「無知の土壌には必ず偏見や差別意識が育つ」戦後78年経っても被爆者を苦しませる「非人道的」な核兵器

作家・朽木祥さん×ピースボート共同代表・川崎哲さん 平和を考える特別対談 第2回

ライター:山口 真央

『光のうつしえ』は被爆二世の朽木祥さんが描いた物語です。原子爆弾が投下された広島を舞台に、そこで生きたひとりひとりの人生を描いています。

2013年に発売された『光のうつしえ』は、2014年に第9回福田清人賞、第63回小学館児童出版文化賞を受賞しました。また国内のみならず、アメリカのベストブックス2021に選定されたり、ミュンヘン国際図書館が選定した国際推薦児童図書目録に選ばれたりと、世界中から注目を集めています。

そんな作家の朽木さんが、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員である川崎 哲(かわさき あきら)さんと、平和を考える対談をおこないました。川崎さんは世界中を船で旅をする「ピースボート」の、共同代表も務めています。

第2回では、戦後80年近く経ってもなおつづいている被爆の現状と、平和になるために私たちができることについて、お話を伺いました。

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ピースボート共同代表の川崎哲さん(左)と、作家の朽木祥さん(右)。写真提供:講談社児童図書編集チーム

朽木「核兵器の『非人道性』は戦後78年のいまもなお続いています」

川崎哲さん(以下川崎、敬称略):ピースボートでは、被爆者の方がいっしょに乗船して旅をすることがありますが、一度、お伺いしたかったことがあります。広島の方々が「もう原爆について語りたくない」「蓋をしたい」と考えることはありませんか。

朽木祥さん(以下朽木、敬称略):「原爆ドームを見たくない、見るたびに8月6日の惨い有様を思い出す、見たくない、思い出したくない」と言っていた人はたくさんいましたが、話をしたくないという人は、私のまわりには少なかったように思います。むしろ「あんな悲惨なことは二度とあっちゃあいけん。伝えていかんと」と言う人ばかりでした。

高校の同級生はほとんどが被爆二世ですが、『光のうつしえ』を読んでくれて、それをきっかけに、「うちの父母はこんな経験をした」と次々に知らせてくれました。ヒバクシャに続き、被爆二世たちがピースボートに乗れたら、話がたくさん聞けるかもしれませんね。

川崎:そうなったら、ありがたいです。核兵器の非人道性を日々訴えていますが、リアリティのある話がいちばん人の心を動かすと感じています。

朽木:核兵器の非人道性はとてつもなく、現在もなお続いていることもあります。被爆二世の私の従姉は、数年前に白血病で亡くなりました。従姉の父親は、中学生のときに爆心地近くで被爆し体中を癌に侵されて亡くなりました。従姉は高校生の時に白血病を発症し、それから半世紀以上、血液の癌に苦しんだのでした。

原爆が落ちて戦争が終わったと考える人は多いのですが、被爆者もその家族も、普通の市民生活には戻れませんでした。戦後75年以上経ついまでも、原爆症に苦しむ人はいますし、決して癒えない心の傷を抱えている人たちも大勢います。原子爆弾という悪魔的な兵器の、言葉ではとうてい語り尽くせない残虐さがもたらしたことです。現在世界各地で起きている戦争や紛争においても、核兵器の使用がほのめかされたりしていますが、本当にとんでもないことです。

川崎「貿易ゲームで世界情勢の『ジレンマ』を体感することが大切」

ピースボート共同代表をつとめる川崎哲さん。写真提供:講談社児童図書編集チーム

朽木:子どもたちが戦争を自分ごととして考えるためには、川崎さんは、どんな取り組みが必要だと考えていらっしゃいますか?

川崎:いまのイスラエルの問題も、それぞれの国にそれぞれの正義があり、どちらが正解、不正解と、簡単に結論を出せません。大切なのは自国を守ることだけでなく、他国を理解し、尊重することです。

ピースボートでは、いくつかのシミュレーションゲームに取り組んでいます。たとえば世界貿易ゲーム。それぞれ架空の国のルールを決めて、他国と貿易します。ゲームをしてみると、自国を守るための交渉をしながら、相手のルールを受容するのは意外と難しいことがわかります。

あとは自戒も込めて言いますが、自分が独善的な考えになっていないか、常に疑う気持ちが大切です。もちろん私は核兵器をなくすべきだという主張に、妥協をするつもりはありません。ただ、それが行きすぎると他の意見を受けつけない極論になる可能性があり、それこそが戦争を引き起こす考えになりかねないのです。

