ストレス解消や腸活に「森遊び」がまさかの好影響 最新技術でわかった「森の効能」を森林ライターが解説
森が引き出す子どもの可能性『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』浜田久美子1/3
2024.08.10
作家:浜田 久美子
多様な腸内環境をつくってくれる「菌」
「でも、いい菌がたくさんあったほうがいいに決まっている」と思うのは大人の常。良いと言われる菌のサプリメント、食材のお勧めコマーシャルを見聞きしない日はありませんし、腸活を実践する人は多いことはまちがいありません。
無菌を目指すのとはベクトルが違いますが、こちらも熱心になりすぎると「良い」と言われるものをせっせと取り込んでしまいがちです。でも、現在わかっているのは、腸内環境は一人一人個性があってすべて違うこと、どれか一つの菌が良いというよりは、相性のように菌同士の組み合わせによってプラスマイナスが変わること、など単純な話ではないのでした。
そんな中、唯一はっきりしていることがありました。それは、「超」健康と言われる人たちの腸内環境を調べることでわかったことですが、超健康な人たちの腸内環境は実に多様な菌がいる、ということが共通だったのです。これらは医師の桐村里紗さんがその著書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)の中で紹介している話です。
「あー、だめ触っちゃ!! 汚い!」とついつい子どもたちに言いたくなる場面が山ほどありますが、これからの長い人生を歩く子どもたちには、免疫力と回復力の高い腸内環境を育ててあげることが大切です。そのためには、滅菌やいい菌だけを取り込むのではなく、「多様な腸内環境」を目指したほうがいい、というわけです。
森は多様さの象徴です!
桐村さんは著書の中で、農薬と化学肥料を大量に使う今の農法で作られる食材には土からの栄養を取り込むことがもはやできていないこと、その食材を食べる私たちが健康にはなりづらいことを指摘し、環境と人間の両方を連動して再生する必要を説いています。そこにどうして森が出てくるのかと言えば、森はいわば健康で多様な土のモデルとなるからです。
木々があるところでは、必ず草や鳥、動物に虫などさまざまな生命が寄ってきます。生きていたこれらの生物たちが枯れたり死んだりすれば、それらを分解する小動物と菌の出番です。死んだものは分解されて土となり、また次なる生物たちを育むのです。それが途絶えることなくめぐり循環することに、森の生態系としての真骨頂があります。死は終わりではなく、次の生につながる場所、それが森です。
といっても、森にもさまざまな状態があり、よく知られるスギやヒノキなどの人工林では、多様な生き物の循環とはなりえません。人工林が悪いという意味ではなく、単一さを追求するとどうしても失われるのが多様さである、ということです。そう、私たちの腸内環境のありようもまさに同じでした。潔癖なまでに滅菌しようとしたり、逆にいいと言われるものだけを摂ろうとしたりして偏ることがマイナスで、多様さ、これが鍵でした。
気持ちいい、を目安に
腸はストレスの影響を強く受ける臓器であることが知られていますが、森にはストレスを緩めて、リフレッシュする癒やし効果があることは冒頭に書きました。前述の森林療法の研究者、上原さんがそこで強調しているのは、自分の感覚、自分の気持ち良さが最重要になることです。
「森に行くとこういう効果がある、と頭で思い込む人が多いのですが、虫が嫌だ、ボウボウと茂っていて怖い、など行った森を本当に気持ちよく思うかどうかは人それぞれなんです。手入れがされていないと多くの人は気持ちよく感じません。どんな森でも行けば癒やされる、というのではなく、自分が気持ちいい、いたいというところでいいんですが、なぜか日本人は認証されているとか、お墨付きがないといけないように思い込んでしまいがちですねぇ」と短絡的な効果効能を掲げることと、それを鵜吞みにして自分の感覚に従わないこと、の両方を心配します。
「コロナが激しかったときに大学の近くの砧公園をよく観察していたのですが、かつてないほどの人が来ていて、そして、圧倒的に多くの人が、森と芝生がちょうど境になっているようなところにいようとするんです。公園には森のような樹林帯があるのですが、その中にはあまり人は入っていないんですよね。開けているところが本能的に安心なのでしょうね。でも、木がそばにある、そんなような場所がとても人気だとよくわかりました」と言いました。
何を気持ちよいと感じるかは、本当に千差万別で人それぞれです。親子であっても子どもの痛みを代わってあげられないのと同じく、感覚は、どうしたって一人一人固有であることを私たちは忘れがちかもしれません。だからなおさら、自分が気持ちよく感じる森、森に近い場所──公園でも、校庭でも、庭でも──を持っておくことをお勧めしたいのです。お子さんがリラックスしたり、のびのびしていたり、キラキラした表情の場所、そこにいたがるかどうか、がヒントになるはずです。
