相手に自分の思いをうまく言葉で伝えられない。どうにも消化できない心のモヤモヤがある。そんなときに助けになるのが「哲学」です。哲学は、心の内を思考や対話で解きほぐし、人に考えを伝える適切な「言葉」を見つける学問。教えてくれるのは、哲学研究者で書籍『こども哲学』の監修もつとめる佐藤邦政先生(茨城大学大学院講師)です。
自分の感情を言葉にしながら深掘りしていくと、ちょっぴり心がスッキリします!
【ギモン】哲学はどんな学問ですか? 哲学を学ぶと良い効果がありますか?
【ヒント①】モヤモヤの正体を言葉で明らかにすると心がスッキリする!
佐藤先生:心のモヤモヤの本質を見抜くのは、哲学が持っている大きな要素のひとつです。
自分でも、なぜ悲しみや怒りを感じているのか、理由がうまく説明できないことがあると思います。そんなときに感情だけで言葉を発してしまうと、トラブルになりやすい。特に現代は、SNSで誰でも手軽に不特定多数の人に向けて発言できる分、感情のままに書いた言葉が、発言者の意図とは違うふうに捉えられて問題になることも多いですよね。
私自身もそうですが、人間はどうしても「感情」が先に出てしまいます。相手が自分の大切な人であれば、自分の感情を勢いのまま出す前に、「本当にこの言葉で、私の考えていることが伝わるかな」、「どんなふうに表現すれば伝えられるかな」と考えるとよいかもしれません。
例えば「怒り」の感情があったら、なにに対して怒っているのか、なぜ怒っているのか、逆にこうだったら怒らなかったかもしれないなどと、いろんな角度から自分の「怒り」について考えます。考えているうちに、「それほど怒ることでもなかったかも」と怒りから解放されるかもしれませんし、「やっぱり怒りが収まらない」と次のアクションに繫がるかもしれません。
抱えていたモヤモヤの中身がはっきりするだけでも、ちょっぴり心の落ち着きを取り戻せると思います。そして、それは大切な人への愛でもあるのです。
【ヒント②】自分や相手の考えをじっくり考えて深掘りする
佐藤先生:哲学にもたくさん種類がありますが、私が専門としているのは「分析哲学」です。分析するものは、自分や相手の考え方。その考えを伝えるために「どんな言葉を使ったらよいだろうか」と考えたり、「もっと良いアイデアがないか」を考えて、そのアイデアの理由とともに提案します。
例えば、1989年の流行語大賞になった「セクシャル・ハラスメント」という言葉があります。「セクシャル・ハラスメント」は、当時のアメリカで起きていた労働問題を表した言葉として生まれました。
セクシャル・ハラスメントという言葉は、望まない性的な嫌がらせを職場などで受けていた女性たちが自分たちの経験を共有し、裁判所に訴え、法廷で争っていたときに、その被害をうまく表現する言葉として定着したとされています。
彼女たちが受けた被害を表すのに「セクシャル・ハラスメント」という言葉がぴったりだと認識されると、同じようなケースについてもこの言葉が使われるようになり、ひとつの事件を指した言葉から、概念になります。概念としての「セクシャル・ハラスメント」が社会に広まると、どうなるでしょうか?
被害を受けたことを人に話すことができず、ずっと心にしまってきた人が「自分も同じだ!」と気づくでしょう。「セクシャル・ハラスメント」という出来事が起きていることや、それで苦しんでいる人たちがいることを知る人も出てくるでしょう。
そんなふうに哲学とは、自分たちの思いや感情を適切にあらわす言葉を生みだすことで、それまで無知だった人間や社会のあり方の一面をはっきりとさせることだと思っています。
それは、今のスタンダードな言葉では語れなかった様々な人々の経験や出来事が社会に伝わる“手助け”になるかもしれません。
言葉を見つけるときには、自分の好き嫌いや感情を大切にしつつも、思いを伝えたい相手のことを想像し、その言葉できちんと自分の真意が伝わるかどうかを考えることが大切なのです。
「セクシャル・ハラスメント」もパッと出てきた言葉ではなく、自分が受けたことをいろんな人とああだこうだと語り合ったり、裁判でどのような表現をするのが適切なのかを弁護士や支援者と対話したりする中で、ようやく見つかってきた言葉です。
【結論】哲学は人の考えを吟味する学問。考えを深めると少し心が落ち着く
「わからない」「説明がつかない」という状態は、人を不安にさせます。自分の感情をじっくりと分析すると「わかる」こともあるので、まずは自分がなにを思っているのか、考えてみることから始めてみましょう。
撮影/市谷明美
子育てがちょっとラクになる「こども哲学」連載
「やりたいこと」が見つからない?〔こども哲学・第2回〕
「親ガチャ」外れたと言われたら〔こども哲学・第3回〕
「登校しぶり」を支える親のケア〔こども哲学・第4回〕
「対応の違い」へのモヤモヤどうする?〔こども哲学・第5回〕
「我慢しない」人付き合いのヒケツ〔こども哲学・第6回〕
こども哲学
\一生モノの教養が身につく!/
人に自慢し、明日から使いたくなる学問図鑑。これ1冊にこどもから大人まで、正解のない時代に役立つ哲学の知識が盛りだくさん。
有名な哲学者やテーマが短い文章とくすりと笑えるイラストで楽しく学べる。生き方は自由に選べる? 新しいものってどう作る? 世界のすべてがわかる? これからの時代に大事なのは自分で考える力だ!
〈小学上級・中学から・すべての漢字にふりがなつき〉
中村 美奈子
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
漫画、アニメ、映画、ゲーム、アイドルなど幅広いエンターテインメントジャンルで記事を書いているライター。漫画家や声優、役者、監督、クリエイターなど、これまでに200名以上へのインタビューを経験。
佐藤 邦政
茨城大学教育学部社会科教育(倫理学)講師。博士(文学)。研究内容は、不正義の複雑なありようと人間の多面的なあり方を一つひとつ紐解いていくこと。たとえば、私の父は社会的立場の弱い若手同僚や子どもにめっぽう優しく、会社で権力に抵抗を示す正義感がある人でしたが、家では母に厳しく接するときがありました。そんな矜持のあった父の姿が、人間を「こういう人だ」と単純化せず、じっくりと考えつづける今の私の研究関心を形作っています。家では4歳の娘と共働きの妻との3人暮らし。普段、娘に怒られてばかりいますが、そんな喜怒哀楽を表現してくれる娘を誇らしく思っています。
茨城大学教育学部社会科教育(倫理学)講師。博士(文学)。研究内容は、不正義の複雑なありようと人間の多面的なあり方を一つひとつ紐解いていくこと。たとえば、私の父は社会的立場の弱い若手同僚や子どもにめっぽう優しく、会社で権力に抵抗を示す正義感がある人でしたが、家では母に厳しく接するときがありました。そんな矜持のあった父の姿が、人間を「こういう人だ」と単純化せず、じっくりと考えつづける今の私の研究関心を形作っています。家では4歳の娘と共働きの妻との3人暮らし。普段、娘に怒られてばかりいますが、そんな喜怒哀楽を表現してくれる娘を誇らしく思っています。