自分が言ってることが絶対だと思わず、自分と正反対の意見にもしっかり耳を傾ける。意見の違う人のことを否定しても、話は進まないと考えています。

ドイツでインタビューに答える朽木祥さん。撮影:中野怜奈さん(ミュンヘン国際児童図書館日本部門)

朽木:私はささやかでも原爆についての物語を書き続けられたらと思っています。2020年から使用されている小学5年生の教科書に書き下ろした『たずねびと』という物語には、驚くほど反響がありました。広島を舞台にした話ですが、たくさんの生徒たちから感想が届いています。さらに「原爆資料館に行きたくなった」とか「行ってきました」と知らせてくれる生徒たちもあって、大変嬉しく思っています。

川崎:物語は、感情を動かしてくれますよね。被爆者のサーロー節子さんは「私は怒っていますが、この怒りが自分を支えてきた」とおっしゃっているのが印象的でした。

朽木:あとは、知識を得ることも大切ですよね。「被害者になるな、加害者になるな、そして何より傍観者になるな」。これは、『光のうつしえ』にも引用したホロコースト研究者の言葉です。

傍観者にならないためには、まずは少しでも関心を持つことが必要です。物語がそのきっかけになれば、と祈るような気持ちで書いているわけですが……。関心を持って、過去の負の記憶をできるだけ知ってもらえればと思います。無知の土壌には必ず偏見や差別意識が育ちますし、その先には必ず不毛な分断や争いが繁る(頻発する)からです。

繰り返し申し上げていることですが、『光のうつしえ』やヒロシマの物語の登場人物は、過去の亡霊ではありません。未来のあなたでも私でもあります。平和な未来を迎えるために、どうか自分事としてヒロシマの記憶を捉えていただければ。

朽木祥(くつきしょう)

作家。広島出身。被爆2世。デビュー作『かはたれ』(福音館書店)で児童文芸新人賞、日本児童文学者協会新人賞、他受賞。その後『彼岸花はきつねのかんざし』(学研)で日本児童文芸家協会賞受賞。『風の靴』(講談社)で産経児童出版文化賞大賞受賞。『光のうつしえ』(講談社)で小学館児童出版文化賞、他受賞。『あひるの手紙』(佼正出版社)で日本児童文学者協会賞受賞。

ほかの著書に『パンに書かれた言葉』(小学館)などがある。2016年『八月の光 失われた声に耳をすませて』(小学館)より「石の記憶」がNHK国際放送より17言語に翻訳されて50ヵ国で放送、東京FMからは朗読劇として発信された。

近年では、『光のうつしえ』が英訳刊行され、アメリカでベストブックス2021に選定されるなど、海外での評価も高まっている。日本ペンクラブ子どもの本委員会委員。

川崎哲(かわさきあきら)

ピースボート共同代表。1968年東京生まれ、東京大学法学部卒業。立教大学兼任講師。日本平和学会理事。2017年にノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員兼会長(2012~14年共同代表、14年から国際運営委員、21年から会長兼任)。

核兵器廃絶日本NGO連絡会の共同代表として、NGO間の連携および政府との対話促進に尽力してきた。ピースボートでは、地球大学プログラムや「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」をコーディネート。2009~2010年、日豪両政府主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)でNGOアドバイザーをつとめた。

著書に『核兵器 禁止から廃絶へ』(岩波ブックレット)、『僕の仕事は、世界を平和にすること。』(旬報社)、『核兵器はなくせる』(岩波ジュニア新書)など。2021年、第33回谷本清平和賞受賞。

朽木祥さんの著書はこちら

『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』作:朽木 祥 定価:1430円(講談社)

川崎哲さんの著書はこちら

『僕の仕事は、世界を平和にすること。』著:川崎哲 定価:1760円(税込み)
『絵で見てわかる 核兵器禁止条約ってなんだろう?』監修:川崎哲 定価:4180円(税込み)

写真/児童図書編集チーム

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やまぐち まお

山口 真央

編集者・ライター

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。

幼児雑誌「げんき」「NHKのおかあさんといっしょ」「おともだち」「たのしい幼稚園」「テレビマガジン」の編集者兼ライター。2018年生まれの男子を育てる母。趣味はドラマとお笑いを観ること。