子どもを救う!リアル「下町ロケット」心臓外科医 10社以上に断られ…手術の新素材開発秘話、心臓病の子ども・親への思いを明かす
心臓病の子どもを救う・根本慎太郎先生インタビュー #3
2024.02.17
日本では約1%の割合で先天性心疾患の赤ちゃんが生まれています。100人に1人と言うと、決して珍しくはない数字です。
生まれつき心臓病を持つ「先天性心疾患」を専門に治療しているのが根本慎太郎先生(大阪医科薬科大学病院・小児心臓血管外科診療科長)です。
根本先生は「患者の自己組織に置き換わり、身体の成長に合わせて伸張可能な特殊素材のパッチ」を世界で初めて実用化した心臓外科医。このパッチの開発計画は、直木賞作家・池井戸潤さんの小説『下町ロケット』の続編に登場する「ガウディ計画」のモデルにもなりました。
先天性心疾患の赤ちゃんと、出生前診断について伺った第1回、「染色体異常の赤ちゃんの心臓病手術」について伺った第2回に続いて、シリーズ最後となる第3回は“リアル下町ロケット”ともいえる「心臓パッチ」の開発秘話をお聞きします。
10社以上に断られ…およそ10年をかけて開発・実用化
──根本先生は、子どもの心臓病手術に少なくない「再手術」対策として、ご自身で心臓パッチを開発されました。経緯を教えてください。
根本慎太郎先生(以下、根本):「先天性心疾患」は、生まれつき心臓の中のしきりに穴があったり、出入りする血管が狭くなったりしている病気です。手術では「パッチ」を使って、穴を塞いだり血管を広げたりします。
しかし、これまで使われてきたパッチは、牛の心臓の膜や衣料にも使われる合成樹脂でできていて、身体から排除される反応で劣化して硬くなったり、成長に応じたサイズアップはできないので、どうしても再手術による交換が必要なことが数多くありました。
「先天性心疾患」の赤ちゃんの多くは、1歳になるまでに心臓の動きを止めて行う開心術(※)を受けますが、大きくなってから再手術でまた開心術を受ける場合も少なくないのです。身体への負担だけでなく、学校などの社会生活にも関わってきます。(※開心術は、心臓手術のうち体外循環(心臓・肺の代わりとなる回路)と心停止を使って行うもの)
私はなんとか1回の手術で、再手術なく終わらせてあげたい、と考えていました。
しかしどれほど待っても、そのようなことが可能になる「パッチ」が実用化されて、使えるようになる兆しはありません。ですから「子どもの未来を変えるためには自分自身が動くしかない」と、一念発起したのです。
──日々、多くの患者さんの診療や手術をしつつ、「医療材料をゼロから開発する」のは、大変なご苦労があったのではないでしょうか。
根本:それはもう大変でした!
