「ママ」になったトランスジェンダー 谷生俊美さん 愛娘へ伝える多様性

「ママ」になったトランスジェンダー谷生俊美さんインタビュー#3~ジェンダーと多様性編~

日本テレビ 映画プロデューサー:谷生 俊美

自著の前に立つ谷生さん。「『ももがどういう想いを抱いた親のもとに生まれてきたか』を言語化し、形に残すことが大事だと思った」と出版の経緯を振り返ります。  写真:柏原力
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ジェンダーや多様性について、子どもにどう教えたらいいのか悩むママパパもいるでしょう。

日本テレビの映画プロデューサーで、『news zero』(日本テレビ)にニュースコメンテーターとして出演していたトランスジェンダーの谷生俊美さんは、パートナーの女性、娘・ももちゃんの3人家族です。

今(2023年12月現在)、4歳のももちゃんは父である谷生さんを「ママ」、母であるパートナーを「かーちゃん」と呼んでいます。

先々、思春期になったももちゃんへ向けて自著『パパだけど、ママになりました 女性として生きることを決めた「パパ」が、「ママ」として贈る最愛のわが子への手紙』(アスコム)を上梓した谷生さんに、ジェンダーや多様性の伝え方について聞きました。

最後に、映画プロデューサーの視点から、親子で多様性を学ぶのに、おすすめの映画も伺っています。

※3回目/全3回(#1#2を読む)

谷生俊美(たにお・としみ)PROFILE
日本テレビ映画プロデューサー。1973年生まれ、京都生まれの神戸育ち。東京外国語大学大学院博士前期課程修了後、日本テレビに入社。2018年より『news zero』(日本テレビ)に日本初のトランスジェンダーのニュースコメンテーターとして出演。映画プロデューサーとして、細田守監督『竜とそばかすの姫』、百瀬義行監督『屋根裏のラジャー』などを手がける。1児の「ママ」。

エンタメを通じ自然にジェンダー教育

娘をジェンダーニュートラルに育てようと実践している」と話す谷生さんは、家庭でどのようなジェンダー教育をしているのでしょうか。

「基本的に、うちは『男の子だから』『女の子だから』というジェンダーバイアスに基づく考えは排除しています。ピンクが好きでも青が好きでもいいけど、『男の子(女の子)だからこの色』という固定観念からは自由になってほしくて。

友達の影響でプリンセスに興味を持ってもいいけど、それがすべてになってしまうのではなく、いろいろな価値観にフラットに触れてほしいと思います」(谷生さん)

谷生さんは、絵本や映画などのコンテンツを通じて多様性を伝えています。

「パートナーが海外から入手する絵本の中には、プリンセスになりたい男の子の話や、ピンクが好きな男の子と青が好きな女の子の話などがあります。

映画『おおかみこどもの雨と雪』は、ももが大好きな作品です。おおかみおとこと人間が恋に落ちて生まれたおおかみこどもの雨と雪の成長や、それぞれが自分の生きる道を選択する過程を見ることができます。

『これぞ多様性』と私が感じる一方で、娘はおおかみこどもの真似をして遠吠えをするなど、このストーリーを自然に受け入れています。その姿を見ていると、親が子どもに教える必要はないと感じます。

子どもが自分の目で見て感じたことが、空気や水のように染み込んで吸収されることで、自然と腑に落ちていくのではないでしょうか」(谷生さん)

「おおかみこどもの雨と雪」が好きなももちゃんに付き合い、谷生さんもおおかみこどもの真似をして遠吠えすることがあるそうです。  写真:柏原力

ももちゃんのために作られた2冊の本

近ごろのももちゃんは、自分の家族の形がほかと違うことに気づくようになったと言います。「なんでママなの? パパがいい」と問い詰められることもあったそうです。

「娘もいろいろなことに気づく年ごろになったので、『パパだけど、ママになったんだよ』と伝えています。そういう経緯もあり、未来のももに読んでもらえるよう自著を書きました。

じつは、パートナーも絵本を作って、ももの4歳の誕生日にプレゼントしたんですよ」(谷生さん)

その絵本は『ももたんのかぞく』と名付けられ、温かみのあるイラストとともに、「母親と子どもだけの家族、父親と子どもだけの家族、祖父母と子どもだけの家族」など、さまざまな家族が描かれているそうです。そして、そこにはももちゃんの家族の姿もあると言います。

「『いろんなかぞくがあって、全部かぞくなんだよ。そこに愛があるかが、だいじなんだよ。だいじだいじが、かぞくをつくるんだよ』というようなことが書いてありました」(谷生さん)

「ママ」と「かーちゃん」、ももちゃんが家族であることに変わりはないこと。ももちゃんが愛されていること。これらが伝わるように絵本に願いを込めたという「かーちゃん」の思いは、谷生さんが書籍を出版した意図と重なります。

「『これはももちゃんの絵本だよ』と伝えて読み聞かせましたが、リアクションが薄くて(笑)。私の書籍も見せましたが、やはり『へえ』くらいの反応でした。

でも、自分の本だということはわかっているみたいで、あるとき保育園から帰ってきたももに『ママが本を書いてくれたから、ももちゃんも書いたよ』と手紙を渡されました。そういうことがあると、感動してしまいますね」(谷生さん)

マイノリティが生きやすい社会になってほしい

4歳のももちゃんが思春期を迎える約10年後は、どのような世の中になっていてほしいか。その質問に、谷生さんは少し考えてから口を開きました。

「今は世の中がすごい勢いで変わっているのを感じます。10年後に急激な変化が起きているかどうかは私には予見できませんが、少しずつポジティブな方向に変わってきていると信じています。例えば、私が今こういう取材を受けていることも20年前ではあまり考えられなかったことですよね」(谷生さん)

少しネット検索するだけでも、谷生さんの著書に関する記事は多数見つかり、その注目度の高さがわかります。

「……ただ、20年前では考えられなかったけど、10年前ならあり得たかもしれません」と谷生さんが続けます。

「というのも、2004年7月に性同一性障害特例法が施行され、社会体系の中に性的マイノリティの方たちを包含(ほうがん)して、生きやすい世の中を作ることがルール化されたからです。法律は社会を変えるわけではないけど、社会の価値体系には大きく影響するでしょう。

10年という時間は短いかもしれませんが、多様性という文脈で言うと、さまざまなマイノリティの方たちが、より生きやすくなるような社会になっていることを願います」(谷生さん)

谷生さんが手に持っているのは、取材スタッフの子ども(小学5年生)が書いたお手紙です。新著の感想が綴られています。「今まで出会った中で、最年少読者かもしれない」と喜んでくれました。  写真:柏原力
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