「僕も死にたいと言っていた」過酷すぎる小児科医の働き方 ふらいと先生が明かす
小児科医・今西洋介先生に聞く「医師の働き方改革」 後編 救急医療や小児医療、お産への影響を懸念
2024.04.02
小児科医・新生児科医:今西 洋介
2024年4月からスタートする「医師の働き方改革」。背景にあるのは、全業種で最も労働時間が長いとされる過酷な医師の勤務状況と、それによって医師や患者自身の健康も脅かされている現状です。
「医師の働き方改革」がスタートすれば、医師の長時間労働が改善される反面、患者にとっては救急外来や休日夜間の診療が縮小したりなど、子育て中の私たちにも医療の受け方に変化がおよぶ可能性もあります。
後編では、一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事で、小児科医・新生児科医の今西洋介先生に医師の働き方改革と患者への影響、医療を守るために患者ができることをお話しいただきました。
(全2回の後編。前編を読む)
今西洋介(いまにし・ようすけ)
小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。
SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。
X(旧Twitter)ではふらいと先生(@doctor_nw)としてフォロワー数は14万人。
目次
過重労働が日常の医療現場
医師の労働環境は、本当に過酷です。
今は少しずつ働き方改革が進んできて、当直明けの日は休みの病院も増えてきましたが、以前は月に160時間の残業をこなすなどはごく一般的でした。
しかし、これが良い状態だとは思えません。前回でも話しましたが、過重労働で疲弊した医師は約8割が重大な事故の一歩手前の「ヒヤリ・ハット」を経験しているなど、医師の健康も患者の安全もどちらも脅かされているからです。
このような働き方は、病院内だけの取り組みではなかなか変えることができません。ですから今、外部からの働きかけによって医師の労働環境が変わっていくことは歓迎すべきだと感じています。
その一方で、医師の働き方改革がスタートすれば、今後は受診の仕方などにも影響が出る可能性が指摘されているのです。
医師の働き方改革によって考えられる影響のひとつは、救急医療や産婦人科医療、小児医療など多くのマンパワーを必要とする診療科への影響です。これらの診療科は、他の診療科よりも特に多くの医師が必要です。
救急医療は24時間体制で患者を受け入れなければなりませんし、お産も昼夜を問わずいつ始まるか分かりません。また、小児科については、子どもを診られるのは小児科医しかいないので、どうしても人数が必要になります。
医師がこれまでのように長時間労働をできなくなることによって、これらの診療科を中心に、特に休日夜間などはこれまでどおり患者が受診できない事態も想定されているのです。
「救急の縮小・撤退」「お産などの縮小・撤退」を懸念
実際に、日本医師会が2023年に行った調査によれば、医師の働き方改革によって心配されることとして、3割超の病院が「救急医療体制の縮小・撤退」と答えていました。
また、入院のためのベッドを持つ診療所の約2割が「周産期医療体制の縮小・撤退」、つまりお産を引き受けられなくなる可能性があると回答しています。
さらに、病院も診療所もどちらも約1割超が「小児医療体制の縮小・撤退」とも回答していました。
こうしたことによって、地域でお産ができなくなったり、子どもが夜間に熱を出したときに診てもらえなくなったりする可能性が指摘されています。
例えば、子どもが夜中に熱を出したとき受診する、休日夜間診療があります。今は地域ごとに休日夜間診療所などが設けられていて、夜中でも体調不良になったら診てもらうことができます。しかし、今後はそれぞれの地域で持っていた休日夜間診療所を、複数の地域で1ヵ所に集約するなどが考えられます。
なぜなら、こうした夜間診療所の多くは、大学病院などから派遣された医師が診療しているからです。働き方改革で医師の労働時間に上限ができると、大学病院はこれまでどおりに地域へ医師を派遣できなくなる可能性があります。そのため、休日夜間診療所の運営も縮小せざるを得なくなるかもしれないのです。
地域でお産ができない!? 海外ではバースセンターを作って医療を集約化
もちろん大学病院からの医師だけではなく、地域の医師会なども休日夜間診療を行っていますが、それだけですべての医療ニーズに対応することはできません。なぜなら今、小児科医は急速に高齢化が進んでいるからです。
小児科医の平均年齢は、全国で見れば50代です。私が診療をしている大阪の堺市を例に挙げれば、小児科医会会員の平均年齢は約68歳です。夜間診療は体力勝負ですから、高齢の医師が担当することは困難です。
このように考えると、今後は休日夜間診療所が縮小する可能性が考えられます。いきなりなくなるということはないでしょうが、少しずつ時間を短くしたり、より広い地域で1ヵ所に集約するなど、今までより不便になることは十分に考えられます。
