新生活の疲れが出る5~6月や夏休み明けの9月などに急増する、子どもの「登校しぶり」。そんなとき親はどんな心持ちで子どもと接するとよいのか、「哲学」の観点から考えます。
哲学は、心の内を思考や対話で解きほぐし、人に考えを伝える適切な「言葉」を見つける学問です。教えてくれるのは、哲学研究者で書籍『こども哲学』の監修もつとめる佐藤邦政先生(茨城大学大学院講師)。自分の感情を言葉にしながら深掘りしていくと、ちょっぴり心がスッキリします!
【ギモン】休み明けになると、中学生の子どもが学校に行きたがらなくなります。親はどうすればよいでしょうか?
【ヒント①】子どもが何にストレスを感じているか、原因を考えてみる
佐藤先生:小学生から中学生、中学生から高校生になって新しい学校に通うようになると、当然ながら子どもたちは、これまでとはまったく違う環境に放りこまれることになります。
4月は目の前の状況に対応するのでせいいっぱいになりますが、5月6月と新生活に慣れてくると、「大人の言われたとおりのことをやっていて、何のためになるんだろう」と、今までルーティンでやっていたことに対して疑問を抱き始めます。
私も高校生くらいになってから、「テストで点数を稼いで、自分になんの意味があるんだろう」と思っていました。
私たちが学校でやることって、小学生時代から大きく変わらないですよね。もちろん、中高生になると内容が違ったり高度になったりしますが、勉強のやり方や内容はだいたい同じで先生から教えられる。すると慣れてきて、今それを自分がやる意味みたいなものを求めてしまうのではないかと思うんです。
自分にとっての意味が見出せないと、勉強をがんばろうという気持ちが持てないですよね。勉強したくないのではなく、勉強の意味が知りたい。それがわからないと学校に行く意味もわからないと思ったので、私はときどき学校をサボっていました。
今振り返ると、「活動」と「活動の意味や価値」が自分の中で分離してきて、自分の生き方にとっての「意味や価値」のほうを探して葛藤している状態だったなと。
子どもの立場になると、親にあれこれ手出しされたり、ああしなさいこうしなさいと口出しされたくないでしょう。もちろん「登校しぶり」になる理由はひとつではありませんし、周囲のさまざまな環境によっても違いがあります。
だから初期の対応としては、これまでどおりの生活を続けつつ、「今は、生きる意味を探している真っ最中なんだな」と捉えて、静かに見守るのもひとつの態度かと思います。
【ヒント②】親である自分の「不安」を突きつめて考える
佐藤先生:先ほどは子ども側から考えてみましたが、今度は親の側から考えてみましょう。子どもに「学校に行きたくない」と言われたら、親はどう感じるでしょうか?
「なんで行きたくないんだろう?」「なにか学校であったのかな?」「でも学校のことを聞いても、話してくれないし」……と、疑問や不安が出てくると思います。自分が不安に思っていることを素直に伝えたり、自分がいま引っかかっていることが何かを「言語化」していくことは、大人にとってすごく大切なことだと思います。
あとはやっぱり、子どもと話せる関係があれば、親子で顔を突き合わせて話すことが一番いいですね。そこで自分の不安や引っかかりを言葉にすると、心のなかでモヤモヤしていたものがすとんと落ちてくることもあるはずです。
【結論】「今は生きる意味を探している最中だ」と理解して子どもを見守る
新しい環境で顔見知りがいないと、ほとんどの人は不安な気持ちになるでしょう。そして早く安心できる居場所が欲しいと思い、信頼できる人(友達や恋人)を探すのです。
ドイツの哲学者ホネットは、人にとって、他者から認められていること(承認)がいかに大切であるかを論じています。そのひとつが、親や友達、恋愛関係などによって生まれる「愛による承認」です。
思春期を迎えると子どもには自立心が芽生え、親子関係よりも、友達関係や恋愛関係を大切にする気持ちが強くなります。でも新しい環境でうまく友達関係を築けないままだと、「愛による承認」のパワーをうまく受け取れていない状態になっていると考えられます。
もちろん、愛による承認の形はさまざま。まずは「学校に行きたくない」という、子どもの気持ちを受け止めます。同時に子どもに対する自分の不安や引っかかりがどこにあり、どう表現したらいいのかという自分の気持ちも大切にする。そしてこれまでどおり生活の面倒をみながら、子どもの力を信じて見守るとよいでしょう。
【今回の哲学のヒント】#承認 #アクセル・ホネット
撮影/市谷明美
子育てがちょっとラクになる「こども哲学」連載
「心のモヤモヤ」を哲学で考える〔こども哲学・第1回〕
「やりたいこと」が見つからない?〔こども哲学・第2回〕
「親ガチャ」外れたと言われたら〔こども哲学・第3回〕
対応」へのモヤモヤどうする?〔こども哲学・第5回〕
「我慢しない」人付き合いのヒケツ〔こども哲学・第6回〕
こども哲学
\一生モノの教養が身につく!/
人に自慢し、明日から使いたくなる学問図鑑。これ1冊にこどもから大人まで、正解のない時代に役立つ哲学の知識が盛りだくさん。
有名な哲学者やテーマが短い文章とくすりと笑えるイラストで楽しく学べる。生き方は自由に選べる? 新しいものってどう作る? 世界のすべてがわかる? これからの時代に大事なのは自分で考える力だ!
〈小学上級・中学から・すべての漢字にふりがなつき〉
中村 美奈子
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
佐藤 邦政
茨城大学教育学部社会科教育(倫理学)講師。博士(文学)。研究内容は、不正義の複雑なありようと人間の多面的なあり方を一つひとつ紐解いていくこと。たとえば、私の父は社会的立場の弱い若手同僚や子どもにめっぽう優しく、会社で権力に抵抗を示す正義感がある人でしたが、家では母に厳しく接するときがありました。そんな矜持のあった父の姿が、人間を「こういう人だ」と単純化せず、じっくりと考えつづける今の私の研究関心を形作っています。家では4歳の娘と共働きの妻との3人暮らし。普段、娘に怒られてばかりいますが、そんな喜怒哀楽を表現してくれる娘を誇らしく思っています。
茨城大学教育学部社会科教育(倫理学)講師。博士(文学)。研究内容は、不正義の複雑なありようと人間の多面的なあり方を一つひとつ紐解いていくこと。たとえば、私の父は社会的立場の弱い若手同僚や子どもにめっぽう優しく、会社で権力に抵抗を示す正義感がある人でしたが、家では母に厳しく接するときがありました。そんな矜持のあった父の姿が、人間を「こういう人だ」と単純化せず、じっくりと考えつづける今の私の研究関心を形作っています。家では4歳の娘と共働きの妻との3人暮らし。普段、娘に怒られてばかりいますが、そんな喜怒哀楽を表現してくれる娘を誇らしく思っています。