まずは、私のアイディアを形にしてくれる協力企業を見つけるのに苦労しました。ものづくり企業の情報をリストアップし、片っ端から電話をかけたのですが、ほとんど誰も相手にしてくれなかったのです。
たまたま医局で読んでいた新聞の地方企業の特集で見つけた、福井経編興業(ふくいたてあみこうぎょう)株式会社という福井県の繊維メーカーに連絡しました。話を聞きに来てくれた、唯一の会社でした。
その後は、何度も試作品を作っては失敗することを繰り返し、臨床試験に到達するまで6年かかり、「子ども自身の組織に置き換わっていく」ことで既製品のような劣化を起こさず、かつ伸張することができる製品の開発を実現したのです。
──ご自身で協力してくれる企業を探していったのですね。
根本:はい。しかし福井経編興業にたどり着くまで、10社以上に断られました。
製品が形になってから、それを市場に広めるためには、さらに国内で医療機器の販売力をもつ企業の力を借りなければならなかったのですが、そのときも医療機器を製造販売している国内の大企業にはことごとく断られてしまいました。最終的には福井経編と取引のあった、医療機器の販売経験を有する帝人株式会社が参画してくれました。
小児の領域はマーケットが小さいので「ビジネスにならない」、技術的にも難しいため「できっこない」というのが、ほとんどの企業の反応だったのです。しかし、そうしたなかでも、覚悟を決めて協力してくれた人や企業と出会えたことは幸運でした。
今は「始まりの終わり」にすぎない
──先生の熱意があったからこそ実用化ができたのでしょうか。
根本:私自身は「ゴールである明確なニーズから出発した」ことが成功の秘訣だと考えています。
「どうしても子どもの心臓再手術を減らしたい」という大きな目標があって、そこに向かって、乗り越えなければならない規制と技術の壁を、どうクリアするかを皆と一緒に取り組んだから、実用化までたどり着くことができました。
世の中にはすぐれた研究なのに、なかなか実用化に至ることができないものがほとんどです。それは、ニーズが後付けだから。日本の研究者の多くは自己の興味本位で研究を重ねるうちに、良いものができたので何かに使えないか?と探し始める後付けニーズで、今回の開発はそもそもの出発点が違うのです。
──世界的に見ても初めての医療素材ですが、開発の原動力はどこにあるのですか。
根本:かつてアメリカで研究をしていたときのボスに言われた言葉が根底にあります。それは「アカデミックサージャンになれ」ということ。つまり、「科学ができる外科医になれ」ということです。
その尖ったボスに、「自分たち内科医や基礎研究者と違って、外科医のお前は心臓の実物を切ったり触ったりしている。実際の心臓を知っている外科医のするサイエンスを続けていけ」と肩をはたかれました。
机上の空論ではなく、実際の心臓を誰より知り尽くした心臓外科医だからこそできる科学がある──この言葉はずっと私の中に響いています。
実用化の道筋ができ「これで一安心だ」と思う一方で、シンフォリウムをより良いものに改良し他の医療機器にも発展させて、世界中の人に役立ててもらうためにはどうすればいいか、やるべきことは山ほどあります。
あくまでも、今は「始まりの終わり」であって、この後も心臓手術を受ける子どもの、その先の人生を心配しないで良くなるまで、道のりは続いていくのです。
「ガウディ計画」のモデルに
──ベストセラー作品『下町ロケット』続編の「ガウディ計画」のモデルにもなりました。どのようなきっかけがあったのですか。
根本:作家の池井戸潤さんが、「陸王」という作品の執筆時にランニングシューズのアッパー素材に使われる“経編ニット”の取材として、福井経編興業の髙木義秀社長とお会いしたのがきっかけです。髙木社長は取材を終えたあと、シンフォリウムにつながる当時の開発についても説明したそうです。
『下町ロケット』の1巻の終わりに、主人公の佃社長が得意とする弁を「人工心臓への応用」に言及するシーンがあるのですが、池井戸さんは、次の作品のテーマを人工心臓にしたいと考えていたようです。人工心臓や弁について取材できる医師を探していたところに、髙木社長が私を紹介したのです。
──そういうご縁があったのですね。
根本:髙木社長が「心臓パッチ」開発の話をすると、興味を持った池井戸さんが私の元に取材に訪れ、その際に心臓手術も見学して頂きました。あとで知って驚いたのですが、見学が終わった時点で、すでに続編小説の構想ができていたそうです。
手術の見学後に皆で食事に行き、お好み焼きに続き2軒目にもお誘いしたのですが、池井戸さんはすぐにホテルへ帰ってしまいました。聞けば、一刻も早く展開のプロットを書いておきたかったんだそうです。そして1ヵ月ほどした後に、私への医療監修の依頼と共に大量の原稿が送られてきて、さらに驚きました(笑)。
