生活での具体的な困りごと
「小学校2年生になっても指を使って計算していたので、つい注意したことがあります。それに、『12時に◯◯へ行く』と分かっていても、ギリギリまで別のことをしてしまう。『30分前の11時半にには着替えて……』と逆算して見通しを立てることができないのです。日程的なスケジュール管理も苦手でした」
他にも、生活の中での困りごとはありました。たとえば、バスに乗ると何故か不機嫌になってしまうのです。原因は、「乗車賃をすばやく計算してその場で小銭を支払う」のが苦手だったからです。
「たとえば180円を払う場合、私たちはお財布の中の小銭を見て『100円玉+50円玉+10円玉3枚』や『50円玉3枚+10円玉3枚』など必要な金額を用意しますよね。しかし、うちの子にとってはその組み合わせをつくる作業が、とても負担だったようです」
さらに、お金そのものの価値を直感的に捉えにくい様子も見られました。
千円札と1万円札の差がイメージしづらく、中学生にとっては大金といえる金額を、好きなフィギュアや洋服にためらいなく使ってしまうこともあったのです。
しかし水木さんの子どもの場合、「勉強が苦手」という単純な話ではありませんでした。
英語など算数以外の教科は得意で、記憶力も良かった。ドリルを繰り返せば算数でもテストで悪くない点数が取れていました。
だからこそ、周囲の大人も「少し算数が苦手なのかな」くらいの認識にとどまっていたのだといいます。
「親ができるサポート」と「知ること」
子どもが発達障害の診断を受けてから、水木さん一家は大きく変わりました。
まず、良い精神科医に出会えました。二次障害に対しカウンセリングや薬などを上手に使い、少しずつ精神的に安定して過ごせるようになり、家庭の空気も落ち着きを取り戻していきました。
同時に、生活の中の“算数障害ならではの困りごと”が明確になり、親が具体的なサポートを考えられるようになったといいます。
たとえば、残り時間を把握するため、残り時間が視覚的に分かりやすいタイマーを使い始めました。
また、カレンダーの「今日」のところに手作りで移動可能な枠をつけ、スケジュールを「見える化」。日付の感覚がつかみやすくなりました。
お金の価値は、好きなものに置き換えて教えました。子どもが好きな漫画は1冊がだいたい700円~800円。「1万円は、漫画が10冊以上買えるくらいの価値なんだよ」と伝えるとイメージしやすくなったといいます。
子どもは通信制高校に進学し、オンラインと通学を組み合わせながら、自分のペースで学べる環境で、新しい生き方ができるようになりました。
「中学校までは『今日は学校に行くの? 行かないの?』と毎朝確認しなければならず、親としても本当にしんどかった。でも通信制高校に入って、その負担が軽くなりました。環境によってこんなにも違うのだと実感しています」
水木さんはこの経験を通して、目に見えない障害を“知る”ことの大切さを強く感じたといいます。
理解されづらい特性が、どれほど本人を追いつめ、どれほど親を悩ませるのか。その気づきが、一人のデザイナーだった水木さんを、ある大きな挑戦へと駆り立てていくのです。
【「算数障害」をテーマにアノマーツ出版の代表・水木志朗さんにお話しを伺う連載は前後編。今回の前編では、我が子が算数障害と診断された体験と、その後の対応についてお聞きしました。次回の後編では、算数障害の専門家による解説とともに、算数障害をテーマにした絵本について伺います】
※【後編】は12月11日より公開
取材・文/中村 藍
写真/柏原 力
【参考】
算数障害とはなにか(日本LD学会)
絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文 ユウコアリサ・絵 熊谷恵子 ・解説)
『算数障害がわかる本 解けない理由と支援のしかた(熊谷恵子 ・監修)
「算数障害」について理解する本
すうじのないまち
\“算数障害”がテーマの絵本/
“算数障害”をテーマに描かれた、不思議なまちの少女との出会いの物語。水木志郎さんが立ち上げた児童書の出版社・アノマーツ出版がおくる、困り事のある子どもと社会を繋ぐ絵本です。巻末には算数障害の専門家・熊谷恵子氏(筑波大学名誉教授)による解説が収録されています。
算数障害がわかる本 解けない理由と支援のしかた
\ひと目でわかるイラスト図解/
【ひと目でわかるイラスト図解】算数のどこでつまずくかは、一人ひとり異なり、その子がつまずいている部分に合わせた支援で子どもの困難を減らせることができます。本書では、「算数障害とは何か」からはじまり、つまずきの原因にあった学校・家庭でのサポート法を図解で紹介します。
子どもの特性に寄り添う絵本・児童文学
発達や特性は人によってそれぞれ違い、1人として同じ子どもはいません。多感な時期の子どもに寄り添う、絵本や児童文学作品を紹介します。
となりの火星人
\困りごとを抱えている子どもに寄り添う/
【対象:小学校高学年以上】他人とのコミュニケーションが不得手なかえで。勉強はできないけれど、自然とまわりに人を集めてしまう湊。湊のせいで私立中学の受験に失敗したと思いこんでいる兄の聡。自分の中に「化けもの」が住んでいるからキレやすいんだと思っている和樹。マイナスの感情が心を占めると息ができなくなって叫び声をあげてしまう美咲。みんな、「困った子」なんかじゃない。「困っている子ども」なんだ。
ぼくの色、見つけた!
