学校で話せず不登校に… 「場面緘黙症」の娘が人気パティシエになるまで 母が挑んだ“子育ての学び直し” 

「みいちゃんのお菓子工房」代表・杉之原千里さんインタビュー#2「不登校が生んだ居場所と夢」

みいちゃんのお菓子工房 代表:杉之原 千里

お菓子作りを始めた4年生のころのみいちゃん。「独学で、どんどん腕をあげていった」と母親の千里さんは話す。  写真提供:杉之原千里さん

滋賀県近江八幡市に建つ小さなケーキ屋「みいちゃんのお菓子工房」。パティシエを務めるのは、特別支援学校高等部に通う16歳のみいちゃんこと、杉之原みずきさんです。

みいちゃんは家では普通に話せるけれど、学校などでは話せなくなる「場面緘黙(ばめんかんもく)症」とともに生きる女児。工房は彼女の夢を叶えるために、家族が建てた“みいちゃんの居場所”です。

小学6年生(2020年)で始めたお店は、現在月に6回ほど不定期でオープン。ショーケースには、みいちゃんオリジナルのスイーツが並び、行列ができることもあります。

お菓子作りとの出会いから工房オープン、娘が娘らしく生きるための「子育てのアンラーニング」について、母親である杉之原千里さんに伺いました。

※2回目/全2回(#1を読む

杉之原 千里(すぎのはら・ちさと)PROFILE
小さなケーキ屋「みいちゃんのお菓子工房」代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、ケーキ屋のオーナーとして、「場面緘黙症」と「自閉スペクトラム症」を持つみいちゃんをサポート。「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。

みいちゃんのお菓子工房代表の杉之原千里さん。  Zoom取材にて

「不登校」の自由がもたらしたもの

杉之原みずきさん(愛称:みいちゃん)が「場面緘黙(ばめんかんもく)症」および「自閉スペクトラム症」と診断を受けたのは就学直前だった6歳のとき。

小学校の入学式では入場行進ができず、翌日から校門に入ると体が動かない、靴が脱げない、声が出ない、字が書けない、給食も食べられない「全介助の状態でした」と、母親の杉之原千里さんは振り返ります。

小学2年で特別支援学級へ転籍し、サポートを受けながら少しずつできることが増えていったみいちゃんですが、4年生になると登校をしぶり始め、3学期で不登校に。

千里さんは、社会とのつながりを保てるようにと、みいちゃんにスマホを与えます。これが大きな転機となります。

小学校では、お茶を飲むこともできなかったため脱水症状を起こすこともよくあったという。  写真提供:杉之原千里さん

「学校に行かなくなると、自宅で自由に体が動く時間が増え、スマホで料理やお菓子のレシピを自ら検索。次々と作るようになりました。『これ作りたいから材料買ってきて』と毎日言われましたね(笑)。

自分で作ったスイーツをインスタグラムにアップすると、『いいね』もついた。これは、すっごくうれしかったと思います。できないことが多すぎて、人から褒められる経験がほとんどなかったですから。『自分の時間を取り戻した!』という感覚じゃないかな」(千里さん)

「いきいきと好きなことに取り組む娘の姿に、学校へ行くことだけが正解なのかと考えさせられました」(千里さん)  写真提供:杉之原千里さん

学校へ行かなくなってから数ヵ月後、みいちゃんは「お友達にお菓子をプレゼントしたい」と千里さんに相談します。

それならばと、あえて「みいちゃんのいちご便」と名付けてワクワク感を演出。これが社会復帰のきっかけになるようにという千里さんの願いもありました。

「いつもありがとう」の気持ちを込めて作ったお菓子を持ってお友達の家を回り、さらには学校へも足を運び、先生にも「みいちゃんのいちご便」を届けることができたのです。

パンダチョコやスノーボールなどが揃う、第1号「みいちゃんのいちご便」。  写真提供:杉之原千里さん

自由に動けて、自分らしくいられる場所(家)で、いきいきとスイーツ作りに励むみいちゃん。そんな娘の姿を見て千里さんは「スイーツは娘にとってコミュニケーションの手段であり、スイーツ作りは娘の居場所ではないか」と考えるようになります。

「子育てのアンラーニング」で価値観を一度手放す

いつ話すのか、なぜ話さないのか、何度も不安や焦りに押しつぶされそうになったという千里さんですが、ある考え方にたどり着いたことで気持ちがラクになったと話します。

「当初はいかに克服させるかを考えていました。話せるまで何年もかかるかもしれないのに、親はあせって明日にでも克服させようとしてしまう。でも、それって親も子もしんどいですし、『今』を否定することになると、あるとき気がつきました。

