と暮らす楽しさを教えてくれる児童文学
「うちのかわいいねこは、家の外でいったい何をしているの?」
少年・信ちゃんは、犬を散歩させている途中に、子猫のトラノスケを保護します。ある日、信ちゃんにトラノスケの〈まってたんだよー〉という声が聞こえてきて……。子どもの温かな心を育ててくれる物語です。
小学3年生の国語教科書(光村図書)に掲載された「もうすぐ雨に」の主人公の少年と、飼い猫のトラノスケが登場します。巻末には、猫大好き作家&画家の「ねことなかよくなる」スペシャルガイド付き!
山口 真央
幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。
幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。