池井戸さんの小説はその後ドラマ化もされましたが、フィクションの世界から、多くの人に「小児の心臓外科手術」や「医療機器開発」のことを知ってもらうきっかけになったと思います。
親御さんは子どもに人生を100%捧げる必要はない
──小児心臓外科医として、患者さんと向き合うときに心がけていることはありますか。
根本:一番大切にしていることは、できるだけ相手の立場に立って話をすること。
新生児ならば、最初は小児科医が診ていますよね。そこで手術が必要となると私たちが呼ばれるわけですが、気が動転しているお母さんお父さんからすれば、突然現れた男に、たった1時間前程度に手術説明を受けただけで「自分の子どもの命」を託さなければならないわけです。これは非常に大変なことです。
だからこそより一層、相手の立場に立って話すことが大切なのです。必ずイラストソフトで作った心臓の絵を使って必死に説明します。これだけは覚えておいてほしいということと、後からの説明でも良いことを分けつつ、なんとか伝わるように工夫を重ねています。
──最後に、病気の子どもを持つお母さん、お父さんにメッセージをお願いします。
根本:お母さん、お父さんには「サボっていいですよ」と伝えています。親御さんにもそれぞれの人生がある。子どもの治療のために、自分の人生を100%捧げる必要はないと思います。
私が務める大阪医科薬科大学病院は、大阪府高槻市にあって電車1本で京都にも梅田にもすぐに出られます。ですから、お子さんが面会の制限がある集中治療室にいる間は、「久しぶりに夫婦二人だけで食事をしたり、買い物をしたりしてきたらどうですか」と伝えています。
そうして親がリフレッシュすることで、改めて私たちとチームになり、お子さんの回復に向かって一緒に闘ってもらえるようになると、信じているからです。
実は私自身も、第2子を重度の染色体異常で亡くしています。
私は医師ですし、妻も看護師なので、我が子の状況やこれからの運命を頭では理解できましたが、簡単に納得することは到底できませんでした。ですから同じような状況の、お母さんお父さんたちの、「どうして?」というやり場のない怒りや悲しみは理解できるつもりです。
病気になったことは、誰の責任でもありません。
お子さん自身が悪いわけでもありませんし、ましてやお母さん、お父さんが悪いわけでもない。たまたま偶然が引き起こした病です。
だからこそ、そのようなご家族のみんなが、心配なく生活をエンジョイしてもらいたい。そのために必死になってアカデミックサージャンを生き抜いているのです。
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この記事のまとめ
子どもの心臓の再手術のリスクを減らしたいという一心で、世界で初めて「患者の身体の成長に合わせて伸張し、自己組織に置き換わる特殊素材の心臓パッチ」を実用化した根本慎太郎先生。根底にある患者さんや家族への思い、そしてご自身の家族の悲しみを乗り越えて、患者さん家族と向き合っている根本先生のお人柄に触れることができるインタビューでした。根本先生チームが開発した「心臓パッチ」で、元気に成長する子どもたちの未来が楽しみですね。
根本 慎太郎(ねもと・しんたろう)新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。
取材・文/横井かずえ
横井 かずえ
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
医薬専門新聞『薬事日報社』で記者として13年間、医療現場や厚生労働省、日本医師会などを取材して歩く。2013年に独立。 現在は、フリーランスの医療ライターとして医師・看護師向け雑誌やウェブサイトから、一般向け健康記事まで、幅広く執筆。取材してきた医師、看護師、薬剤師は500人以上に上る。 共著:『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期』(世界文化社) URL: https://iryowriter.com/ Twitter:@yokoik2
根本 慎太郎
新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。
新潟大学医学部を卒業後、東京女子医科大学、米国サウスカロライナ医科大学、米国テキサス州ベイラー医科大学、豪州国メルボルン王立小児病院、京都大学、マレーシア心臓病センターなど国内外での経験を経て、大阪医科薬科大学病院小児心臓血管外科診療科長。フォンタン手術などの難手術をこれまでに数多くこなし、先天性心疾患を持つ多くの幼い命を救ってきた。自らが数多くの臨床を実践するかたわらで、部署や病院などの垣根をこえた地域全体での医療体制に向けた取り組みや、産学官連携による新しい医療材料の開発など、未来を担う子どもたちのために幅広い活躍を見せている。