話せない存在をそのまま肯定してあげる。そして、スイーツ作りという“声ではないコミュニケーションの取り方”を極めていこうと考え直しました。これまでの価値観や経験を一度手放して新しく学び直す『子育てのアンラーニング』です」(千里さん)

それからは、克服させようという考えは一切消えたという千里さん。将来の就労の不安もありましたが、とにかく“今やりたいこと”をやらせてあげようと考えたといいます。

「場面緘黙症の治療には薬を用いることもありますが、『好奇心』に勝る薬はないと考えています。ワクワクする気持ちが、不安や緊張をもやわらげる。

好奇心にあふれる小学生の時期に、『好きなこと』や『個性』をいかに伸ばしてあげられるかが大切だと身をもって感じました」(千里さん)

みいちゃんがワクワクする場面を作り出そうと、千里さんはマルシェでの販売を提案。さらに6年生の春からは、近所の空きスペースを借りて月に1回スイーツカフェを開きました。

みいちゃん自身でメニューを考え、ケーキプレートには「チョコペンアートをしたい!」という要望も。スイーツカフェの調理場では、話すことはできずとも自由に動くことができたといいます。

スイーツカフェで提供したケーキプレート。チョコペンアートもかわいらしい。  写真提供:杉之原千里さん
「白くまさんの苺ケーキ」。スイーツはコミュニケーション手段のためか、表情をつけることも多いという。  写真提供:杉之原千里さん

「私も仕事をしながら3人の子育てで手いっぱいやし『全部まかすわ』と、本人の好きにやらせたのもよかったのかもしれません。親が介入することで、子どもの可能性をつぶしてしまうこともありますから」(千里さん)

スイーツカフェの評判はあっという間に口コミで広がり、毎回満席となるほどの盛況ぶり。こうしてみいちゃんは「パティシエになってみんなを笑顔にしたい」と考えるようになっていきます。

小6でお菓子工房をオープン!

5年生から再び学校へ行くようになったみいちゃんですが、登校は午前中の半日だけ。「自分のやりたいことをする時間を確保してあげたい」という千里さんの思いがありました。

そして6年生の夏ごろ、千里さんはみいちゃんのインスタグラムで、ある書き込みを見つけます。

「いつか自分のお店を持ちたいです」

「自分の居場所がほしい」という娘のサインかもしれないと思った千里さんは、すぐに夫と相談し、工房オープンをめざし本格的に始動。娘をサポートするべく、フルタイムで働きながら、毎日、夜間の製菓学校に通いました。

「すごいしんどかった。自分のためだったら絶対できない」と千里さんは笑いながら当時を振り返ります。

「みずきの代わりに技術や知識を学ぶつもりで通ったのですが、学んだことを伝えると『そんなん知ってるわ』とか言われて(笑)。みずきはネットで検索、実践、失敗を繰り返して、独学で習得していたんです」(千里さん)

工房オープンを決めてからわずか4ヵ月後、みいちゃんが小学6年生の2020年1月に「みいちゃんのお菓子工房」はプレオープンを迎えます。

クラウドファンディングで資金を集め、自宅近くにある祖父母宅の庭スペースに建てた工房は、みいちゃんが即決したという三角屋根が目を引くかわいらしいデザイン。店内は「人に慣れる訓練になるように」と、お客さんの気配を感じながら作業ができるよう、厨房とホールを磨りガラスで仕切る工夫も施しました。

プレオープン初日の様子。工房は、イギリスのライフスタイルマガジン主催「Restaurant & Bar Awards」を2023・2024年と連続で受賞した。  写真提供:杉之原千里さん
外での賑わいに動じることなく、マイペースに作業を進めるみいちゃん。  写真提供:杉之原千里さん

メディアやSNSでもみいちゃんの評判は広まり、ケーキは予約待ちが出るほどの人気に。2021年8月には東京パラリンピックの聖火ランナーに挑戦。双子の兄・一樹さんが伴走しつつやり抜きました。

みいちゃんが義務教育を終えた2023年3月にお店はグランドオープン。現在は、特別支援学校高等部へ通いながらパティシエを務めます。

「学校へ通って……もないんですけどね(笑)。登校は1年に1~2回。工房へは、ホールケーキの注文次第ですが、週に5日ほど行って作業しています。自宅から100mほど離れた工房だけは唯一ひとりで行くことができるんです」(千里さん)

