「ワンオペ育児は生物学的に不適切」 ヒトとチンパンジーの「子育て」の差で分かった科学的根拠
母性神話は噓? 京都大学大学院・明和政子教授に聞く「今だからこそ必要な“パパ育児”」 #1
2024.01.17
京都大学大学院教育学研究科教授:明和 政子
脳の発達に大切な時期の一つ 乳幼児期
子どもは環境の影響を強く受けながら脳を発達させるため、生後早期から適切な環境に置かれて育つことが必須、と明和先生。
ヒトの脳には、環境の影響を強く受けやすい特別の時期「感受性期」があり、この時期の環境経験は、生涯にわたる脳と心の健康を左右するほど大切なものだそう。
「まずは、ヒトの脳の発達の仕組みについて解説しましょう。ヒトは、脳内に非常に多くの神経細胞を携えて生まれてきます。
脳内の神経細胞が最も多い時期は、胎児期から生後数ヵ月であるといわれています。しかし、脳が適切に働くためには神経細胞は多ければいいというわけではありません。生まれ落ちた環境で生存可能性を高めるために、その環境に適応しやすい脳へと変化させていくことが必要です。
その過程で、生きる環境での情報処理にあまり使われない神経細胞と、それらをつなぐネットワークは減っていきます。これを『刈り込み』といいます。脳の感受性期は、刈り込みが顕著に起こる時期といえます」(明和先生)
感受性期の訪れは、脳の場所によって異なります。比較的早くに成熟を迎えるのは、聴覚野(側頭葉)と視覚野(後頭葉)。成熟がゆっくりと進むのは、推論やイメージなど高度な認知能力を支える前頭前野です。
「聴覚野と視覚野は、生後数ヵ月ごろから環境に応じて刈り込みが始まり、就学期ごろに成熟します。
前頭前野の感受性期は、主に2期あります。第1期が4~5歳ごろから、第2期が15~16歳ごろからです。その後も前頭前野は環境の影響を受けて変化し続け、成熟に達するのは25歳ごろです。
前頭前野は、進化の過程でヒトが特異的に獲得してきた脳の場所です。みなさんのおでこの裏側あたりに位置しています。前頭前野が担うヒト特有の認知能力に『メンタライジング』というものがあります。
メンタライジングとは、簡単にいうと『相手の立場を推論し、自分がふるまうべき行動をイメージする認知能力』です。ヒトは、高度なメンタライジングをもつため、誰かと協力したり、教育したりすることができる不思議な生物です。
チンパンジーの母親は、食べ物の採り方、道具の使い方などを子どもに教えません。ただ『見守る』だけの教育です。よって、チンパンジーの子どもは母親の行動を観察し、試行錯誤を繰り返しながら生きる術を身につけていきます。
しかし、ヒトの子どもはチンパンジーとはまったく異なる環境で育ちます。ヒトの大人は、子どもが知識や技術を習得しやすいよう、積極的にサポートしたり、教育します。ヒトは、きわめて社会的な生物として進化してきたのです」(明和先生)
ここまで脳の発達と育児環境の関係についての解説がありましたが、明和先生は神経質になりすぎる必要はない、といいます。
まずは、育児の日常に親自身が感動し、歓びを感じられること。その思いに導かれながら子どもの目を見て微笑み、抱きしめることが大切だそうです。その当たり前の育児が、ヒトらしい心と脳を健やかに発達させるために必要なのです。
第2回は、パパの育児の関わり方のポイントについて紹介します。
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明和 政子(みょうわ まさこ)
京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、京都大学大学院教育学研究科准教授を経て、現在同教授。日本学術会議会員。「比較認知発達科学」という学問分野を切り拓き、生物としてのヒトの脳と心の発達の原理を明らかにしようとしている。主な著書に、『ヒトの発達の謎を解く─胎児期から人類の未来まで』(筑摩書房)『マスク社会が危ない 子どもの発達に「毎日マスク」はどう影響するか?』(宝島社)など多数。
取材・文/阿部雅美
『今だからこそ必要な“パパ育児”』の連載は、全3回。
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明和 政子
京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、滋賀県立大学人間文化学部専任講師などを経て、現在は京都大学大学院教育学研究科教授。専門は「比較認知発達科学」。 主な著書に『ヒトの発達の謎を解く──胎児期から人類の未来まで』(筑摩書房)、『まねが育むヒトの心』(岩波書店)など多数。
京都大学教育学部卒業。同大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、滋賀県立大学人間文化学部専任講師などを経て、現在は京都大学大学院教育学研究科教授。専門は「比較認知発達科学」。 主な著書に『ヒトの発達の謎を解く──胎児期から人類の未来まで』(筑摩書房)、『まねが育むヒトの心』(岩波書店)など多数。