「ワンオペ育児は生物学的に不適切」 ヒトとチンパンジーの「子育て」の差で分かった科学的根拠 

母性神話は噓? 京都大学大学院・明和政子教授に聞く「今だからこそ必要な“パパ育児”」 #1

京都大学大学院教育学研究科教授:明和 政子

ヒトは複数人で協力をして、子どもを育ててきました。  写真:アフロ
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核家族化や、共働き世帯の増加など、現代社会では育児の負担がママ1人に偏ってしまいがちです。「育児に疲れた」「ワンオペ育児で限界」と、子育てに辛さを訴えるママの声をSNS上でもよく目にします。

しかし生物学的にみると、今のママが育児に辛さを感じるのは当たり前だと京都大学の明和政子教授はいいます。

今回は明和先生に教えていただきながら、最新の科学からみたヒトに必要な育児環境についての理解を深め、パパが育児に関わることの重要性について考えてみましょう。


◆明和 政子(みょうわ まさこ)
京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、京都大学大学院教育学研究科准教授を経て、現在同教授。日本学術会議会員。「比較認知発達科学」という学問分野を切り拓き、生物としてのヒトの脳と心の発達の原理を明らかにしようとしている。

「育児が辛い」の理由は、現代の育児環境にあった?

「戦前は祖父母や両親と同居し、きょうだいの人数も10人くらいいることは珍しくありませんでした。そのため、親や親戚が子どもを見てくれたり、上の子が下の子のお世話をしたりと、大勢で子育てをするのが当たり前。つまり、育児をするのはママ1人ではなかったのです。

日本の育児環境が激変したのは戦後です。都市部へと人々が流入し、核家族化が加速。男性は外でお金を稼ぐ、女性は家を守る。こうした役割分担が社会から強いられ、女性は家事育児すべてを担う存在であるという認識が広まりました。今の育児環境は、ママにとって辛くて当然なのです」(明和先生)

共働き世帯は右肩上がりで増加しています。家族の形が激変した今、育児も仕事も家事も……と、すべてをママに託すのは、明らかに負担が過剰であるといえます。

子育ては複数の手で行うのが正解?

生物学的にみても「今の育児環境は、ヒトという生物において不適切」と明和先生は続けます。

明和先生は、ヒトとチンパンジーを比較しながら、ヒト特有の脳と心が生まれる道筋を科学的に研究されてきました。チンパンジーの祖先とヒトの祖先が異なる種として進化を遂げたのはおよそ700万年前。またDNAの塩基配列は、チンパンジーとヒトでは98.8%同じであるそうです。両種の脳と心の比較から見えてきたこととは何なのかを教えていただきました。

「ヒトとチンパンジーの子育てを比べると、違いがいくつかあります。まずは子どもを産む間隔です。チンパンジーの母親は子どもが独立するまでの6~8年間、ゆっくりと1人で子どもを育てあげます。

子どもが集団の仲間と過ごす時間が多くなる、つまり自立し始めると、母親の身体には排卵が起こり、次子を産む準備が始まります。よって、チンパンジーの出産間隔は6~8年です。

しかし、ヒトは産後2年もたてば再び出産ができるようになります。ヒトの子どもは、自立するまでにとても長い時間がかかるにもかかわらず、ヒトは短い間隔でたくさんの子どもを産める生物なのです。

ヒトとチンパンジーの身体を比べても、違いが見られます。チンパンジーの身体には体毛があります。また、チンパンジーの子どもは把握反射がヒトよりも強いので、生まれてすぐに母親チンパンジーの体毛にしがみついていることができます。ですので、チンパンジーの母親は子育て中でも両手を使うことができ、比較的自由に行動できます。

それに対し、ヒトの赤ちゃんは誰かに抱き抱えられなければ、生存していくことができません。

子どもが自立するまでに長い時間がかかるのに、短期間で子どもをたくさん産める身体をもつヒトがなぜ命を繋いでこられたのか。それは、ヒトが集団で子育てをする『共同養育』というスタイルをとってきたからだと考えられています」(明和先生)

複数人の手で子育てすることが、ヒトという生物にとっては適切な育児環境だと先生は解説します。現代では、子どもがいる世帯のうち約8割が核家族で、両親や親戚と離れて暮らす夫婦も多いです。このような現代社会で求められるのは、パパの育児参加。ママだけに育児をさせず、育休を取得するなどしてママと一緒に育児をすることが必要なのです。

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