目次
議会や行政、企業の上層部など、「決める立場」の大半が“中高年の男性”で占められている日本。政府が毎年発行する「男女共同参画白書」にも、その実態がはっきりとあらわれています。
「決める立場」が中高年男性に偏ることで、性別による所得格差やマタニティ・ハラスメント、性犯罪の処罰の甘さ、避難所の衛生用品の確保不足など、社会のさまざまな場面に望ましくない影響が出ています。この問題への認識は年々高まり、日本国内でも、偏りの是正に動く自治体や企業が増えてきました。
「『決める立場』の多様性を考える」前編では、政治・経済の意思決定層が高齢男性に偏っている日本の現状と、「決める立場の人」が特定の属性に偏っていることの問題点を解説しました。
では、偏りを是正し、「決める立場」の人々をより多様にするには、どのような方法があるのでしょう。後編となる今回も、この問題について著作や講演会で多く発信し、東京工業大学で教鞭をとる治部れんげ准教授に伺います。
数の偏りを減らす「パリテ」の考え方
「決める立場」の人々が中高年男性に偏っている状況は日本以外の国でもあり、改善のための対策がとられています。
「たとえば政治分野での『パリテ』。候補者の性別の割合をなりゆき任せにせず『同等にする』とあらかじめ決める方法で、偏りの多数派が既得権益を手放したがらないときに有効です」(治部准教授)
「パリテ」とはフランス語で「(二つのものの割合が)同等である」状態。男女平等の文脈では、「男女の割合が半々であること」を意味します。
フランスでは、政治の場での男女同率が「政治上のパリテ La Parité politique」と呼ばれ、それを目指すことが国策にされています。憲法には「選挙によって選ばれる公職について、男女の平等なアクセスを促進する」との一文が書かれ、「政府閣僚はできるだけ男女同数で任命する」などの実践がされています。
その一環で、国政議会や地方議会の選挙では、2000年に通称「パリテ法」が制定されました。下のようなルールで、有権者の前に男女の候補者が半々の数で立つようにし、そこから有権者が投票先を選べるようにしています。
──選挙区制の場合、政党からの候補者を男女同数にする
──比例代表制の場合、候補者名簿の記載順を男女交互にする(男女が順番に、交互に当選するようにする)
──候補者の男女差が一定の割合を超えると、国から政党への助成金が減額される。
パリテ法の施行から約20年、フランスでは女性国会議員の割合が、狙いどおりに増えています。国民議会(日本の衆議院に相当)では10.8%(1997年)から37.3%(2022年)に、上院(日本の参議院に相当)で5.9%(1998年)から35.1%(2022年)になりました(出典:https://www.inegalites.fr/paritefemmeshommespolitique)。
とはいえ半々の50%には届かず、「まだ偏りがある」との認識です。
日本のパリテ法はたんなる「努力目標」
「日本にも、このパリテ法に近い『候補者パリテ』を定める法律ができました。2018年施行の『候補者男女均等法』(正式名称:政治分野における男女共同参画の推進に関する法律)です」
「が、フランスは候補者パリテが『違反の際には罰則付き』の法律であるのに対し、日本では、違反しても罰則のない『努力目標』の法律に留まっています」(治部准教授)
なぜ、強制力のない法律として施行されたか。それは当時の政界の状況を見れば理解できると、治部准教授は解説します。
「法律が施行されたときの与党は、自民党と公明党。どちらも女性議員が少ない党です。すでに男性議員の持っている議席を女性に渡すことに、この両党は消極的でした」
「『男女平等は皆のため』と言われますが、今、多数派である男性にとっては、持っているものを女性に明け渡すように見えます。自ら手放すのは難しく、なかなか進まない。パリテ法が機能するには、やはり罰則などの強制力が必要です」
この治部准教授の指摘は、与党よりも議席の少ない野党が、早い段階で候補者の男女比を半々に近づけている様子からも頷けます。
「既得権益を握る人々がそれを手放せず、偏りが改善されない状況は、中高年と若者の間でも見られます」
「たとえば今年、こども家庭庁の立ち上げに際して開催された『こども未来戦略会議』。第1回の会議に参加した19人のうち、半数以上のメンバーが60歳を超えており、30代は1人、20代は2人でした」
(出典:内閣府 第1回こども未来戦略会議 議事次第 有識者構成員)
多様な国民の声が聞かれない現実の閉塞感に対し、静かなストライキとして、少子化が進行しているのでは──「決める立場」の偏りを間近に見る人々からは、そう分析する声も聞かれます。
「決める立場」に自分が立つには