これはお産も同様で、住み慣れた自分の地域でお産ができないケースが今後は増えてくるかもしれません。実際に、地域によってはすでにこうした状況が現実になっていて、地元でお産ができる体制を確保することが、地方議員の選挙公約になったりもしているのです。
こうした背景から、今後は医療の集約化が進む可能性がある、と私は考えています。すでに海外ではそのようになっていて、バースセンターというお産や新生児医療などを行う巨大なセンターがあり、センターでは出産だけをして、その後のケアは地域へ帰って行うようなスタイルが一般的になっているのです。
産婦人科や小児科に限ったことではありませんが、日本は病院の数が多すぎるため病院ごとでみると医師の数が足りなくなり、そのせいでマンパワーが足りなくなっているという傾向があるのです。
娘たちが起きている顔を見た記憶がない後期研修医時代
このように、医師の働き方改革をきっかけに少しずつ、医療提供体制が変わっていくことが考えられます。しかし、そもそもこの制度ができたのは、働く医師の健康を守り、ひいてはそれによって患者自身の健康を守ることが目的であることをぜひ知っていただきたいと思います。
私自身、今から10年以上も前に地方のNICU(新生児集中治療室)で後期研修をしていたころ、ひどいうつ状態でした。妻の話では、天井に向かって何度も「死にたい」と言っていたそうですが、自分ではまるで覚えていないのです。
その病院は完全主治医制で、朝の7時~19時まで勤務し、19時にいったん解散した後に22時に再集合して検査結果などを評価して、午前0時過ぎに解散。病棟の回診は夜に行う体制になっていて、これを平日だけではなく土日も含めて365日行っていました。
解放されるのは、1年に1回の夏期休暇3日間のみです。しかも新生児医療は常に生死と隣り合わせ。一時たりとも心が安まることはありません。私には娘がいますが、このころ、起きている娘たちに会った記憶はほとんどありません。妻は、私が新生児科医を目指すと告げたとき「母子家庭を覚悟した」と言っていました。
その後、完全シフト制を採用している病院に移り、大阪で有名な女性の診療部長(その後の上司)と知り合い、新生児科医としては異例の育児休業も取らせてもらえました。
しかし、私はこのつらかった経験を美談にしてはならないと感じています。個人の犠牲になり立つ医療の未来など、明るいはずがないからです。
医師の働き方改革は、変化の過渡期には患者が不便を感じることもあるかもしれません。しかし、その先に明るい未来が来ると私は信じています。そのためには、患者自身もできる範囲で医療資源を守るために協力してほしいと思います。
患者にできることとは?
例えば、『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!』では、患者に対して次のようなことを提案しています。
◯患者の様子が普段と違う場合は「信頼できる医療情報サイト」を活用し、まずは状態を把握する
◯夜間・休日に受診を迷ったら#8000や#7119の電話相談を利用する
◯夜間・休日よりも、できるだけ日中に受診する
(夜間・休日診療は、自己負担額が高い、診療時間が短い、処方が短期間など、デメリットを知る)
◯抗生物質はかぜには効かないことを知り、抗生物質をもらうための受診は控える
◯看護師や薬剤師など、医師だけではなく上手に「チーム医療」のサポートを受ける
患者側も正しい知識を持つことで、「いつでも」「どこでも」病院を受診できる日本のすばらしい医療制度を守ることができればいいと願っています。
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「医師の働き方改革」後編では、日本の医療が医療従事者の自己犠牲の上に成り立っている側面があることや、このままでは住み慣れた地域でお産や救急医療が受けられなくなる可能性があることを教えていただきました。
医師のバーンアウトによって必要な医療が受けられなくならないように、私たちもできることから取り組んでいきたいと思います。
取材・文 横井かずえ
「医師の働き方改革」は全2回。
前編を読む
【参考】
◯公益社団法人 日本医師会「医師の働き方改革と地域医療への影響に関する 日本医師会調査結果」
◯厚生労働省『「いのちをまもり、医療をまもる」国民プロジェクト宣言!
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
今西 洋介
小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw
小児科医・新生児科医、小児医療ジャーナリスト。一般社団法人チャイルドリテラシー協会代表理事。漫画・ドラマ『コウノドリ』の取材協力医師を努めた。 NICUで新生児医療を行う傍ら、ヘルスプロモーションの会社を起業し、公衆衛生学の社会人大学院生として母親に関する疫学研究を行う。 SNSを駆使し、小児医療・福祉に関する課題を社会問題として社会に提起。一般の方にわかりやすく解説し、小児医療と社会をつなげるミドルマンを目指す。3姉妹の父親。趣味はNBA観戦。 最新著書『新生児科医・小児科医ふらいと先生の 子育て「これってほんと?」答えます』(西東社) Twitterのフォロワー数は14万人。 Twitter @doctor_nw