【脳出血で入院4ヵ月】 働く2児ママが「社会復帰」に向け料理・運転・仕事の復活へ

脳出血で緊急入院!【萩原はるな:ワンオペママの闘病記】#5 ~退院後の生活に向けての準備編~

ライター:萩原 はるな

右足に麻痺が残ったママ。元気な左手と左足での車の運転練習にトライしますが……。  イメージ写真:PantherMedia/イメージマート

ある日突然、脳出血で倒れてしまったフリーライターのママ(48歳)。パパと小学生の子ども2人を家に残し、一人きりの入院生活も約4ヵ月になりました。

ママの入院で、突如、ワンオペ育児に悪戦苦闘するパパの奮闘記
(※1はすでにお伝えしましたが、病に倒れたママ当人は、一体、どんな思いで過ごしてきたのでしょうか。
※1=妻が脳出血! 戦力外パパと2児の奮闘記(全6回)

入院中の悲しすぎる出来事だった実父の死、子どもたちとの3ヵ月ぶりの再会を経て、退院後の生活の手応えを少しつかんだママ。料理、運転、仕事それぞれの再開に向けて、着々とリハビリ&準備を進めていきます。
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同室の脳卒中仲間が続々と退院!

入院中、突然亡くなった父にお別れを告げるため、病院の厚意で一時外出が許された私。外出後、コロナ対策の隔離期間を経て、めでたく4人部屋に戻ることができた。

同室のメンバーは40代が2名、30代が1名と、かなり若めのラインナップ。全員、私より少し早い時期に入院した先輩ばかりだ。

脳卒中とひとくくりにいっても、脳出血や脳梗塞、くも膜下出血と倒れた病気はまちまちで、症状も後遺症も本当に人それぞれ。

脳卒中の後遺症は、脳の右側、左側どちらに梗塞や出血が起きたかによって大きく変わる。さらには倒れてから処置するまでにかかった時間、年齢、損傷を受けた脳の場所や範囲によっても症状が違う、本当に十人十色の病気なのだ。

4人それぞれ仕事や家族があり、突然思いがけなく倒れたことも共通点。お互いの存在は、リハビリや社会復帰への大きな励みになっていた。

なかでも一番症状が軽く、ずいぶん前から車イスも杖も卒業していたAさんが、ついに退院することになった。彼女の最後の夜は、みんなでお茶やジュースで乾杯し、「おめでとう!」「どんな生活が待っているか教えてね」などと言いながらささやかな送別会を開いた。

それから約1ヵ月後、もう一人の40代女性も退院。いつもの見慣れた部屋着ではなく、ちょっとおしゃれな服を着て、メイクもバッチリして笑顔で退院していった。

そして11月も半ばに差しかかったころ、私の退院日が決定。12月10日の金曜日に、5ヵ月近くに及んだ、長い長い入院生活が終わることになった。

退院後は、家族の元に戻っての生活が始まる。具体的な日にちが決まったことで、私の周辺は急に慌ただしくなった。

足の型をとって、職人が私にぴったりの装具を作ってくれた。どんなタイプがいいか、長さや強度は……と、担当の理学療法士やドクターたちが試行錯誤を重ね、オーダーメイド装具が完成。  写真:萩原はるな

退院後のためにネットでポチったものとは

日常生活に戻るにあたり、私には3つのマストがあった。リハビリ病院に入院した当初、ドクターや理学療法士、作業療法士たちに宣言した目標は、「料理」「運転」「仕事」。

「一歩も歩けず、手の指もピクリとも動かないのに、何を言ってるんだと思ったでしょう」と後になって担当の作業療法士に聞いてみたところ、「いいえ、そうやって具体的な目標を言ってもらったほうが、リハビリ計画が立てやすかったです」と言ってくれた。なるほど。それならよかった。

最初の目標・料理だが、私は自分でも「なんでそんなに好きなのか」と思うほどの料理好き。仕事が忙しいときほど、凝った料理が作りたくなるから困ったものだ。

というわけで、少しずつ右手が動くようになってからは、目玉焼きやグリルトマトなど、簡単な料理に挑戦させてもらっていた。作業療法室にはキッチンがあり、リハビリで日常動作の練習ができるのだ。とはいえほぼ片手での作業なので、野菜を切ったり卵を割ったりするのはひと苦労。

そこで退院後のために、ヒモを引っ張ればみじん切りができる調理器具「チョッパー」を購入。これさえあれば、ハンバーグやスープなど、いろいろ作れるはずだ。子どもたちも喜んで引っ張ってくれるに違いない。

リハビリ初料理はベーコンエッグ。なんとか、右手を添えながら左手で卵が割れて感動。毎朝、子どもたちに作っていたのと同じ調理法で作る。ただ、フライパンから皿に移すのが大変だった。  写真:萩原はるな
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