この状況を変えるには、国民が政治の場に出て、さらに行動する必要がある、と治部准教授。その一つの可能性として、市区町村議会を挙げます。
「市区町村議会の選挙のハードルは、国政ほど高くなく、女性議員の割合も国より多い。たとえば特別区議会の女性議員の割合は36.8%です(2023年)」
当選後も主な活動場所は在住市区町村内なので、地元と東京・永田町を行き来する国会議員より、業務に関する移動の負担が少ないなどの利点があります。
加えて市区町村議会は、保育所の運営や市区町村内の公園のあり方、公衆トイレの運用など、国政よりも生活に近い範囲をカバー。生活者としての身近な困りごとへの思いや願いを、反映しやすい政治活動と言えます。
「議員に女性や子育て世代、若い人々が増えていくと、議会でもどんどんその意見が聴かれやすくなりますし、続く候補者が出やすくなる。市区町村議会で経験を積み、都道府県議会から国政へと活動の場を広げる議員もいます。読者の方々にも、『決める立場』に自分が立ってみることを、市区町村議会から考えてみてほしいです」
「決める人」が多様になるとどうなるか
自治体の「決める立場」が多様になった一例として、治部准教授が挙げるのが東京都の豊島区。現在36名の区議会議員のうち女性が16名います。現在の高際みゆき区長も女性です。(出典:豊島区議会)
「豊島区を見ていると、子どもと女性に関する問題への動きが速い。区議会では各党の議員が党派を超えて連携し、区役所や支援団体とも距離が近いです。たとえば、コロナ禍で経済状況が悪化した女性たちの『生理の貧困』問題では、災害備蓄品の提供をいち早く決めました」
子育て世帯が関心を寄せる「保育所からの使用済みおむつ持ち帰り」の問題も、豊島区は素早く保育所内廃棄を決定し、メディアで話題となりました。
また東京都は小池都知事のほか、杉並区の岸本聡子区長、江東区の木村弥生区長、足立区の近藤やよい区長、品川区の森澤恭子区長、北区の山田加奈子区長と、女性首長が采配を振るっています。(出典:特別区長会)
これは次世代の子どもたちにとってもポジティブな影響があると、治部准教授。
「そのような地域に住む子どもたちは、『決める立場』に、いろんな人が立つ様子を、自然に受け止めて育ちます」
つまり、「中高年男性で偏っている状態が当たり前」ではなくなるのです。
「決める立場」にいる人々ができること
これまで「決める立場」にいる人々が、中高年の男性に偏っていることの問題点を見てきました。
「だからと言って、中高年男性とそれ以外の人々を対立構造にするのは望ましくない」と治部准教授は言い添えます。
それは日本で「決める立場」にある中高年男性の中にも、偏りの弊害を認識し、是正のために行動している人々がいるからです。
「前に述べた豊島区は、その良い例です。今年の2月に亡くなった高野之夫(ゆきお)前区長が、この問題に意識的で、改善に努めたおかげで今の豊島区があります。80代ながら、ご自身とは違う人々の声を聞いて区政を行える方でした」
高野前区長が偏りの是正に舵を切ったきっかけは、2014年に日本創成会議が発表した「消滅可能性都市」のリストでした。
「他地域への人口流出などで2010年から30年間での20~39歳の女性人口が減り、2040年に消滅する可能性が高い自治体」の中に、東京23区の中で豊島区だけが入ってしまったのです」
「若年女性がそこまで流出してしまうのはなぜなのか。ここに問題意識を持って、当時70代だった高野前区長が改革に取り組みました」
まず、20歳~34歳の女性の意見を区政に取り入れるため、その年齢層の女性たちを招いた会議を設立。集まった意見を参考に、豊島区の新しい都市像として「子どもと女性にやさしいまちづくり」を打ち出します。
保育園の開設を加速し、学童保育を充実させ、古く暗かった公園を改装してインクルーシブな公園「としまキッズパーク」を作るなど、矢継ぎ早の改革を行いました。結果、若年女性人口が4年間で約2500人増え、2018年には「消滅可能性都市」から脱却しました。(参考: 「消滅可能性都市の指摘からのまちづくりの発展の姿」豊島区)
23年の4月には区長選が控えていましたが、生前から高野氏は、再出馬をしない意向だったそうです。
中高年男性のトップが「偏り」の問題を認識し、多様な人々の声を聴き具体的な施策を取る──そうして共同体や組織の状況が改善している例は、鳥取県など、他にもあります。
「『決める立場』にいる中高年男性が、より広く『そこにいない人』の声を聴く。数の偏りを変えるには、今、決める立場にいる多数派が、聴く耳を持つことが重要です」
偏りの少ない社会のために親ができること
「決める人」の偏りの問題が少しずつ改善していることから、今の日本では、親世代と子ども世代で、ものの見え方・考え方が変わってきています。2人のお子さんを育てる治部准教授も、その世代間の違いを日々感じている一人です。