なんか不調、のときこそ
博報堂生活研究所がさまざまな分野の未来予測を出していますが、2030年には世界の疾病のトップにうつ病がなると予測しています。引用元:博報堂未来年表
誰もが一生のうちにはなんらかの事情でうつ状態になりうる可能性が高い中、自分の気持ちのいい場所、癒やされる場所、を持っておくことは命に関わるほど大きな意味を持ってきます。
うつ病になってしまってから治療を受けて回復するのは、残念ながら大変時間がかかることを専門家は指摘しています。発症が赤信号だとすれば、そうなる前の黄色信号のときに、私たちの身体は自然の力に感応しやすい、という指摘を静岡県は伊豆高原で「やすらぎの里」という断食とリトリート施設を経営している整体師の大沢剛先生の取材で聞いたとき、なるほどとうなずいたことがあります。
うつ病はある日突然なるのではなく、不調感、気分の沈みなどが続いてなりますが、そのときに心身が「気持ちいい」と思える場所に出かけることは本格的なうつ病になることを防いでくれます。
だから「あそこに行くと気持ちが良くなる、なんだかいい」この感覚の記憶を子どもたちに持たせてあげることは、これからの長い人生を歩く子どもたちに大人がしてあげられる贈り物の一つだと私は考えているのです。
そしてもし今、お父さんお母さんが「なんだか気分がすぐれない」状態にいるとしたら、ご自分のためにも、「気持ちのいい、自分の好きな自然」に出かけてみてください。思い浮かぶ場所がなければ、まずは身近な公園や木々のあるところへ。緑の色や風を感じたり、木の幹や葉に触れたり。自分がどんな感じになるのか、「感じ」に少し焦点を当てるだけで、私たちの内側には違いが出てきます。
「感じる」ことこそ大切!
「知ることは、感じることの半分も重要ではありません」。
そう言ったのは、『沈黙の春』(新潮社)の著者、レーチェル・カーソンです。農薬の使用が自然に及ぼす危機を告発したこの本は、今に至る環境保護運動の始まりとなったとも言われますが、カーソンはまた、子ども時代の自然体験がどれほど重要であるかを伝えた人としても有名です。
「知ることは……」は『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)の中に出てくる一節ですが、60年以上前に書かれたものではありますが、AI時代となるこれからの社会を生きる子どもたちにとって、これほど大切なメッセージはありません。「感じる」は徹底的に自分ごとです。誰かの代わりがききません。そして「感じる」力はAIにはありません。情報を駆使して「感じる」を表現することは可能ですが、AIそのものが「感じる」ことはできません。
そんな人間を人間たらしめる「感じる」ですが、さまざまなストレスがかかる現代では、無意識のうちに私たちは自分の「感じる」を遮断してやり過ごすことに長けていきます。音、臭い、見たくないもの、聞きたくないもの……さまざまな不快・辛さを感じないようにするのは、自己防衛です。意識的、無意識的に私たちはそれをして日々過ごしているのです。
知らないうちに感覚遮断を続けるうちに、いつのまにか「感じない・感じにくい」が当たり前になってしまう危険がある今の時代、ときに意識的に「感じる」を解放することはとても重要です。特に、子ども時代は、自分の気持ちいい、心地よさをしっかり身体で体得させてあげたい時期です。それは自分の安心・安全をはかるバロメーターとなるからです。
安心でなければ、思い切り学ぶことも遊ぶこともできません。どんなに能力を持っていても、発揮できないことになりかねません。安心して「感じる」ことができる場所、それは遠くの森や海や川でなくてもいいのです。まず、身近な庭や校庭や、公園などを手掛かりにして、ときに本物の大自然に浸りに行く──そんな習慣が子どもたちの「感じる」を育みます。子どもと一緒に、大人も「感じる」ことにフォーカスしてこの夏を体験してみるのはいかがでしょう。
2回目を読む。
3回目を読む。
(※2回目は2024年8月24日、3回目は8月31日公開。公開日までリンク無効)
浜田 久美子
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。
東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。 精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。2000年から長野県伊那市と東京三鷹の二ヵ所に暮らす二住生活中。『森をつくる人々』『木の家三昧』(コモンズ)、『スウェーデン森と暮らす』『森がくれる心とからだ』(全国林業改良普及協会)、『森の力 育む、癒す、地域をつくる』(岩波新書)、『スイス式森の人の育て方 生態系を守るプロになる職業教育システム』(亜紀書房)、『スイス林業と日本の森林』(築地書館)、『水はどこからやってくる?』(講談社)など著書多数。