\色覚障害をテーマにした物語/
トマトを区別できない、肉が焼けたタイミングがわからないことから、色覚障がいが発覚し苦しむ信太朗。母親は悪気なく「かわいそう」といい、試すようなことをしてくるし、症状を知らないクラスメイトから似顔絵のくちびるを茶色に塗ったことを馬鹿にされ、すっかり自信を失ってしまう。眼科の先生は個性のひとつと言ってくれるけれど、まわりがそうはとらえてくれないし…。
学年が上がり、クラス担任が変わり自分自身に向き合ってくれたことで、信太朗は自分の目へのとらえ方がすこしずつ変わっていくことに気が付く。
たぶんみんなは知らないこと
\第60回野間児童文芸賞受賞作/
「ねえねえ。なに話してるの?そんなふうにいえればいいんだけど、わたしはおしゃべりができないから。」特別支援学校で長く現役教師をつとめながら児童文学作家としても活躍する、福田隆浩氏の感動作。重度の知的障がいのある小五の女の子、発語できない、すずと、お兄ちゃん、同級生、先生、保護者たちなど周りの人をめぐる優しい物語。第60回野間児童文芸賞受賞作。
見えない人と見える人が一緒に楽しめる「バリアフリー絵本」
(黒柳 徹子:原作、 八鍬 新之介:監督・脚本、 鈴木 洋介:共同脚本、 シンエイ動画 )
\黒柳徹子さんの幼少期を描いた作品/
2024年公開の「映画 窓ぎわのトットちゃん」をもとにした、読みやすいストーリーブックを、点字つきさわる絵本にしました。美しいアニメ絵をふんだんに使い、その上に点字と触図を配置しました。ひとり読みだけでなく、読み聞かせにもぴったりです。小学校中学年以上向け。
\点字と触図で楽しめる/
まっくらやみのあらしの夜、オオカミとヤギが繰り広げるハラハラドキドキの物語『あらしのよるに』の面白さを、点字と触図で再発見!たんに親本に点字がついているだけではなく、オオカミとヤギのちがいや、あらしの風雨や雷の様子を、見て・触って・読んで・楽しめる工夫が随所になされています。

中村 藍
1978年宮城県出身。小学校(通常の学級/特別支援学級)・特別支援学校(小学部・高等部)の教員として20年以上にわたり教育経験を積む。退職後、教育関連のWebメディアや雑誌への寄稿・監修、書籍執筆を行う。発達支援や教育DX、不登校、受験などの分野において、教育現場や官公庁、当事者への取材多数。 【URL】 ポートフォリオサイト https://ainakamura.edire.co/ ブログ「てとて~みんなの発達支援相談室」 https://tetote-tama.com 著書『発達障害&グレーゾーンの子 小学校生活の困りごと解決Book 学校の先生が教える!発達が気になる子のための困りごとヒント1』 https://amzn.to/3GVGKii
1978年宮城県出身。小学校(通常の学級/特別支援学級)・特別支援学校(小学部・高等部)の教員として20年以上にわたり教育経験を積む。退職後、教育関連のWebメディアや雑誌への寄稿・監修、書籍執筆を行う。発達支援や教育DX、不登校、受験などの分野において、教育現場や官公庁、当事者への取材多数。 【URL】 ポートフォリオサイト https://ainakamura.edire.co/ ブログ「てとて~みんなの発達支援相談室」 https://tetote-tama.com 著書『発達障害&グレーゾーンの子 小学校生活の困りごと解決Book 学校の先生が教える!発達が気になる子のための困りごとヒント1』 https://amzn.to/3GVGKii






































水木 志朗
雑誌・書籍デザイナー。1976年、北海道生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。デザイン事務所で勤務後、2009年に独立。不登校、発達障害の子育て、両親の認知症介護などを経験。 2025年、困り事のある子どもと社会をカルチャーで繋ぐ児童書の出版社「アノマーツ出版」を設立。算数障害をテーマにした絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文、ユウコ アリサ・絵)を刊行。
雑誌・書籍デザイナー。1976年、北海道生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業。デザイン事務所で勤務後、2009年に独立。不登校、発達障害の子育て、両親の認知症介護などを経験。 2025年、困り事のある子どもと社会をカルチャーで繋ぐ児童書の出版社「アノマーツ出版」を設立。算数障害をテーマにした絵本『すうじのないまち』(濱野京子・文、ユウコ アリサ・絵)を刊行。