アメリカ児童文学最高峰の栄誉!ニューベリー賞は次世代へ贈る宝物

知っておきたい、海外児童文学の深い世界

翻訳家:田中 奈津子

翻訳本の選び方について一つの指標を田中奈津子さんが教えてくれます。 写真/講談社児童図書編集チーム

夏休みに向けて、青少年読書感想文全国コンクールの課題図書が発表され、書店の店頭がにぎやかになってきます。折しも6月11日は「学校図書館の日」でしたが、これは学校図書館法の改正により、12学級以上の学校には司書教諭を置くことが義務となった記念に1997年に制定されたものです。

そこで、子どもの読書について少し考えてみましょう。

赤ちゃんに絵本をプレゼントする「ブックスタート」事業が2001年より始まり、2023年2月現在、全国の自治体の63%以上が実施しています。子どもの読書に対する保護者の関心も高まり、図書館で開かれる「おはなし会」は、赤ちゃんや幼児をつれた参加者でいっぱいです。

学校の状況はどうかというと、現在多くの小中学校で10分程度の朝読書の時間を設けるなどの努力もあり、「読書好きになった子どもが増えた」と効果が報告されています。学校読書調査によると、2022年5月1ヵ月間の平均読書冊数は、小学生が13.2冊、中学生が4.7冊と近年徐々に増えています。

読書冊数は増えつつあります。 写真/アフロ

しかし1ヵ月間に読んだ本が0冊という子どもの割合を見ると、小学生6.4%、中学生18.6%と、まだこれだけの不読者がいることも事実です。

年齢が上がるにつれて子どもも忙しくなり、本を読む時間が取れないということもあるでしょうが、保護者、教育関係者としても実際どんな本をすすめていいのかわからないという声も聞きます。そんなとき、何らかの賞を受賞した本に目を向けてみるのも一つの方法です。

業界が最も注視する、世界一歴史のある児童文学賞

アメリカのニューベリー賞という賞をご存じでしょうか? 1922年に始まった世界最古の児童文学賞で、たいへん権威ある賞です。アメリカ図書館協会(American Library Association, ALA)の下位組織である児童図書館協会が、アメリカで前年に出された児童書の中で最もすぐれた作品を選び、毎年1月に発表しています。

作品のテーマ、表現、構成、キャラクターなど、文学的にすぐれているかどうかが評価されています。同様に最もすぐれた絵本には、コールデコット賞が与えられ、それぞれ佳作にはオナー賞(名誉賞)が与えられます。

ちなみにアメリカ図書館協会は、1876年に創設された世界最古にして最大の図書館協会です。図書館と図書館教育を国際的に振興する団体で、会員数は6万4600名に及びます。

ニューベリー賞のノミネート作が発表されると、全米の書店では特設の棚を設置し、大々的に作品を売り出しにかかります。日本で芥川賞や直木賞候補作が発表された直後の書店のような盛り上がりを見せます。学校や図書館でも一斉に作品を購入します。ニューベリー賞は信頼され、それだけ期待されているということです。

書店に活気があふれます。 写真/講談社児童図書編集チーム

子どもたちの読書体験を一変させる、魅力的な冒険の数々

受賞作品はほとんど日本語に訳されています。ちょうど100年前の1923年に選ばれた作品は、ヒュー・ロフティングの『ドリトル先生航海記』。今でも読みつがれている名作ですね。最近では人種や貧困をテーマにした作品や、メキシコや日本、韓国などをルーツにもつ作家の作品など、多様性に富んだ作品が選ばれています。

100年の歴史の中でも、ニューベリー賞を2回も受賞した作家は6人しかいません。その中の1人に、ロイス・ローリーという作家がいます。ローリーは1990年に『ふたりの星』で、1994年に『ギヴァー 記憶を注ぐ者』(初訳は『ザ・ギバー 記憶を伝える者』)で、ニューベリー賞を受賞しました。『ギヴァー』は、ジェフ・ブリッジス、メリル・ストリープ、ケイティ・ホームズやテイラー・スウィフトが出演して映画にもなったので、ご存じの人も多いでしょう。

ロイス・ローリーという至宝

ユーモラスな作品からSFまで、幅広いジャンルで40冊以上の本を手がけてきたロイス・ローリーが、このたび『水平線のかなたに 真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ』という第二次世界大戦を考察する作品を発表しました。これは、80歳をこえたローリーが、幼少期はハワイに、11歳からは東京に暮らした経験を踏まえて書いた作品で、自身の生い立ちも深く関わっています。

大きな特徴は詩であることと、「人」に焦点をあてていること。真珠湾で犠牲になった兵士たちはどんな若者だったのか。広島で犠牲になったのはどんな子どもたちだったのか。

それぞれに未来のあった大切な人生が、一瞬で奪われてしまったのです。犠牲になった人々の名前をきちんと書くことで、敵も味方もなく、「人」そのものが大事だということ、争いではなく平和を求めることが大事だということを、子どもたちに伝えています。

『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』より
『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』より

今こそ大切にすべき、未来への伝言

ローリーは一貫して、「人間のつながり」をテーマに作品を書いてきました。「私たちはさまざまに絡み合いながらこの地球上に生きています。お互いを大切にできるかどうかが私たちの未来を決めるのです。」公式サイトにも書かれていますが、ローリーのこの思いが、今回の作品に結実したといえます。

水平線のむこうにいたのは、敵味方なく、同じように生きている「人」だったとロイス・ローリーが伝えます。 写真/アフロ

この作品に書かれているもう一つのこと、ローリーと絵本作家アレン・セイとの出会いもまた象徴的です。

1994年、『ギヴァー』でニューベリー賞をとったローリーは、授賞式のテーブルで、絵本『おじいさんの旅』で同年のコールデコット賞を受賞したアレン・セイと話をしました。すると、日本生まれでコウイチ・セイイという名前だったアレンは、渋谷の学校に通っていたとき、自転車の金髪の少女がこっちを見ていたことを覚えているというのです。金髪の少女はまぎれもなくローリーのことで、ローリー自身もこのときのことを記憶していました。

子どものころに渋谷で出会っていたふたりが、何十年後かにアメリカで、大活躍する児童書の作家と画家として再会する。この不思議な運命は、まさに人間のつながりそのものです。

アメリカの書評誌『カーカス・レビューズ』は、この作品を「一人ひとりの兵士や市民、そしてローリー自身の物語はすべて事実に基づいている。悲劇的な歴史への美しく力強い考察である。」と評価しています。

過去に学び、未来へつなぐ。日米双方の戦争当事者を描いた『水平線のかなたに 真珠湾(パールハーバー)とヒロシマ』に、ぜひご注目ください。

『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』 講談社
たなか なつこ

田中 奈津子

翻訳家

翻訳家。東京都生まれ。東京外国語大学英米語学科卒。『はるかなるアフガニスタン』が第59回青少年読書感想文全国コンクール課題図書に、『ア...