“マザーキラー”子宮頸がんを予防「HPVワクチン」の効果・副作用・早期接種の疑問に専門医が回答
HPVワクチンにまつわる疑問をスッキリ解消 #1
2023.11.03
日本での接種率と副反応について
──海外ではHPVワクチンが普及するなか、日本だけは接種が進まなかったと聞きました。その理由について教えてください。
稲葉:日本ではHPVワクチンの定期接種が始まった直後から、ワクチン接種後に生じたとされる症状について偏った報道が行われ、危険なワクチンという誤った認識が広がりました。そのため接種が始まってわずか2ヵ月で、厚生労働省は積極的勧奨を一時差し止めました。
これによって、日本ではワクチン接種率が1%未満にまで低下し、ほとんどの女性が接種機会を逃すことになってしまったのです。
──実際には、HPVワクチンの副反応は恐ろしいものではないのですか?
稲葉:はい。もちろん、HPVワクチンも他のワクチンと同様に、接種後の副反応は起こる可能性があります。しかし、ほとんどは「軽い痛みや腫れ、頭痛」などの一時的な症状です。
皆さんが心配しているような、失神したり歩けなくなったりという症状については、HPVワクチンとの因果関係は示されていません。なぜならば、そのような症状が「ワクチンを接種した人も、していない人も、同程度で起こる」ことが、研究で明らかになっているからです。
2015年に名古屋市で、3万人を対象とした大規模調査が実施されました。この調査では、月経不順や頭痛、だるさ、体の痛み、集中力や記憶力の低下、めまい、過呼吸、手足の脱力など24の症状について、ワクチンを接種したグループと接種していないグループで比較しています。
その結果、24すべての症状において、ワクチン接種後に症状が増える結果は得られませんでした。
──それなら、どうしてさまざまな症状が起きたのでしょうか。
稲葉:これは、HPVワクチンが誕生する前から知られている「機能性身体症状」という症状や、予防接種への不安などが原因で生じる「接種ストレス関連反応」が原因と考えられています。
機能性身体症状とは、勉強や友人関係、学校生活、家庭生活など、さまざまなストレスで引き起こされる身体症状のことです。特に、思春期によく起こることが知られています。
2クラスに1人の割合で子宮頸がんになる
──副反応のリスクと子宮頸がんのリスクを比べると、どちらがより恐ろしいのでしょうか?
稲葉:HPVワクチンを接種した後に、失神や全身の痛み、歩行障害などの重い症状が起きた割合は、1万人あたり5人程度とされています。また、その中の約9割の人は回復しています。
これに対して、一生のうちで子宮頸がんになる人の数は1万人あたり132人、子宮頸がんで亡くなる人は1万人あたり30人です。
つまり、2クラスに1人は子宮頸がんになり、10クラスに1人は子宮頸がんで命を落としているのです。
子宮頸がんは20~30代の女性に多く、子宮頸がんのために子宮を失ったり命を失ったりする人もいます。子どもが小さいうちに亡くなることもあるため、海外では“マザーキラー”と呼ばれています。また、晩婚化が進む日本では、結婚や妊娠前に子宮を失ってしまうことも珍しくありません。
私は産婦人科医としてだけではなく1人の女性としても、子宮頸がんで苦しむ女性を1人でも減らしたいですし、HPVが引き起こす病気は予防できることをぜひ知ってほしいと願っています。
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この記事のまとめ
HPVワクチンとがん検診の普及によって、世界では「子宮頸がんの撲滅」が視野に入ってきた国々もあるなか、日本では、子宮頸がんやその前段階のがん病変の患者さんが減る兆しがありません(※)。
新型コロナウイルス感染症が蔓延したとき「正しく知って正しく恐れる」ことが大切だと言われました。
HPVワクチンに関しても、まさに「正しく知る」ことが、私たち自身の身を守るのではないでしょうか。
(※HPV起因の子宮頸がん発生率、日本はG7で最下位・G20でワースト5位。[HPVに起因する子宮頸がん症例の年齢標準化発生率「HPV Information Centre」2021年10月発表])
【「HPVワクチンにまつわる疑問をスッキリ解消」連載は全3回。「HPVワクチンの基礎知識」を解説した第1回に続き、第2回では「ワクチンで防げる病気・ワクチンを打っても健診が必要な理由」、第3回は「男性にもHPVワクチンが必要な理由・現状」を、それぞれ詳しく掘り下げて解説します(第2回・第3回は2023年11月に配信予定)】
参考・引用・出典
厚生労働省「HPVワクチンについて知ってください」
子宮頸がんとその他のヒトパピローマウイルス (HPV)関連がんの予防ファクトシート 2023公開
みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト
取材・文/横井かずえ
イラスト・図表/山口陽菜
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
稲葉 可奈子
産婦人科専門医・医学博士。京都大医学部卒、東京大大学院博士課程修了。関東中央病院産婦人科医長。HPVワクチンの接種が進まず、多くの女性が子宮頸がんで苦しむのを見て「産婦人科医としてこのまま見過ごすことはできない」と「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」を設立。産婦人科医や小児科医、公衆衛生の専門家らと正しい情報の周知活動に取り組んでいる。
産婦人科専門医・医学博士。京都大医学部卒、東京大大学院博士課程修了。関東中央病院産婦人科医長。HPVワクチンの接種が進まず、多くの女性が子宮頸がんで苦しむのを見て「産婦人科医としてこのまま見過ごすことはできない」と「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」を設立。産婦人科医や小児科医、公衆衛生の専門家らと正しい情報の周知活動に取り組んでいる。