自分の店を持つ夢をかなえたからすべてスムーズにいく、というわけでもありません。一時期はプレッシャーからか、みいちゃんの具合が悪くなったこともありました。そんなときは体調を最優先にペースダウン。

何ごとも何回もトライアンドエラーを繰り返し、少しずつ少しずつ前進していきます。

声ではないコミュニケーションがある

お店を開いてからは、全国の場面緘黙症の子どもたちから「私もみいちゃんのようになりたい」「勇気をもらった」などの手紙が届きます。

「メッセージを読むと、親からも理解してもらえていない子どもがたくさんいることがわかります。親をはじめ周りの大人が、声ではないコミュニケーションの取り方がいろいろあるということを知ることも大切ではないかなと。場面緘黙症はまだ認知度が低いので、私も発信し続けていきます」(千里さん)

現在も家族以外とほとんど話すことはできませんが、工房内にお客さんがいても、すりガラス越しに作業ができるようになったみいちゃん。出張パティシエとして初めて訪れたオープンキッチンでも、体の固まりはほとんど見られないといいます。

決まったケーキを作り続けるのは少し苦手のため、ホールケーキはみいちゃんの作りたいものを作るおまかせスタイル。  写真提供:杉之原千里さん
子どもの可能性を、夢を後押ししたい気持ちから、工房内で子どもの「お仕事体験」も定期的に実施。「みずきと一緒に楽しいことしませんか?」(千里さん)  写真提供:杉之原千里さん

思い描いたデザインを自由に表現するホールケーキや、スマイルマークが描かれたプリンなどのかわいらしいスイーツは全国で評判を呼び、今やインスタグラムのフォロワーは1.5万人を数えます。

今後も現状維持ではなく、出張パティシエとしてスイーツカフェを開くなど、イベントを無理のない範囲で増やし、「外へ出る」「人と会う」ことを増やしていきたいと話す千里さん。

「いずれは自立できるように」また、「今後、本人が声が必要と思ったら自然と話せるようになるのかもしれない」とその可能性を模索しながら、千里さんはじめ杉之原家は、みいちゃんをサポートし続けていきます。

取材・文/稲葉美映子

学校に行かせることが全てではない。やりたいことがあれば、なんだってやらせてみる──。みいちゃんが自分のお店をもち、「自分らしさ」を取り戻すまでを、母親である著者が赤裸々に綴る、みいちゃん家族のドキュメンタリー。『みいちゃんのお菓子工房 12歳の店長兼パティシエ誕生 ~子育てのアンラーニング~』(著:杉之原千里/PHPエディターズ・グループ)
すぎのはら ちさと

杉之原 千里

Chisato Suginohara
みいちゃんのお菓子工房代表

みいちゃんのお菓子工房代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、夜間の製菓製パン技術専門学校を卒業し、ケーキ屋のオーナーとしてみいちゃんをサポート。 「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。これまでの経験を活かし、若者向けの社会貢献活動や企業、大学、自治体、教育関係者への講演なども行う。著書に『みいちゃんのお菓子工房』(PHPエディターズ・グループ)。 ●公式HP「みいちゃんのお菓子工房」 ●voicy 「ちい」さな幸せを届ける笑タイム

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みいちゃんのお菓子工房代表。3人の子を持つ5人家族の母。会社員としてフルタイムで勤務しながら、夜間の製菓製パン技術専門学校を卒業し、ケーキ屋のオーナーとしてみいちゃんをサポート。 「みいちゃんのお菓子工房」を2020年1月にプレオープン、2023年3月にグランドオープンさせた。これまでの経験を活かし、若者向けの社会貢献活動や企業、大学、自治体、教育関係者への講演なども行う。著書に『みいちゃんのお菓子工房』(PHPエディターズ・グループ)。 ●公式HP「みいちゃんのお菓子工房」 ●voicy 「ちい」さな幸せを届ける笑タイム

いなば みおこ

稲葉 美映子

ライター

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。

フリーランスの編集者・ライターとして旅、働き方、ライフスタイル、育児ものを中心に、書籍、雑誌、WEBで活動中。保育園児の5歳・1歳の息子あり。趣味は、どこでも一人旅。ポルトガルとインドが好き。息子たちとバックパックを背負って旅することが今の夢。