「多くの子どもたちは、共学クラスで生活しています。性別によって呼称を使い分けず皆『さん』付けで呼び合うなど、親世代よりも性別による扱いの差が少ない。それが当たり前の子どもたちにとって、大人社会の偏りは『なぜ?』と、不自然に感じるものになっています」
数年前、医大の入試で女子受験生の点数操作が行われた事件が報道された際、治部准教授のお子さんたちは「クソだね」と一刀両断。治部准教授も「あってはならないこと」と思いながら、お子さん方ほど明白な反応をしなかったものの、お子さんたちを見て「そうだよな、クソなことだよな」と改めて感じた、といいます。
「偏りが生む弊害を当たり前と思わず、『おかしい、どうしてなのか』と疑問を抱ける健全な柔軟性は、子どもや若い人々のほうが持っています。今、子育てをしている親の方が、それを知っていなければなりません」
子どもや若い人たちの柔軟性を損なわず尊重するために、親世代ができることは何でしょう。治部准教授は、「自分の家と違う親のあり方」を話すようにしているそうです。
「私は車の運転をしないので、それが『母親の当たり前』ではないと、子どもたちには運転をする他のお母さんたちの話をします。親の役割は家によって異なり、いろいろな形がある。イメージを固定しないように、自分たちとは違う人を、同時代の横軸の例と、時代の違う縦軸の例で、説明していけたら良いですね」
「決める立場」の偏りがもたらす社会の問題を減らしながら、偏りをできるだけ作らないようにする。日本に生まれ育つ子どもたちの未来を、よりよいものにするために、親の私たちもできることから始めたいものです。
【「『決める立場』の多様性を考える」は前後編。前編では政治・経済の意思決定層が高齢男性に偏っている日本の現状と、「決める立場の人」が特定の属性に偏っていることの問題点を解説しました。後編では、豊島区など自治体が取り組んだ改善例をピックアップ。「決める立場」の不平等をどうすれば改善できるか、また現状「決める立場」にいる人たちはどうすべきかなど、今からできる課題解決の方法を探りました】
●プロフィール
治部 れんげ(じぶ・れんげ)
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。日経BP社にて経済記者を16年間務める。ミシガン大学フルブライト客員研究員などを経て2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進協議会会長、日本メディア学会ジェンダー研究部会長、日本テレビ放送網株式会社 放送番組審議会委員など。一橋大学法学部卒、同大学経営学修士課程修了。著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」:みんなを自由にするジェンダー平等』1~3巻(汐文社)等。
髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
髙崎 順子
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)などがある。得意分野は子育て環境。
治部 れんげ
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。一橋大学法学部卒、同大学経営学修士課程修了。日経BP社にて経済記者を16年間務める。ミシガン大学フルブライト客員研究員などを経て2021年4月より現職。 内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進協議会会長、日本メディア学会ジェンダー研究部会長、日本テレビ放送網株式会社 放送番組審議会委員など。 著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」:みんなを自由にするジェンダー平等』1~3巻(汐文社)等。
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。一橋大学法学部卒、同大学経営学修士課程修了。日経BP社にて経済記者を16年間務める。ミシガン大学フルブライト客員研究員などを経て2021年4月より現職。 内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進協議会会長、日本メディア学会ジェンダー研究部会長、日本テレビ放送網株式会社 放送番組審議会委員など。 著書に『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館)、『ジェンダーで見るヒットドラマ―韓国、日本、アメリカ、欧州』(光文社)、『きめつけないで! 「女らしさ」「男らしさ」:みんなを自由にするジェンダー平等』1~3巻(汐文社)等。